【ぶんぶくちゃいな】ある農民「元」夫婦の27年

 1歳平安、2歳平安、3歳平安…99歳平安…
 西安北駅平安、鄭州東駅平安、上海虹橋駅平安…
 目平安、耳平安、鼻平安…
 中華人民共和国平安、アフガニスタン平安…日本平安…
 身心平安、感覚平安、呼吸器官平安、消化器官平安…

これ、「平安経」という。中国や世界の地名から身体の器官、年齢、さまざまな経済業界を取り上げて、「平安」と繰り返す。その内容は、「宇宙時空」「世界大地」「世界各界」「人類文明」「国家地区」「中華大地」「中国各界」「中華文明」「中国各地」「人類衆生」の十大分類の「平安」をなんと24.5万字費やして謳っているという。

これを書いたのは吉林省公安庁の賀電・副庁長で、中国公安部(公安省に相当)直属の国家レベルの出版社である「群衆出版社」が書籍として出版、なんと299元(約4500円)という高額な定価がついているらしい。

内容はなんとなく奇妙だけれど、「平安」を謳ってるだけなんだからまぁいいか…と思いきや、なんとこの「平安経」がSNSを通じてあっという間に注目を集めた。

吉林公安庁はメディアの問い合わせに対して、「これは副庁長の個人的な活動」と答えたものの、次第にそれが吉林省内で「個人的」な範疇を超えた活動になっていることが暴露され始める。

まず、吉林省人民政府の応急管理庁が今年4月にそのSNS公式アカウントで「一読に値する」と紹介。次に5月に吉林省人民政府の公式SNSアカウントでも「『平安経』は国境を超えて世に伝えるべき大作経典である」と称賛する記事を配信していた。さらに、6月にいは吉林省人民政府共産党委員会政治法制委員会、省党委員会宣伝部、省文学芸術界連合会、省共産主義青年団党委員会…などが主催して、「『平安経』公益朗読活動シンポジウムまで開かれていたことがわかった。

さらにもっと遡ると、2017年には吉林警察学院のSNS公式アカウントが、書道が趣味の賀電副庁長が1万種類の書体で書いた「平安」という文字作品を、「その規模と勢いは大きく、ギネスブック登録を申請中だ」などと持ち上げる文章を掲載していたことも明らかになった。

そこから事態は急転直下。群衆出版社のウェブサイトからまず「平安経」の宣伝ページが消えた。そして、国営出版社である群衆出版社を管轄する人民出版社が「そのような書籍を出版した記録はない」と言い出して販売差し止めを命令。さらには、「同書は正規の出版社の名義を騙った疑いがあり、違法出版である」とまでいい出した。

そして、「平安経」がネットで話題になってからわずか2日後の吉林省人民政府が「吉林省党委員会は、賀電作『平安経』に関する問題の調査を行うことを決定した」と発表。そして、31日には「賀電を副庁長職から罷免した」ことが正式に発表された。

「平安経」の内容があまりに面白すぎたので、気になって報道を追いかけたのだが、「平安経」のなにが問題だったのか、賀電氏のなにが調査対象になったのかはどこにも書かれていない。

ただ、メディアは「『平安経』は平安に済まなかった」などと半分ふざけたようなタイトルの記事を掲載して、その後「平安経」報道はピタリと止まってしまった。

●農村で生きるための心の拠りどころ?

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