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回文ショートショート ② 『忙しい猿蟹』

「おいしそうだなあ。早く帰って食べよう」
そう考えながら蟹は山道を急いでいました
片方のハサミには、消費期限切れの
コンビニおにぎりが挟まれています

「待ちなさい」

声をかけたのは、道端の木陰に座って
MacBook Airを叩いていた、猿でした
オーガニックコットンのシャツを
涼しげに着こなしています

 「そんなの、食べちゃダメだよ
  ただでさえおにぎりには化学調味料、
    もとい、うまみ調味料が結構使われているんだ
  小さな体にはよくないよ」

 「あ、ありがとうございます
  けど今なぜ『化学』を『うまみ』と
  言い換えたんですか?」

 「メディアで仕事してる人間には常識さ
  うっかり間違えたらとんでもないことになる
  わけを知りたければ検索してみるといいよ」

 「はい」

 「それより、これをあげよう。柿の種だ
  おにぎりは食べたらそれでおしまいだ
  けれど、この種を土に植えて丹精込めれば、
  毎年たくさんの柿の実が実る
  感じようよ、
  そんな、世界の持続的なシステムを」

そう言いながら猿は空を見上げました

 「おっ、雨の匂いだ。じゃ僕は行くね。あ、
  よかったら僕のインスタ、一度覗いてみて」

 「はい。あ…」

颯爽と立ち去る猿
残された蟹の、一方のハサミには柿の種が、
もう一方には一枚の名刺が挟まれていました

次の日から、蟹は変わりました
ガイア猿田の本をAmazonで取り寄せ、
食べ物はすべて植物に限定し、
一所懸命柿の木を育てました
独自に植物の育て方も研究しました

数年後
初めて柿の木に実がなった秋、
ガイア猿田がやってきました

 「あ、猿田さん!あなたのお陰で僕こんなに…」

 「よかったね、蟹くん。でも僕の方は、近頃
  テレビや雑誌の連中に飽きられちゃってさ
  メディアの連中はもうダメだ
  YouTubeでも始めようと思ってるんだ
  何かいい企画ないかな」

 「え?」

蟹は猿の突然の告白に戸惑いながらも、
こんな提案をしました

 「いい考えがあります
  おーい、みんな来て!
  ・・・先生、これが僕の仲間です」

やってきたのは
蟹のオーガニック農法に賛同した仲間たち、
栗の実、蜂、臼、牛の糞の4人です

 「な、なんだこいつら!?」

 「みんなで力を合わせて
  先生の教えを実践するんですよ
  いいですか、この栗の実くんを、
  この立派な臼くんを鉢にして植えます
  牛の糞くんには肥料になってもらいます
  そして栗の花が咲いたら、
  そのエロティックな匂いに誘われた蜂くんが
  受粉してくれるんですよ!
  そのプロセスを
  毎週配信したらどうでしょう?」

 「素晴らしい!
  さっそく撮影だ、当たるよこれは!」

こうして、立ち上がったYouTube番組、
『猿蟹ボタニカル・チャンネル』は、
瞬く間に大人気
毎回数百万の再生回数を数えるまでになりました
2人は目も回る忙しさです

これも植物の力なのかもしれませんね
めでたし、めでたし

 猿蟹多忙、ボタニカルさ

 さるかにたぼうぼたにかるさ


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