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【ぶんぶくちゃいな】インタビュー:天野健太郎(翻訳家)「翻訳って裏切りなんですよ」

2018年11月12日、天野健太郎さんが急逝されました。このインタビューのときに、「やっと翻訳本仕事が黒字になった」と笑っておられたので、今後はこの勢いで大暴れして、楽しい作品を紹介してくれるものだとばかり思っていました。残念でしかたがありません。インタビューのとき、態度はぶっきらぼうだけど、台湾、とくに日本人の手垢のついていない台湾に対する大変な熱意を感じて、本当に楽しかったのを覚えています。御本人が一番、残念なのではないでしょうか。悲しいです。心よりご冥福をお祈りします。

中華圏の事情を日本に伝えている人の中で、わたしがずっと気になっていたのが翻訳家、天野健太郎さんだった。確か、彼が翻訳した台湾の作家龍應台の作品『台湾海峡一九四九』が出た直後だったと思うが、当時北京で暮らしていたわたしはTwitterで天野さんと言葉を交わすようになり、ときどき新刊が出た後などにメッセージをやりとりしてきた。

本屋の書棚を眺めていると一目瞭然だが、アジアの文学が日本市場に占める位置は圧倒的に少ない。だが、龍應台という中華圏に大きな影響力を持ち、その後、台湾の文化部長(文科相)まで務めたほどの人物が書いた、「超」がつくほどの話題作『台湾海峡一九四九』には、わたしが耳にしただけで3人の知り合いの翻訳家が翻訳出版に手を挙げていると聞いた。だが、原著の厚さに日本の出版社側が躊躇したのか、それともともに働く人に対してとても厳格な彼女のスタイルのせいなのか、誰も王手をかけられなかったところに、彗星のように現れた「天野健太郎」という翻訳家がさらっていったのだ。注目しないわけがなかった。

東京に戻ってからも、Twitterを経由してなんどか手がけた作品を献本していただき、目を通してきたが、その日本語の的確さと、翻訳の嫌味を感じさせることのないスムーズな流れにいつも感心させられた。

わたしの2017年イチオシ本である『13・67』(陳浩基・著)も天野さんの翻訳で、詳しくは「読んでみました中国本」でも書いたが、やはり翻訳本であることを感じさせない、スムーズな読み応えに感嘆した。そして、3月、この本の著者、陳浩基が東京でトークショーを開いたときにとうとう、天野さんご本人にお目にかかることができ、思わずインタビューを申し込んだ。

中華圏専門の翻訳者でありながら、あまり中華圏関係者のおつきあいには姿を表さない彼は一体、どんなきっかけで台湾本専門の翻訳者になったのか。その彼がなぜ香港人の著者による『13・67』を手がけることになったのか。さらに、中華圏の翻訳本市場の現状について、などいろいろ尋ねてみた。

天野健太郎プロフィール:
1971年愛知県生まれ。京都府立大学文学部国中文専攻卒業。2000年より国立台湾師範大学国語中心、国立北京語言大学人文学院に入学。帰国後は中国語通訳、会議通訳として活躍。また、聞文堂LLC代表として台湾書籍を紹介してきた。彼が手掛けた翻訳本の一覧はこちら。2018年11月12日急逝。

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