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母校の先生に「こりゃあ、男は騙されるな」と言われた話。

こんにちは!WannaBeMEです!
みなさんは、母校に訪れることはありますか?
私は、地元の大学に通っているので、母校にも顔を出しやすく、卒業してから3回ぐらい行きました。
今日はそんなある日のエピソード。

まずは、出ました。「痩せたね」。

帰省して来た友人が、学校に渡さなければならない書類があるとのこと。
友人と遊ぶ予定を立てていた私は、その日に学校行って先生たちに会いに行こうと決めました。私はこんな娯楽施設のように行ける母校が大好きw

下駄箱ではなく、行き慣れない来客用玄関から入り、スリッパを借り、名前を書き…さ~て母校は今どんな風になっているだろう?
ドキドキとワクワクを胸に職員室に向かいます。

ガラガラ~と職員室の扉を開けると、コロナ禍なので先生の机にはパーティションがあったものの、基本的に座席は同じ。あまり変わらない職員室に安心し、お世話になった先生と談笑をしたり、担任の先生に挨拶したりしました。

さて、会うや否や、私の全身を見た担任は、久しぶり~の言葉が出る前に、
「あれ?痩せた?痩せたよね?」と嬉しそうに言います。
うわ~w出た~wwwwwwwww

自分で言うのもアレですが、私は化粧映えするタイプ。
高校時代、お利口な私は、すっぴんで登校するし、眉毛がボーボーでも剃りません。それが決まりだったから。守っていた。
ですが、卒業して校則がなくなり、化粧や髪型を変えると、見た目の変化が大きい。
おまけに、自粛期間で間食をしなくなったので、体重も8キロ痩せました。
余計に、見た目に変化があったのは、事実。

とはいえ、高校時代は、授業や勉強のストレスで糖分がないとやっていけなった。だから、よく食べて発散していた。
そんな、ストレスの種をまいていた側の先生に「痩せた?」と、
まるで、「ダイエットに成功して良かったね!」と言わんばかりの言い方をされるのはなんだか癪に障りますw

実は、この後、担任以外にも、「痩せた」「綺麗になった」「おしゃれになった」と言われまくります。だけど、私にとって、それは誉め言葉ではない。
「ああw 言われるままに校則を守ってたのに、この人たちは、私を『太っている』『綺麗じゃなかった』『おしゃれじゃなかった』と評価していたんだ~w」とネガティブに受け止めます。

まぁ、個人的には、幼稚園の時から自分のセンスが大好きなので「見る目無いなこの人たち」と言う認識で済みましたが。

こんなのは序の口。

大問題発言!「男を騙す」とは?

問題はこっち。
たまたま、生徒指導の先生と会ったんです。
私は大嫌いでしたが、友人はこの先生を嫌いではないようで、喜んで話しかけます。
愛嬌があり可愛い友人を好きだった先生は、友人が学校に来たことを大いに喜びます。ブログにアップするよ~と写真なんか撮っちゃってさw

それで、ようやく視線を私に移すと、こいつ誰だ?と言わんばかりの顔。
しょうがねえ、名乗るか。名前を告げると、先生は目を丸くして、全身を見ます。そして、この言葉を放ちます。

「これじゃあ、男は騙されるな」

私は返す言葉がありません。笑って誤魔化すしかなかった。
なぜなら、この言葉が意味する内容が多すぎるから。

騙されるってなんだよ。
単純にとらえて、「高校時代に可愛くなかった女が、化粧をしてかわいい服を着ればマシに見える」又は、「『男を騙せるほど』見た目を変えられる」と言う訳じゃないか。
これは、元担任たちと同じように、過去の否定があると捉えました。

昔の評価が、如何に低かったか。見た目で判断されていたのか。
しかも、私は確かにシスジェンダーですが、そうでない性の可能性はガン無視していますよね。
絶句しますが、冷静になれば大丈夫。整理しよう。

だって、私は「騙された」と勝手に被害者意識を持つような人とは付き合わないから。
例えば、自分のすっぴんや高校時代の写真を、パートナーに見せたとして、
そのパートナーが「騙された、こんな見た目だとは思ってなかった!」と言うのであれば、
私は逆に「見た目だけで私を判断したその程度の人間だった!」と認識します。

でも、この先生は、私にまともな人と付き合う可能性すら考えていない。
なんだか、こっちは見た目を小綺麗にして「選ばれる」立場にいるようで、まるで私には「選ぶ」という選択肢がない。

まぁ、そもそもこの先生は「見た目」重視で生きてきたのだと思う。
私が高校生の頃、先生の可愛い女子へのひいきはすごいものだった。
いや、私が差別されたり、嫌な態度も取られていない。でも、明らかに、かわいい子に対する態度は違かった。
それを見てきた私は、この人の、自分が(女を)「選ぶ」立場であると言う根深い差別意識を垣間見たような感じでした。

唯一の希望。自分の価値は見た目では無い。

このように、母校で見た目について言及されまくりますが、
唯一何も言及しなかった先生がいます。それは、私が今の大学に入ることを勧めてくれた先生です。
今の大学への進学は、結構自分にとって大きな出来事。
実は、こう見えて、このnoteでは説得力がないかもしれませんが、私は小論文が得意なタイプ。それを見抜いたのが、一切見た目を言及しなかった先生なのです。
私は学力が低いので、今の大学に入る脳みそはなかったのですが、小論や面接では絶対いけると背中を押してくれました。
私はびっくり。だって、先生が人を褒めているのを見たことがないからw
先生は、小論文や感想文で書いた私の中にある、ありったけの社会不満(笑)を評価してくれ、自分の見た目ではなく、自分の価値観を褒めてくれたのです。

「騙される」発言の生徒指導の先生にずいぶん腹を立てましたが、私はこのように見た目以外を見てくれる人、つまりはルッキズムに囚われない人に救われたのです。

卒業すれば、生徒ではない。
それでも、当時の怒りは覚えている。
ただし、今は『ルッキズム』が自分に与えた影響を頭の中で整理出来る。
こんな理解をできるようになった私を見たら、あいつらにまた「綺麗になった」と言われちゃうかも~~wwwww
賢くなるきっかけをくれた先生、賢くなるきっかけを見つけられず見た目で評価してきた先生。
自分は前者になれるように、自分はさらに「見た目」ではない魅力が増えればいいなと思いましたw

長文を最後間瀬読んで下さり、ありがとうございます!
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