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『トップガン・マーヴェリック』とさまよえる男性性の問題

トム・クルーズによる究極の映像バイアグラ

 今更なのだけど、この金曜日の夜に『トップガン・マーヴェリック』を観てきた。僕は前作『トップガン』の公開時はまだ小学2年生で特に思い入れもなく、話題作だからとりあえず観ておこう、くらいの気持ちで足を運んだ。そして、圧倒された。僕は、トム・クルーズという男を舐めていた。それは恐ろしいくらい純粋に開き直ったおじさんの、おじさんによる、おじさんのための映画だったからだ。この映画には「何も」ない。あるのは「世界は俺様のカッコよさを改めて褒め称えるべきだ」というトムの自己愛と「だからお前たちも、俺みたいに立ち上がれ」という、少し考えると論理的にもおかしい無根拠かつ無責任な世界中のおじさんたちへのメッセージ(俺様こそが最高に素晴らしい、という前提を保持したまま観客の奮起を促す)だけだ。ほんとうに他のものは「何も」ない、ほとんどバイアグラみたいな映画だ。あまりに衝撃を受けたので、先日始めたvoicyでちょっと冗談めかして語ってしまったが、少しだけ反省している。

 この映画は完全無欠の映像バイアグラであり、それ以上でもそれ以下でもないのだが、この種の映像バイアグラがこの2022年のタイミングで世界的な支持を(おじさんたちを中心に)集めていることには、軽視できない意味があるように思えるからだ。

世界中のおじさん管理職が泣いた

 一応、映画の内容(という程のものはないのだが)を簡単に確認しておこう。前作から30年、主人公のマーヴェリック(トム)は新型機のテストパイロットをやっている。イラク戦争などで大きな戦功を上げているが、自ら現役にこだわって昇進を拒み、パイロットを続けているという設定だ。この時点で、30代でそれなりに仕事をがんばって成果を挙げたせいで管理職になってしまった40代男性の涙腺は崩壊する。編集長と言えば聞こえはいいが、実際は本をつくる仕事ではなく、そのための予算管理と他部署との調整が仕事の8割。校了前に眠い目をこすりながら印刷所に謝り、ずるずると締め切りを遅らせる著者をおだてたり、すかしたりしながらなんとかゲラを戻してもらっていたあの頃のほうが、カネも時間も地位もなかったけれど、ずっと充実していたーーそんな思いを抱えて生きるおじさんは、30年間トムが飛び続けていると聞いただけで胸がアツくなるのだ。

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