【ぶんぶくちゃいな】中国を苛立たせた北部ミャンマー詐欺シンジケート、その顛末は…

今年の夏休み、中国で少々珍しいスタイルの映画が公開され、注目を集めた。

映画のタイトルは『孤注一擲』、英語のタイトル「No More Bets」が表すように、ギャンブルで「これに賭ける」みたいな意味である。

わたしはまだ観ることができていないのだが、夏から秋にかけてネットニュースでかなり話題になり、さらに報道によると、夏休み映画としてはほぼダークホース的な役回りで各映画会社がかきいれ時のために準備した、他の作品の興行成績を食ってしまったそうである。手持ちのオンデマンドチャンネルでは配信されていないようなので、日本での公開を待つしかなさそう(だが、公開されるかどうかはまったく不明)だ。

どんな話なのか、と調べてみると、この映画の主人公は今どきの中国人若者カップルで、「高収入を得ることができる」という誘いにのって海外の雇用先に出向いたところ、なんとそこはローカルの実力者が支配する違法カジノだったという話から始まる。そして最初は実情を知らずに送り込まれてしまった2人が、次第に騙された者から騙す者へと変化していくと同時に、その仕事がオンラインカジノからオンライン詐欺へと変転し、その間にカジノの支配者らが主人公たちのように騙されて連れて来られた者たちにノルマを課し、それを達成できない者がリンチを受ける様子などが描かれているという。

冒頭に書いた通り、この映画に筆者が「珍しい」と感じた理由は、もともと中国映画界には、「犯罪者を主人公にしてはいけない」という当局の規定があったはずだからだ。つまり、犯罪者の視点から社会を描くことは許されず、犯罪映画では主人公は必ず悪を憎み、それを成敗する立場にあるという設定にすることが義務付けられていた。悪徳警官も出現してはならないものの、そんな悪徳警官をもっと正しい警官たちが懲らしめるという内容であれば許されていた。

ただし、本作品のプロデューサー、寧浩氏には『我不是薬神』(邦題:薬の神じゃない!)という前作があり、この中で中国では認められていない、インド製のジェネリック薬を白血病患者のために密輸販売するようになり、ひと財産を築く商店主が主人公だった。商店主は最後に逮捕されて実刑判決を受ける、つまりやはり犯罪者だった。

一応コメディとして作品自体も面白く作られていたが、当時の中国ではジェネリック薬を含めて輸入薬が非常に高くて庶民の手に入らないという実情もあり、映画はそれまでの記録を塗り替えるほどの大ヒットとなった。加えてこの作品が公開されてから数カ月後、実際にインド製ジェネリック薬の輸入が検討され、さらに当時の李克強・国務院総理が抗がん剤などの価格引き下げを医療関係当局に検討するように命じ、文字通りの「神」映画といわれた。

そして、再び「犯罪者」を主役にした今回の『孤注一擲』は、またも「神」映画となった。

というのも、この11月に入って、中国雲南省国境地帯に接するミャンマー北部を拠点に展開されていた、「振り込め詐欺」事件の首謀者と従業者らが逮捕され、中国国内に移送されたというニュースが相次いだ。同作品上映開始後の10月に中国政府が正式にミャンマー当局に働きかけて始まった共同取締活動により逮捕、拘束されて、中国に移送されてきた関係者の数はなんと3万人超。さらに現地ではいまだにミャンマー国軍による掃討作戦が展開されていると伝えられている。


ここから先は

7,297字

¥ 500

このアカウントは、完全フリーランスのライターが運営しています。もし記事が少しでも参考になった、あるいは気に入っていただけたら、下の「サポートをする」から少しだけでもサポートをいただけますと励みになります。サポートはできなくてもSNSでシェアしていただけると嬉しいです。