前藤くん

前藤くん、あなたは、何だか不思議な人なんだよ。

あなたに対してときめいたり、恋心のような燃える思いを傾けたことはない。

あなたは既婚者で、奥さんがいるのだし、そうでないにしても、あなたみたいな人に恋をすることはないと思う。あなたみたいな、人の心に真に想いを馳せることが出来ない壊れた人には。

それでもあなたの匂いは、あなたの手は、あなたの横顔は、なんでこう、色っぽいのだろう。

わたしはいつも、あなたを抱きたい。あなたに抱かれたい。そんな色っぽいと思う男がいつも隣にいてご覧よ、もう既に体の関係にある相手ならなおのこと、熱くなる体を毎日でも持て余すに決まっている。

恋みたいな気持ちを傾けることは今までも、これからもないと思うんだ。それでも、わたしはなぜだかあなたのことが大好きだなと思うよ。心から、人として、好きなんだなと思っている。

性欲に支配されるお馬鹿な人だけど、優しくて無責任でルーズな人だけど、いや、そんなだからなのかもしれない。

似てるんだ、わたしに。とても。
前藤くん、あなたみたいな均整の取れた美しい目鼻立ちはわたしにはないけれど、考えてることも、理屈っぽい話し方も、優柔不断なところも、わたしみたいでなんか嫌な感じがして、そしてそれがすごく好きだなあと思う。

あなたを通してわたしは、自己愛を満たしてたりするのかもしれない。

一人でいるとなぜか、涙が出てくることがある。
あなたに会いたいなって思って泣いている。
わけがわからない。

あなたはきっと「まあまあ」とか言って話題を変えるだろうね。イラつくよなあ、そのクッション言葉。口癖みたいに使うけどさ、使う場面はよく考えなよね。あなたに面と向かって言えるわけのない棘のある言葉、ここに書いても同じくらい痛くて残っちゃうからやっぱ言うまい。

あなたといる時間はとても穏やかで、満ちていて、楽しくて、ずっとこのままでいたいなと思う。わたしだけそう思ってるんだとしても、こんなにあたたかくて優しい時間をくれるあなたに、いつも感謝しているよ。

あなたともっと一緒にいたい、もっと楽しみたい、もっと一緒に笑いたい、と願ってしまうのは本当に馬鹿みたい。

お酒はもう抜けてるはずでも、涙が出てきて仕方がないから、馬鹿みたいなんじゃなくて馬鹿なんだな、と思う。

あなたは奥さんと別れることはないだろうし、だなんて書いたけどさ、何書いてるんだろう。奥さんに妬いてるのはなぜなんだろう。本当にわけがわからない。

奥さんの話を平気な顔でするの、イラついたり、嫉妬で狂いそうな気持ちの日があったかと思えば、ただ友達の話を聞いてるみたいになんの抵抗感もヤキモチもないで聞けてるときもある。

あなたの好きな人はわたしも好きだよとか、あなたの大事な人はわたしも大事だよとか、あなたの幸せを願うからあなたを好きにはならないとかあなたともう、セックスをしないとか、そんな綺麗事を言えるほどわたしはできた人間ではない。

あなたとしたい。
仕事のことそっちのけで、あなたとすることばかり夢見ている。

あまりにそれは馬鹿だから、一人でしたり、セフレとしたりして、あなたの匂いがしても強く反応しないようにはしてるけど。

いつか奥さんにバレて慰謝料請求されても自業自得、300万くらい仕方がないよと思いながら、彼女を傷つけてしまうと自分もきっと悲しいし、彼女を愛する前藤くん、あなたもまた悲しかろう。
見たこともない奥さんのことを心配できるほど、わたしはできた人間では無いからね、だけど前藤くんが悲しいことには、ならなければいいなと思う。だって、わたしが悲しいから。

お酒を飲めばあなたの望みどおり、暗がりでもどこでも気持ちよくしてあげる。そんなふうに大胆になってしまったり、全身でも舐め回したいくらい、あなたを犯したくて仕方がなくなる。

さっき飲み干したあなたの体液が、喉の奥から鼻腔を突いてにおってくる。少しすればこのにおいも、どこか消えてなくなる。それでいい。

酔って、理性を少しどこかへ預けたようなおバカな頭で、記憶はあってもふわふわとした世界で、あなたに抱かれてしまった情動を引きずるよりは、口でもなんでも簡単に出してあげるくらいでちょうどいい。

わたしはそれで、少しばかり欲求不満なままあなたとの行為に思いを馳せてはまた熱くなる。

あなたが女なら、わたしたち、親友に慣れたと思う。だけどあなたはあまりにも、美しすぎる男で、恋人にもならない、家族にも、友達にもならない。でも心の距離はとても近くて、互いに体を求めあう近しい人。

いつまで、前藤くん、あなたの傍で笑っていられるのかな。あなたの匂いに、体を熱くしていられるのかな。

あのね、好きだよ。
大好き。

ただ、それだけなんだ。

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