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秋に桜の木を見上げること

散歩が好きだ。
最近は気候もだいぶ涼しくなったので、歩いていて汗だくになることもなく、かといって寒さで身を縮こめることもない。
まさに秋は外を歩くのが楽しい季節である。
私の場合、通勤時であっても
歩くという行為それ自体に変わりはないので、
会社に向かって歩く時も割と楽しんでいる。

今朝はそういう朝だった。
家を出て、秋の澄んだ空気のなかを
最寄りのバス停まで歩いた。
靴がコンクリートにあたる音が心地よく響いた。
とにかく最高によい気分だった。

ところがイヤフォンを忘れた。
死活問題である。普段電車で音楽や動画を楽しむことが多いので、一旦取りに戻ろうか悩んだ。

しかしバス停から家まで戻るほどの余裕はなく、
イヤフォンは諦めて、どうやって
今日を過ごそうか考えることにした。
がっかりした。

そうだ、Kindleを読もう!と乗り込んだバスの中でひらめいた。しかし、Kindleの端末も忘れた。
さらにがっかりした。

Kindleを使う場合、専用の端末を使いたい派である。スマートフォンでも読めることには読めるが、なんだか頭に入ってきにくい気がしてあまり好きじゃない。多分、SNSやネットニュースもスマートフォンで見ているので、小説もそういう感じで脳が処理しているのではと私は疑っている。

と文句を言っても無いものは無い。仕方がないのでスマートフォンのアプリ版Kindleを開き、読みかけのチェーホフ作『決闘』を読みながら会社に向かった。

そして会社の最寄駅に到着する。
私はスマートフォンをしまい、電車から降り、
何も聴かず人々の中を流れるように進んだ。

外に出て上を見上げると、
春には満開になる桜の木には
ほとんど葉がついていなく、ついている葉は
なんとか幹にしがみついてる様子だった。
その葉は手が届かないくらい高い位置にあったが、仮に手のひらに乗せることができて
軽く握ったたとしたら、砂のように崩れてしまうだろうと思った。

そんなふうに木を見ていたのは
多分あの場にいる人々の中で私だけだった。
そしてそのことは、私自身がその瞬間を
生きたことであり、また、
単純に新しい発見をしたことで、
私は再び良い気分になった。

いつものようにイヤフォンをつけていたら
そんななんて気付かなかっただろう。

新鮮な日々は、意外にも身近にあり
それを感じるためには
いつもあるものを無くすこと、
あるいは変えてみることにあるのかもしれない。

ちなみに、
なんと行き帰りで『決闘』も読み終えた。
長い割に少々退屈な話だったが(スマートフォンで読んだせいかな)やっぱりチェーホフの文章が好きだと思った。

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