【ぶんぶくちゃいな】堕ちた王子? ユンディ・リ事件が呼び覚ます「記憶」

10月21日夜に流れた、中国のピアニスト、ユンディ・リ(李雲迪)の拘束のニュース。あまりに突然のことで、日頃中国や中国ニュースにはまったく関心のない、世界のクラシック音楽ファンをもびっくりさせた。

ユンディをご存じない方のために簡単にご紹介すると、重慶市で育った彼は18歳だった2000年に、世界の若手ピアニストの登竜門とされる「ショパン国際ピアノコンクール」で中国人として初めて優勝。特に彼の優勝は、5年に1回開かれる同コンクールで過去2回優勝者が空席だった後の15年ぶりだったことから、甘いマスクも相まって「ピアノ王子」と大きくもてはやされた。

当然、中国国内の興奮ぶりはすごかった。ちょうど当時は長年政府が口にしてきた世界貿易機関(WTO)加盟の目処が付いたところでもあり、経済的にも情緒的にも上がり調子だった頃だった。ユンディよりも一歩先に海外に出て、業界内ではその名前を知られ始めていた同い年の郎朗(ラン・ラン)とともに、二人は中国のクラシック音楽界が世界に誇る「宝物」とされた。

彼もすでに39歳。その彼が公安に拘束された? まさか、なんで?

わたしも寝る前に見ていた携帯電話でふと目をしたこのニュースに、「どうせクリックしてみると、同姓同名の誰かさんが逮捕されましたーみたいな結末だろ?」と最初は思った。だが、中国SNS「微信 WeChat」(以下、WeChat)を開くと、日頃はクラシック音楽の「ク」も取り上げないようなメディア関係者がちらほらとその話題を取り上げているのを見て、ああ、やっぱりあのユンディ・リのようだと気がついた。とはいえ、その時点で繰り返し流れていたのは、北京市公安局朝陽分局がもう一つのSNS「微博 Weibo」(以下、ウェイボ)上に設けている公式アカウントで発表した、以下のような簡単な通知のみだった。

近頃、朝陽公安分局は、朝陽区の某団地で売買春を行っている者がいるとの通報を大衆から受けた。これについて警察は法に基づいて捜査を展開し、違法売春者陳某卉(女、29歳)、違法買春者李某迪(男、39歳)を拘束した。取り調べの結果、両者は違法行為を認める自供をしており、目下朝陽公安分局に法に基づいて行政拘留されている。

しばらくタイムラインを読んでいたら、この公安局の書き込みよりも早く、ユンディの身に何かが起きたようだという噂がSNSに流れていたらしいこともわかってきた。その噂の元はテレビ業界関係者だという。

実はユンディは現在中国で放送中のリアリティ番組に出演していた。その番組のオンラインで公開されている動画のうち彼が出演した回がすべて回収され、視聴不能になっていた。その後、出演者リストの中から彼の名前を削り、また彼が登場するシーンはすべて彼の顔がモザイク処理された形で動画は再び公開されている。つまり、公安当局はその正式発表の前にテレビ局に対応を通知し、その処理に追われた関係者から「異常事態発生」がSNSに流れたようだった。

かつて、中国の誇りとされた世界的に著名なピアニストが買春で拘束とは…このショッキングなニュースへの対応は素早かった。

翌22日には、クラシック音楽家の団体「中国音楽家協会」が彼の除名を発表した。また舞台公演関係者やその団体が組織した「中国演出業界協会」も、ユンディの行為は「法律観念が薄く、道徳的な自律に欠け」るとして、「社会の公徳に反し、悪い影響をもたらす」として、会員企業に対して「演出業界出演者従業自律管理方法」に照らしてユンディを「排斥する」よう求める声明を発表した。この中国演出業界協会は実質的には文化部(「部」は省に相当)と旅游部が管理している組織であり、これによってユンディの中国での公開演奏の道は断たれてしまったと言ってよい処分である。

だが、彼はまだ拘留されただけであり、判決は受けていない。今後の道をすべて断ち切る判断を下すには、あまりにも早すぎるのではないだろうか。

●なぜ事件は公開されたのか


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