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砂時計は20年の時を刻む

言い訳が得意、というか、嘘をつくのが得意だ。
自分の気持ちを偽るのなんて得意中の得意だ。
でも、例えばキューピーコーワとかモンスターエナジーとかみたいに、接種すればするほど元気の前借り状態になるのと同じで。自分の気持ちに嘘をつけばつくほど、時間経過も長いし、見えない砂のような負担と悲しみ、寂しさは募る。
それが溜まりに溜まっているのを見ないふりしていた時に、突如、突風が、神風が吹いた時、人間はどうなると思う?
そんな話をしようと思う。

わたしは小学校時代が暗黒すぎて、あまり記憶がない。嫌な経験だらけだし、今の悪い人格形成に繋がっていることが多いので、思い出すと何処でも吐きそうになる。そんな時代の中で、良かったことは二つだけある。ひとつは、わたしの文章力を最初に見出し、褒めてくれた教師に出会えたこと、もうひとつは、Kに出会ったこと。小5のクラス替えの時だった。

Kは爽やかな顔立ち、誰にでも注ぐおおらかな優しさ、実はひょうきん者な一面もあり、リーダーシップも取れる。なんて、漫画みたいな人だ。一気に学年の人気者…というか、目立つ存在になった。密やかに初めての恋心を抱く子も少なくなかった。わたしもその一人だった。
だけど、上記の通りわたしは最悪なスラム生徒だったので、そんなヒエラルキー上位のKと特別会話をすることもなく、ただただわたしの憧れであった。発表の時、Kが席を立ってその場で何かを述べる姿を、どの席に居ようと、食い入るように見つめていたのを覚えている。

時は経ち、中学生になる。段々人間が性別を理解していき、つまらない恥じらいを覚える時期だ。
Kとまともに話せるようになったのはこの頃だったと思う。いや、向こうはわたしのことをわかっていたし、話したことがある自覚もあるんだろうが。席が隣同士になったこともあった。まさに、「急接近」という言葉通りだった。しかし、小学生時代を経て、十分人間に対して奥手になっていたわたしは、ひとつ目の嘘をついた。『わたしがコイツを好きなわけがない』。当時から、真剣に他人と向き合うのが、もう怖かったのだ。モテることを茶化したり、進級してからオタク趣味に走ってることをいじったり(いま考えたら超ダサい)していた。

わたしは、とにかく好きな自分を何度も殺していた。態度に出やすいから、その度に自分を殴った。
自分に嘘つくしか、やり方がわからなかったのだ。拙すぎる。

高校に進学する時、Kが第一志望に行けなかった、という噂を聞いた。Kはとても頭がいいので、有名進学校に行くという噂もその前に立っていただけに、根も葉もない話もあった。わたしは気にしないふりをしていた。本当は励ましたくて仕方なかったくせに。
進学して、わたしとKは初めて距離が開いた。勿論共通の友人の誘いで遭遇したりで、全く疎遠だった訳ではなかったが、それでも今のようにLINEがあった訳じゃないないから、気軽に連絡も取れない。わたしはすっかり『Kに恋愛していないわたし』を熱演して生きていた。

大学生になり少し経った頃。
経緯は覚えていないが、わたしは中学の頃の友人とKと3人で遊ぶ時期が少しあった。Kは何故かわたしのこととても好意的に見ていて、それは「めっちゃ面白い変なヤツ」という視線であることをわたしは察した。そして、Kが恋をしている事、家族が上手くいかなくて大変な思いをした事、Kにはハンデがある事を、一気に知る。勿論本人が年頃を超えて、言えるようになったからなのだろう。でもわたしは、Kのことを何も知らない、その事実に愕然とした。さらに、「まだ」Kを好きな自分が居る事に絶望した。

3人で遊び出す前後で、わたしは初めてから4人目の恋人も作ったし、騙されたこともあったし、一通り経験則を経ていた。別れる時はわたしからだった。決まって毎回、『この人が好きなのかわからなくなる』か『この人はなぜわたしを好きなのだろう』と思うからだ。
特に4人目の恋人はすごくわたしに尽くしてくれていて、物凄く手厚く愛してくれた。それでもわたしはわからなくなった。この人の期待に応える度に、得体の知れない「何か」が溜まっていく。そんな感覚だった。
Kに再会して、すぐにその「何か」がわかったのだ。自分の気持ちにつき続けた嘘のツケで、『わたしはこの人が好きなんだ』という気持ちがあることを。わたしはKに対して憧れ、夢見る小学生のままだったのだ。

そのうち、互いに忙しくなったりして、3人で遊ぶことは無くなった。なんなら、わたしは友人と連絡を取ることもなくなった。すっかり友好関係が築かれたわたしとKは(わたしが意図的な意識もあったとはいえ)連絡を続けた。それでも頻繁にというわけではなく、誕生日、とか、気が向いた時、とか、意識的にしないとメッセージを送れなかった。
そんな関係はダラダラと続き、ある日、Kから言われたのは『恋人と一緒に食事会をしてほしい』だった。恋人が居るのは知っていた。なんなら上記の期間にも恋愛相談は山のように受けていたし、その時仲良くなった人と付き合ったんだ!と喜んでわたしに報告もしてきた。無邪気で残酷な人間だと思った。

