アルテミス協定(Artemis Accords)の意義
すでに国連で「月協定」が起草されているが、ほとんどの先進国が署名していない。この協定では、実際に月資源の採掘等が始まるときに国際ルールを構築するとしている。NASAが発表した“Artemis Accords”はそのルール構築の基礎になる可能性がある。
タイトルは“addords”となっているが、実際の内容は10の原則(principles)から成っている。そのうち、平和利用、宇宙飛行士の緊急救助、宇宙物体の登録、科学的情報の開放、有害干渉の回避は宇宙条約等の原則であり、特段、真新しいものではない。ただし、それぞれの原則には宇宙条約等に基づいていることを明示しており、宇宙条約の原則を将来の活動においても遵守し続ける意思の表れである。宇宙条約による規律の持続可能性が高まり、規範がより強固になる。
そして、残りの5つは、最近各国の国内法制度や政策で現れつつある原則である。これが今回のように、単に国際会議で言及されるだけでなく、国際レベルの具体的な計画・活動に対して適用するという点では比較的新しい原則が実現しているといえるのではないだろうか。
遺産の保護は月協定にも人類の共同遺産(common heritage of mankind)として規定されているが、複数の国が関わる具体的な計画に明示された意義は大きい。これまで、宇宙法分野で「人類の共同遺産」は確立し得るかと論争があったが、国家の宇宙計画で打ち出されたことで終止符が打たれるかもしれない。しかし、この原則には「人類」の用語はない。月探査や資源採掘はロシアや中国などと競争することが予想される。「人類」を加えるとこれらの国の利益を考慮しなければならなくなるので、あえてこの用語は盛り込まれなかった可能性がある。そうだとすると、月は「人類共同の遺産」であるという共通認識からの変更となり、この概念は法的な確立は十分ではなくなり、またより自己利益追求型の規範形成に陥り、月における宇宙活動の規範の分断化を招くおそれもあろう。
月資源の利用も掲げられている。月資源の利用はこれまで宇宙条約で禁止されているか否かの論争があったが、アメリカなどではその国内法・政策で資源を利用することを認め、学説上でも利用することは可能といった論調に落ち着き始めている。そしてついに、国際的規律に現れ始めたことになる。
そしてより興味深いのが、スペースデブリの低減が掲げられたことである。スペ―デブリとは宇宙空間上に廃棄されるゴミのことを指すので、惑星での活動には関係ないように思われる。しかし、アルテミス計画は月の周回軌道を利用することが活動の一環になるので、スペースデブリの排出が問題になる。
スペースデブリの低減(排出防止)はこれまで宇宙条約の義務であるかどうかで学説上さまざまな議論が交わされてきた。デブリの定義(宇宙条約の宇宙物体に該当するかどうか)やデブリ排出は宇宙条約9条の「潜在的に有害な干渉」に該当するか否かなど、といった具合で明確な一致点は見出されていない。また、国際交渉の場ではデブリ低減の実施を法的な義務とすることは忌避されてきた。
しかし、2007年に国連でデブリ低減ガイドラインが成立した。これは法的義務のある規則でもないし、原則(principles)と謳われているものでもない。その後、ほとんどの宇宙活動国ではガイドラインと一致させようと、国内法制度にデブリ低減を位置づけてきた。
そしてついに、アルテミス計画はガイドラインと一致する方法でデブリ低減を実施することとされた。しかも、ガイドラインを「原則」として規範性のあるものと認めているようである。デブリ低減は各国で法的に位置づけられているとはいうものの、実際に実施されてるかどうかの問題があり、十分な実施がなされていないという指摘もある。アルテミス計画による月探査活動は世界が大注目する。そのため、デブリ低減をArtemis Accordsに位置づけていながら、実際は実施していないという状況に陥らないよう注意深く活動が進められると思われる。
アルテミス計画は複数の国で連携するものとなるので、デブリ低減はそれらの国で実施しなければならず、相互に監視し合うため、より「完全実施」が追求されるのではないだろうか。Artemis Accordsによって、低減の実施に関する課題が克服され、デブリ低減の規範性が高められることが期待される。
※冒頭の画像は、"Artemis I Map"(@NASA)。
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