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「とんでもないアナログなオヤジ」は、デジタル社会の中では絶滅危惧種です

ファインマンは外部の人間なので、NASA内部のヒエラルキーにはほとんど興味がなかった。彼はねずみを追い回す猫のような集中力を持って情報を追い求め、誠実さと洞察力を持って障壁をたたき壊し、溝を埋めることに喜びを感じるのだ。彼はついに、事故の主な原因が部品のOリングが非常な低温化では裂けやすいことにあると突き止めた。

ファインマンが、スペースシャトル「チャレンジャー号」爆発事故の原因究明のために召集された「ロジャーズ委員会」のメンバーに入るよう依頼を受けたとき、彼に参加を強くすすめたのは、妻のグウィネスだった。彼女は彼にこういった。「あなたがやらなければ、委員は全員いっしょになってあちこち見て回ることになるわ。でも、もし、あなたが委員会に参加すれば、その間に一人でそこら中を走り回って、何か異常がなかったかを調べて回るでしょう。何も異常はないかもしれないけども、もし、あれば、あなたなら見つけられるわ」グウィネスの予想どおり、ファインマンは独自の取材や査察によって多くの情報を収集していったが。委員会の事務方の指示を無視し、メンバーが守るようにいわれていたガイドラインに多くの疑問を呈した。そして、ある会議の席上、ファインマンは、(事務方が彼を制止しようとしたにもかかわらず)議事を中断して、スペースシャトルのOリングをビーカーの冷たい水に漬け、このリングの弾性が失われることを実験して見せた。ちなみにこの水の温度は0度で、ちょうどチャレンジャー号が打ち上げられた日の気温と同じだった。

クリエイティビティとイノベーションは、イマジネーションによって推進される(中略)この点はテクノロジーに真似できない。

英語には「ルネサンス的教養人(renaissance man)という言葉があって、きわめて多才なうえに話題をほぼ問わず博識だったり驚きの種をもたらせたりする人物を指すのだが、ファインマンの形容としては不十分だろう。彼はまず何より世界有数の理論物理学者であり数学者だった。そのうえ、名ボンゴ奏者、ベストセラーの著述家、マヤ文字の翻訳者

リチャード・ファインマンはアメリカの物理学者で、誰もが認める二十世紀の天才の一人だ(中略)彼はジャグラーであり、画家であり、いたずら好きで、熱狂的なジャズ・プレイヤーでもあり、ボンゴの演奏には特別な情熱を持っていた。

お手玉の日(9月20日 記念日)

ジャグリング(人生をいかに切り抜けるかに非常に近いといわれている)では、絶えずボールを見守り続けながら、手の動きを常に微調整する技術が求められている。一流曲芸師は、ボールの行方をずっと追ったりしない。ボールの軌道の頂点を見ていれば、必要な動きの調整ができることを知っているからだ。

歩行であれ、サーフィンであれ、ジャグリング、水泳、またはドライブであれ───に特化した回路

ひも理論では、僕たちは10次元の世界に生きている。───ファインマン博士

ファインマンが弦理論を否定したのは、自分がそれまで信じていた体系からあまりにかけ離れていて、考え方を合わせられなかったからだろうか?(中略)弦理論は正しいのか? 正しくないとしたら、自然界のすべての力を統一して「でっち上げ因子」を一つも含まない統一理論はいつか見つかるのだろうか? それは誰にもわからない。私が永遠に生きたいと思う理由の中でも上位に来るのが、これらの疑問に対する答えを知りたいことである。だから私は科学者になったのだと思う。

情動的経験から学べることは、科学的な「真理」ではないかもしれないが、私たちの世界感の形成に寄与するという点では、ひも理論を理解することと同等の意味を持つ。

ファインマンはカリフォルニア工科大学の卒業式の演説で述べている。「第一の原則は、自分をだましてはいけないということです

これ以上分けられない何かの存在を唯=タンマートラという(中略)超ひも理論。スーパーストリング。ひもが振動してる時が有で、振動してない時が無だから。これが量子論の帰結。サイズでいうと、1・616299×メートル。これをプランク定数っていうんだよね。この世で一番短い長さ。超ひもの長さ

ブラックホールはゼロ次元であり、電子のような粒子もそうだ。電子とブラックホールは実在するものである。当時、物理学者たちは、一つ一つの粒子を、点というより振動するひもとして扱うことの利点に気づきはじめた(中略)ひも理論では、異なる粒子は実は同じ種類のひもであり、ただ異なる揺れ方をしているだけだ。宇宙にあるすべてのものはこうしたひもでできている(中略)ひも理論では、ゼロは宇宙から追放されている。ゼロ距離とかゼロ時間といったものはない。これで量子力学の無限問題はすべて解決する(中略)ひもは点よりずっと扱いやすい(中略)(中略)科学者は今では、これら競合する理論すべての根底に巨大理論があると考えている。いわゆるM理論だ。これは一〇次元ではなく一一次元の世界で成り立つ(中略)ひも理論は数学的に矛盾がないし、美しくさえあるかもしれないが、まだ科学ではない(中略)ひも理論が正しい可能性は十分あるが、確かめる手段はけっして手に入らないかもしれない。ゼロはまだ追放されていない。それどころか、ゼロが宇宙を創造したように思われる。

