短い夢を見ていたのだと
短い夢を見ていたのだと、ふと気づく。つまり、そこが現実だと私は認識した。
かつて何度も経験したことだ。
はっきりとした認識。
鋭い白熱光の刺激が視覚を苛む。無理に瞼を開けてみると、正面に広がる死に果てた大地。まばらに立つ土壁は墓標か。風に乗って砂埃が舞い、すべてが土色だ。荒く細かい砂粒と乾いた熱風が全身に吹き付ける。砂にまみれて口も鼻も灼けている。爽やかな目覚めとは言い難い。
不意にむき出しの背筋の上を、細くうねるものが這い回るのを感じた。記憶の底から生じた原初の嫌悪感に突き動かされ、私は身をよじり、それから逃れようとする。
私の両手はばたばたと空を切る。手のほかが動かない。固定されている。私は、壁に塗りこまれている。
途端に耐えがたい苦痛を思い出し、私は声なき声でうめく。
「起きたのね」聴覚が声を捉える。女の声だ。深い、慰めの情に満ちた声。それから、私の背骨の上を這っていたものが左肩甲骨へと移っていく。それは女の手だったのだと気づく。私は左側の、声がした方向を見ようとするが、首が正面を向いたままやはり固定されていて、その姿を捉えることができない。思わず必死になって左手をそちらへと伸ばす。左手は宙をさまよい、何度か乾いた土壁をかすめたあと、柔らかい生きた感触に触れる。私はたまらなくなり、感触に沿って指を這わせる。
「そう。だけど、私になにができるっていうの」優しい諦めの声。女もまた、固定されているのだ。私はただ、女に触れ続ける。私はその顔も知らない女とずっとこうしてコミュニケーションしてきたのだ。
壁には時間も、空間もない。
もしも私の声が枯れていなかったとしても、何を言い得ただろう?
そこに自由はない。
「眠りなさい」女が言った。聞きたくない言葉だ。行動しなければならない。今すぐにでも、現状を打破することを考えるのだ。
「眠りなさい」女は繰り返した。その言葉は先と同じはずだが、何かが違っていた。
反芻する。印象。
言葉は同じだが、音が違っている。甘美な音色だった。それは歌というものだと、遠い記憶が私に教えていた。
女の歌に身を委ねているうちに苦痛が和らいでいき、ほとんど何も感じないほどになった。全身から少しずつ力が脱け、やがて私は両手をだらんと下ろしてしまった。弛緩した私の身体を、女の手がさすってくれていた。
「おやすみなさい」柔らかく、温いものに包まれて、私の意識はそれっきり消えてしまった。
照りつける太陽の下、荒れ野の道を男が歩いている。額には汗をかき、眼はじっと前方を見据えたまま、ただ一人歩き続ける。
やがて太陽が傾き、暑さも和らいだころ、男は大きな木のほとりで、岩に腰掛けて足を休めていた。涼しく心地いい夕風が辺りを吹き抜ける。
男は懐から小さな白い笛を取り出すと、しばらくそれを愛おしそうに撫でさすってから、そっと唇に当てた。
穏やかなメロディは風と混じって、彼方へと消えていった。
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