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戦争と、半径5メートル

 いよいよ今日、「遅いインターネット」と題した僕の本が発売になる。この本は、前の記事で書いたように、僕がこの数年間考えてきたことをまとめたものであり、そしてこれからの活動のマニフェストだ。

 かんたんに内容を紹介すると、第1章は政治と経済のことを扱っている。そして第2章はメディアのことについて書いた。この前半の2章で、いま、世の中で起きている目に見えない、しかし決定的に大きな構造の変化についてしっかり整理できるようにしたつもりだ。そして3章は、少し寄り道してーー最後まで読むとそれが寄り道ではないとわかると思うけれどーー吉本隆明という思想家について書いた。最後の4章は、その上で僕の物書きとしての、メディアの運営者としてのマニフェストを記した。ものすごくマクロなところからはじまって、そしてものすごくミクロなところまで降りてきて終わる本にした。ここが実は、僕がいちばんこだわったところだ。

 いま、無防備に物事を考えてしまうと、ものすごくマクロな問題(戦争とか、世界経済とか)か、ものすごくミクロな問題(半径5メートルの生活と人間関係)のどちらかのことで頭が一杯になってしまう。いまのインターネットでは前者の人が目立っているのだけれど、たいていの人は後者だと思う。Twitterのプロフィールに思想信条を書き連ねている人や、支持している政治勢力が他勢力を非難する投稿をひたすらリツイートしている人たち(はっきり言ってしまえばフェイクニュースの温床)は、等身大の自分の人生と向き合うことをごまかすために大きな問題に逃避しているようにしか思えない。逆に、後者の半径5メートルの生活と人間関係にしか関心が持てない人は、自分たちの不安や苦痛の背景にある複雑で不確実なものから目を逸らして楽になろうとしているように思う。しかしそれだけではごまかせない不安や苦痛を、「自分たちとは違う」「普通ではない」「まともではない」目立ちすぎた人や、失敗した人、タイムラインの潮目的にいま叩いていい人に石を投げることでスッキリしがちな傾向があると思う。

 だからこそ、僕は大きなものと小さなものをつなぐ本を書こうと思ったのだ。天下国家や世界経済のことと、半径5メートルの生活と人間関係のことが、シームレスに「つながる」地図を描きたいと考えたのだ。その地図が明日出る本で、そして僕があたらしく立ち上げたメディア(遅いインターネット)なのだ。なぜ「遅い」ものでなくてはいけないのか、なぜ(いまさら)「インターネット」なのかは、本に書いたのでそっちを読んで欲しい。
 半径5メートルの日常の中に、地球の裏側までをカバーする非日常を接続すること。インターネットにはそれができる。しかし、その使い方を間違えてしまっているせいで、僕たちは逆に日常と非日常、小さなものと大きなものを接続できなくなっている。僕はそう思うのだ。しかしインターネットは上手に(たとえばもっと「遅く」)使えば、僕たちはその失われた可能性を取り戻すことができると思うのだ。

 そして、もう一つ。僕はいま無防備にものを考えてしまうと、「がんばれ」か「バランスを取れ」しか言えなくなってしまうところがあると思うのだ。たとえばいわゆるビジネス書の類には(グローバル化や情報化はビッグチャンスなので)「がんばれ」ということしか書いていないカンフル剤のようなものが多いと感じるし、こうしたビジネス書を軽蔑しがちな人たちが読んでいる「文化的な」本も実のところ(グローバル化や情報化は危険な兆候なので)「バランスを取れ」としか書いていないビタミン剤のようなものが多いと僕は思っている。そして僕はカンフル剤もビタミン剤も必要だし、それで構わないと思っているのだ。そしてどちらの内容にも特に反論はない。夏は暑いので水分補給をマメにしたほうがいいとか、冬は風邪が流行るので手洗いとうがいうをしっかりしたほうがいいとか、そういったことに特に反論がないのと同じような意味で、僕はこれらの本のメッセージに150%同意している。と、いうかまあ、たいていのことは「がんばって」「バランスを取った」ほうがいいに決まっている。問題があるとすれば、往々にして前者と後者は互いに軽蔑しあっているということじゃないかと思う。前者は後者を、実効性のない自己慰撫だと鼻で笑い、後者は前者をコンプレックスに漬け込んだ自己啓発だと陰口を叩く。しかしこうした対立はまったくもって、不毛だ。僕はシンプルに、ではどうやって「がんばり」、どうやって「バランスを取るか」を具体的に考えて、自分の試行錯誤のマニフェストを記すことにしたのだ。そしてこのマニフェストを実行する仲間を集めて、「遅い」インターネットで断絶を少しでも埋めようと考えているのだ。戦争と、半径5メートルの世界のあいだを。



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〈最近、こんなことをやります/やりました〉

◎遅いインターネット
もう一度インターネットを「考える」場にするために、PLANETSがはじめたあたらしいウェブマガジンです。どの記事もいわゆる「流行りのネタ」ではありませんが、5年後、10年後まで読み続けられる息の長い記事を更新していこうと思っています。

◎PLANETS School
僕の物書き/編集者としてのスキルを「すべて」共有する 「PLANETS SCHOOL」は「遅いインターネット」計画のもう一つの柱です。
2月回は本日2/20(木)。テーマは「本の選び方/読み方」。今回は、新型肺炎の流行を考慮して動画配信のみの開催にしました。
今からでも受講可能なので、希望者はPLANETSCLUBに加入してください。

◎遅いインターネット会議
3月から始まるあたらしい学びの場です。有楽町のコワーキングスペースSAAIで毎週火曜夜に開講する予定……でしたが新型肺炎の対策のため、急遽当面はインターネット生放送で行うことにしました。
これもPLANETSCLUBが対象のサービスで、メンバーは無料で参加(視聴)自由、外部の人はチケット購入で参加(視聴)可能という仕組みになっています。

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