ひも理論(※重力が必然的に含まれている)がこれほどいかれていながら生きながらえてきたのは、ひとつには、(※重力を記述する)一般相対性理論(※空間と時間をまっすぐ滑らかに動く物体にしか使えない特殊相対性理論よりはるかに強力で対称性が高い)と量子論という物理学の二大理論をうまく結びつけ、有限の量子重力理論へ導いてくれるからだ(中略)ひも理論は、くりこみ(※くりこみ理論によって量子補正を計算)をせずとも、それだけで有限になる理論(中略)理論を検討するたびに、新たな数学の層が発見されている(中略)ひも理論では2+2=4となる矛盾のない宇宙はひとつしかなく、それは一〇次元か一一次元に存在している(中略)Dは時空の次元数を表す(中略)一一次元の膜をつぶして一〇次元のひもにする方法が五通りある(中略)(※量子重力が)五種類のひも理論(※一〇次元)はどれも、同じM理論(※一一次元)を異なる形で数学的に表現したもの(中略)M理論は多数のばらばらの方程式からなり、それらが不思議なことに同じ理論を記述する(中略)ひも理論は場の理論の形で表すことができるが、M理論ではそれ(※振動のしかたがたくさんある膜の場の理論の形。一〇次元では方程式が五つ必要になる)がまだできていない(中略)五種類のひも理論はゾウの耳やしっぽや脚のようなものなのだが、われわれにはまだM理論というゾウの全体がつかめていない(中略)ひも理論を実験で証明する必要はまったくないのもかもしれない(中略)ひも理論を現在の宇宙と照らし合わせるのは時期尚早(中略)ほぼ一〇年ごとに、ひも理論の実体についての見方を一変させる新たな発見がなされている(中略)ひも理論を直接検証するには、銀河サイズの粒子加速器が必要になるだろう(中略)三次元の世界は、本当は一〇次元や一一次元である現実世界が落とす影にすぎないのかもしれない(中略)ひも理論(※特徴のひとつは、一般の理論とは逆向きに発展。理論の決定的な根本原理がいまだにわかっていない)の最終的な形を見つけ出すには、さらに多くの層を暴き出さなくてはならない。要するに、われわれの頭がひも理論に追いついていないのである ※引用者加筆.

弦理論の中心にあるのは、電子のような粒子を拡大していくと、最終的にはそれが粒子ではなく、振動している小さな弦であることがわかるという、とても魅力な説だ(※真空をこれまでになく短距離までズームインすると、振動がどんどん大きくなって見えるという事実)(中略)弦理論はなんの役に立つか(中略)弦理論を大きな距離スケールで見れば、それはアインシュタインの一般相対性理論(※時間と空間は、出来事が起こった時間や場所を伝えるただの座標ではなく、曲げたり、伸ばしたり、圧縮したり、さらに振動させたりできる現実的な織物。地球に近いところでは、直線は曲がっている)に変化するし、ズームインすれば量子力学のように見える(※E=mc² という数式は、実はアインシュタインの論文には出てこない。論文では、記号と言葉を組み合わせることで、この質量とエネルギーの関係を説明している)(中略)今日、弦理論を研究している人の大半は、基本的な万物の理論を探しているのではなく、量子重力を研究しているのでもない。純粋数学で発見をしたり、量子場理論(※場の量子論)への理解を深めたり、さらには個体やクォーク・グルーオンプラズマを研究したりするために弦理論を使っている(中略)弦理論が意味をなすのは宇宙に超対称性がある場合だけだ。弦理論が「超弦理論」と呼ばれることが多いのはそのためだ(中略)弦理論を見つけるには、まず「コンパクト化」というプロセスによって余剰次元を隠す必要がある(※弦理論を成立させるには少なくとも九つの空間次元の存在が必要。私たちの三次元世界では六つの余剰次元をプランク長よりずっと小さな、どんな実験でも届かないサイズに隠せば問題を回避できる) ※引用者加筆.