わたしは自分で自分を偽るプロだと思っていたので、恋人さんとわたしとKの3人のご飯会を決行し、幹事すらやった。恋人さんは可愛らしい人だった(正直それしか印象を覚えてない)。K曰く『どこかに会って欲しかったんだよ、どこかは良いヤツだし、親友だから』という理由だった。砂が溜まり行く音がした。
しかし、会の半年後、二人は別れる。Kから突然電話があって、振られてしまったと。Kは本気で結婚まで考えていたらしく、泣いていた。
なにそれ、わたしは結婚を考えてもらえるタイミングも立場も与えてもらえなかったし、自分で許しもできなかったのに、ずるいよ。
そう思ったが、そんなのはわたしのエゴだから、と言い聞かせて、つらかったね、仕方ないよ。とたくさん慰めた。

さらに半年経った。
わたしは前後からすっかり遊び過ぎて、男性不信(ともちょっと違う)になっていて、恋なんてもうわからない、と言い張っていた。
ある日、Kとご飯に出掛けた。Kはマッチングアプリを入れて恋人を探しているんだと話していた。
その出来事の2ヶ月後くらいに、Kは恋人ができた。
そして、最近。
その恋人と別れそうだと、わたしに連絡してきた。
連絡は相変わらず適宜取っていた。し、恋人と一緒に暮らす話もしていた。結婚するつもりなんだ、とも言っていた。年齢も年齢だから、覚悟をしていた。

それなのに、なんで?

どうして幸せになれないの?させてくれないの?わたしはずっとお前を幸せにできる自信があるのに、選ばれないから、だから、ずっと嘘ついてきたのに、これで終わると思っていたのに。お前が幸せにならないとわたしが、わたしが今まで守ってきた夢見る小学生が、浮かばれないだろ。

本気でそう思った。わたしから殻を被っておいてエゴな話であるが、悔しさと意味のわからない怒りと虚しさと苦しさ、とにかく激情的になった。
わたしは自分から促した電話で泣きながら恋人さんとちゃんと話せ、と言った。御茶ノ水の路上で。

昨夜、夜遅くに話し合いが終わった、と連絡があって、わたしはどうしても対面で話したかったので、会った。2月なのにぬるさと冷たい空気が混ざっている外だった。
要約すると、『お互い好き同士ではあるけれど、やはり事情で別れたがる恋人さんを止められないかもしれない、けど、とりあえず今日は平行線だった』ということだ。
ぬるいな、と思ったけど、それだけ人生のステージが変わることは重要なのかも知れない、とも思った。どこまでもわたしはKを擁護したいのだ。
落ち着いて話を聞いて、それでも別れる結果にならなかったわたしは少し落ち込んでいた。それを見せないようにしていた。のに、

『恋人にさ、どこかのこと話したんだよ。相談したらこんな風に言ってくれてさーって。そしたら、恋人が、どこかさんかっこいい!私もなりたいって、そう言ってたよ。だから、どこかは凄いんだよ。』

わたしが、20年かけて、自分に素直にもなれずに、やっとのチャンスだと思ったこの瞬間に。ずっと憧れていた立ち位置に居る人間から羨ましがられたことが、どれだけわたしにとって悔しいか、お前は知らないだろ。わかってたまるもんか。なんでなんでも持ってるのに、なんでそんなこと、わたしはこの立場をずっと譲りたくないけど動けもできない臆病者でずっと悩んで。

そんな思いがグルグル巡って、頭痛と涙が止まらなくなった。そんなわたしにとどめが刺される。

『どこかは安心するわ、本当、変わらなくて。あー。どうしようかな、この歳で独り身。またアプリかなあ』

途方もない空白が襲った。
目の前は真っ暗闇なのに、街灯の逆光でよく見えないKの表情も、見慣れた景色も、全てが、真っ白になって、見えなくなった、何も。
ああ、そうか、わたしの20年、わたしが勝手に大騒ぎしただけの、なんでもない日常だったんだ。事件事故でもなんでもない、わたしが一人で自分をどんどん絞首しては死体遺棄をし続けた結果だ。砂になった死体が、わたしの前を襲って、空白を作っただけなんだ。

そう思ったら、途端に全てのことが悔しくなって、自業自得なのに、Kのことも許せなくなってしまった。Kは何も悪くないのに。
別れた後、気持ちに任せたLINEを送って、それでもメッセージの最後に『連絡待ってる』と入れてしまった自分が気持ち悪くて、通知をオフにした。ブロックが出来たら、こんな長い間、悩まないよ。

そんな感じでわたしの初恋は、わたしのせいでめちゃくちゃ遠回りと鋭利な刃物となって、貫き、終わった。本当はKが結婚した時にこのネタは書こうと思っていたけど、苦しかったので書きました。

あと、蛇足ですが、
わたしはKに一度、10年前くらいかな、告白したことがある。好きなんだよね、ずっと。と。それに対して、Kは、『ありがとう、でもどこかのことは、親友でいて欲しい』みたいな返しをされた。つまり、Kはわたしが20年好きなことを知っているのだ。ずるい男です、本当に君は。嫌いになれない、わたしが悪い。

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