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全てある

前回、自己変容をあきらめていたと書いた。でもそれは違っていた。
先日、3月から学んだ講座の最終回があった。そこで新たな扉に気づくことができた。
この講座を受ける前からすでに、何か不足しているから学ぶということではなくて、知りたい世界を学びたかったことも思い出した。学びはもう終わりなんだと数カ月前から思っていたし、講座でも口にしていた。
足りないものは何もなく、全てただある。
学び続けると多少の気づきはあるものの、ずっとその感覚を永遠に求め続けるだけになる。
ちょっと違う気づきが繰り返し起こるだけ。
これをしている限り、ぐるぐるまわっているだけ。ここから抜けるには、本来の自分で生きることだと思っていた。
でもまたそこも違う感覚になっている。
散歩中、景色が全て背景の絵に見えたことがあった。そのときは自分という感覚もなく、歩く振動だけだった。本来の自分で生きるその先は、自分という感覚もない。
言語でなかなか表現できないけれど、変容や学びをやめた先に全てある。

エッセイは、エッセイにエネルギーがのったら再開します。それまでお休みです。

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