場は時空間に浸かっているのではなく、場によって時空間が生み出される。こうした場のことを、「共変的量子場」と呼ぶ(※世界は共変的量子場からできている)(中略)量子論は、事物が「どのようであるか」ではなく、事物が「どのように起こり、どのように影響を与え合うか」を描写(中略)粒子が「どこにあるか」ではなく、粒子が「(次に)どこに現れるか」を描写(中略)空間とはスピン(※スピンの泡と泡の交わる点が泡の頂点を形づくる)の網(中略)生じうるスピンの泡とは、言い換えるなら、同じ末端を共有するすべてのスピンの泡ということ(中略)ある過程のなかに入っていく物質や、ある過程のなかから出てくる物質があらわになるのも、やはりこの末端(中略)スピンの網が、ある状態から別の状態へと変化する過程によって、時空間が形成される(中略)「超ひも理論」が描く世界が「連続的」であるのに対し、「ループ理論」が描く世界は「離散的(粒状)」(中略)現実とは関係の網であり、言い換えるなら、相互にやり取りされる情報の網(中略)現実とは連続的な流れであり、つねに可変的な流れ(中略)境界は恣意的かつ慣習的に、わたしたちの都合によって決定される。境界を立てることで、わたしたちは情報を整理する(中略)LHC(※大型ハドロン衝突型加速器)が稼働してから現在に至るまで、超対称性粒子は観測されていない(中略)(※ヒッグス粒子確認したジュネーブCERNで新たな確認期待していた)超対称性粒子は、人類がまだ到達していない微小なスケールに存在しているかもしれない。そして、実をいえば、ループ量子重力理論が正しかったとしても、超対称性粒子が存在する可能性は残るのである。したがって、期待された領域に超対称性粒子が存在しないと分かってから、ひも論者の表情がやや暗くなり、ループ論者の表情がやや明るくなったことが事実だとしても、それはあくまで「兆候」であって、「証拠」ではない ※引用者加筆.

金庫破りの腕を磨いていたファインマンは本職の錠前師と親しくなった

数ヶ月でもジャグリングを習った経験のある人は、運動知覚に関係のある大脳皮質の領域が厚くなる(ジャグリングの練習をやめた後でも、その変化は失われない)。

一生を通じて、脳は私たちが遂行する任務───歩行であれ、サーフィンであれ、ジャグリング、水泳、またはドライブであれ───に特化した回路をつくろうと、みずからを書き換える。プログラムを脳の構造に灼きつけるこの能力は、脳の最も強力な特徴のひとつである。専用回路をハードウェアに組み込むことによって、非常に少ないエネルギーで複雑な動きの問題を解決できる。スキルはひとたび脳の回路に組み込まれると、考えること───意識的な努力───なしに実行されて省資源を実現するので、意識のある私はほかの仕事に注意を払い、それを吸収することができる。

ファインマンが一一歳のとき友人にこう持論を披露した。「考えるということはね、心の中で独り言をいうことなんだよ」(中略)腕のいい金庫破りになるのも楽ではない。ファインマンは勘を働かせて錠の内部構造を把握し、コンサートピアニストさながらに練習した。その甲斐あってダイアル錠の最初の数字を突き止めれば、指はすばやく動いて残りの数字の配列を調べ出した。そうこうするうちに錠前師がロスアラモス研究所に雇われた。本職だから一瞬にして金庫を開けられるだろう。プロがすぐ近くにいる! その人と親しくなれば、金庫破りの秘伝が自分のものになる、ファインマンはそう思った(中略)金庫破りの腕を磨いていたファインマンは本職の錠前師と親しくなった。折にふれて話し合ううちに社交辞令もなくなった。やがてファインマンは、錠前師の熟練の技と自分のテクニックの微妙な差異がわかるようになった。ある日の夜遅く待ちかねた瞬間がやってきた。ついに奥義が明かされたのである。

Gotama Siddhattha(ゴータマ・シッダールタ)の悟りがヒンドゥー教に変容したものがブラックホールだと私は思います。そもそも悟りというものは大乗仏教の・・・・・。別記事で解説。

本の虫などと呼ばれる読書好きな人は「頑固で堅物で融通が利かなそう」というイメージを持たれがちですが、実は逆で、読書が好きな人は考え方がとても柔軟です。なぜなら、本を読むことで新しい刺激に触れる機会が多いから(中略)認知予備力があると、ものごとに対して新しい見方や考え方を受け入れられるようになります。つまり保守性バイアスの回避に繋がる

『ルパン三世』シーズン5に、ITオタクの女の子がライバルとして出てきます。その子がルパン三世に惹かれた理由として、「とんでもなくアナログなオヤジがあらわれた」というセリフがあります。これがルパン三世の美学です。「とんでもないアナログなオヤジ」は、デジタル社会の中では絶滅危惧種です(中略)デジタルが基準になった社会においては、アナログで勝負がつくのです。効率化できるところはみんな同じなので、デジタルでは差がつきません。効率化できないアナログのところで差がついてくるのです。

リチャード・ファインマンはカリフォルニア工科大学の卒業式の演説で述べている。「第一の原則は、自分をだましてはいけないということです。そして自分はもっともだましやすい相手です。だからよく注意しなければなりません」途方もない変わり者のすべてが狂人とも言い切れないのは、ときに、見たところ常軌を逸した行動が実は正しかったということがあるからだ。


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