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タマゴで産む

 朝一番から、わが家はマスク越しの大爆笑がひろがった。
 今日の起きる準備のヘルパーさんと、家事ヘルパーさんのコンビは、元高校球児と居酒屋風料理の得意な二人だった。
 
 朝食をすませると、グッドタイミングで居酒屋ヘルパーさんがチャイムを鳴らしてやってきた。
 グッドタイミングというのは、このご時世だから食事中にベラベラとしゃべることは控えたいところ。
歯磨きも完了して「ピンポ~ン」と聞こえたので、すぐに夕食の献立の打ち合わせと買いものの確認ができるというわけだ。
 
 元高校球児ヘルパーさんと居酒屋風ヘルパーさんのコンビは長くて、もう三年近くになるだろうか。
 ぼくもふくめた三人が昔話に花を咲かせたり、時事ネタに盛りあがることもタマではない。
 
 今朝も彼女が打ち合わせのためのメモを片手に部屋へやってくると、いきなりぼくにマスクをかけた元高校球児がすっ飛んだネタを振ってきた。
 「秋吉久美子が『出産が大変』やさかい、タマゴで産めたらラクやのにって言うてたらしいけど…」
 彼女がオーバーアクションで笑って、
 「そうやなぁ、ほんなタマゴを温めなあかんよなぁ」
 なるほど、なるほど。
 こんな展開になると、口をはさまずにはいられなくなった。
 ぼくと居酒屋風ヘルパーさんとのつき合いは、元高校球児ヘルパーさんよりさらに遡って、もう二十年以上になるだろうか。
 買い物が趣味のひとつだというダンナさんとも、市場で何度も遭遇したことがあった。
 恰幅のいい熟年男性が買い物袋を提げてニコニコ歩いていると、こちらまでなごやかな気持ちになった。
 「ということは、あのダンナさんがタマゴを温めることになるよなぁ」
 
 大爆笑のあと、ときどき思い出し笑いをこらえながら、本題の打ち合わせがはじまった。
 そのままの流れで突入したものだから、気持ちはリラックスそのものになって、いつも以上に頭の回転はスムーズだった。
 今夜の献立の食材だけじゃなくて、あさっても居酒屋ヘルパーさんの登板の日なので、冷蔵庫の野菜室の中身を活かした肉料理を考え、二日分の買いものをお願いした。
 市場で新鮮な食材を購入するので、魚介類はできるだけ早く調理したい。
 だから、あさってのメニューは肉料理をチョイスしたというわけだ。
 
 ぼくが契約しているヘルパーさんの事業所は、二か所とも「当事者主体(ちゃらんぽらんをヨシとするぼくには似合わない表現)」をコンセプトにしているので、基本的にお願いした内容が仕事の中心になる。
 だから、要領よく脳が働いてくれると、ヘルパーさんも助かることになる。

 いま、このタイミングで、つじあやのがカバーしたブルーハーツの「ラブレター」が流れてきた。
 養護学校の寄宿舎や施設を転々としたとはいえ、思春期から青年期にかけての二十年あまりを霧深い山里ですごした。
 彼女の唄声は、朝霧の晴れてゆくさまと、その空気をゆっくりと胸に吸いこんだときの淡くて柔らかなやさしさと、すがすがしさをくるんだようなあの日の気持ちを思い出させた。
 
 ぼくの喜怒哀楽の傍らには、いつも山あいの風景があった。
 それは授業中に聞こえたケモノの声に眼をあげた窓辺であったり、初めて心を通じあわせた人と手を重ねながら、まっすぐに見つめた早苗のひろがる田園であったり…、記憶の一コマ一コマはほろ苦さを伴なっていても、相手に見返りを求める気使いにつながることはないだろう。
   
 なんの遠慮もなく語らえる人たちとの雑談からも、感性を培った風土や出逢った一人ひとりとのつながりからも、それぞれに質は異なっていても、「わたし」や「あなた」にとっての思いやりは自然に伝わっていくのではないだろうか。
 
 内面の動きは繊細で、とても興味深い。
 もうすこし掘り下げれば、普段の暮らしでは言葉にしない思いの満ち引きだけに、書くことの重さを、残すことの大切さが身に沁みるようだ。
 

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