よくできたFREE.4

 私は、実家から車で二十分程走った場所にある配電盤の製造工場でアルバイトとして働き始めた。工場と家を往復するだけの単調な日々ではあったが、毎日家族のいる家に帰って団欒をするだけでも、以前には無かった充実を感じられた。引っ越し以来ゲーム機は段ボールに入ったまま、部屋の隅に置きっ放しになった。
 半年が経過した。工場長の指示により持ち場を一人で任され一日中殆ど誰とも話さず作業しなければならなくなったが、元々一人が苦にならない性格のため、仕事を覚えてしまえばこれほど気楽な事はなかった。
 一日の仕事を終え、手洗い場で手についた油を洗剤で拭っていると、妹からメールが入った。雨が凄いのでアルバイト先まで迎えに来て欲しいという内容だった。朝はすごく晴れていたし、降水確率は二十パーセントだったと、パートのおばさんが隣の蛇口で手を洗いながら不満げに言った。帰る前に工場長に挨拶をしようと事務室に入ると、いつになく呼び止められた。ちょっとええか、と言って工場長は立ち上がり部屋を出ていった。工場長の後に付いていくと、隅の喫煙フロアに設置された自動販売機で缶コーヒーを買って手渡してくれたので、私はどうも、と軽く頭を下げた。工場長はベンチに座って煙草に火をつけた。
「西川君の仕事見させてもろてんけどな」工場長は深く息を吐きながら言った。「社員にならへんか。君に板金加工任せよう思うねん」
「少し、考えます」私は熱い缶コーヒーを握りながら言った。工場長は笑った。
「まあまあ、ええよ」工場長は煙草を揉み消すと立ち上がった。「社員はまあ、大変やからな」
 工場を出ると横殴りの雨が吹き付けてきた。傘を持ってきていないので駐車場まで走る。五十メートル程度の距離の間に全身ずぶ濡れになってしまった。駐車場の土がぬかるんでいたせいで靴に付いた泥を払って車に乗り込む。予想外の工場長の話で遅くなってしまった。妹を待たせてしまっているので急いで出発する。
 自宅を通り過ぎて工場とは反対方向の妹のバイト先に向かう。雨足がだんだん強くなっていく。大きな雨粒で前方の視界が悪くなりワイパーの速度を上げる。
 妹が待っていると言っていた喫茶店の脇に停車すると、彼女はすぐに出てきて小走りで車に乗り込んだ。
「遅すぎ!」妹は不機嫌そうだった。私はすぐに車をUターンさせた。
「すみません、ちょっと出てくるのに手間取って」
「敬語なってるやん」
「ごめん」最近妹は私が敬語を使うと怒るようになった。意識して話さなければならないのはとても疲れるし、敬語以外の言葉は関西弁も標準語もどうもしっくりしなかった。
「それは、何?」私は妹の手に持っているプラスティックカップに目をやった。飲み物のようだが、それにしては派手な色をしている。
「クリームいちご大福」
「ほう」ほう、は敬語ではないけど、なんとなくまだしっくりするなと私は思った。
「欲しい?」
「ああ、うん」
「はい」妹がスプーンを私に向けてきた。ちょうど赤信号で止まっているところだったので助手席の妹に向かい合う。スプーンの先に乗った桃色の何かを口に含む。苺風味のミルククリームは甘く、さらにその中にはこし餡が入っていてクリームの甘さを引き立てている。結果としてひたすらに甘い。甘すぎると言わざるを得ない味だった。
「青、なってるで」
「ああ、はい」私はアクセルをじわじわと踏んだ。

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