遅いインターネット_正方形ヨコ

「遅いインターネット(先行公開)」#5民主主義を半分諦めることで、守る(前編)

2016年11月8日ーードナルド・トランプがアメリカ大統領に当選した日に、軽いめまいを覚えた。
トランプが当選したという事実に対してではなく、彼の当選を嘆く人々のFacebookの投稿がどれも酷く似通っていたからだ。
彼らはそろいもそろっていわゆる「意識の高い」グローバルな情報産業のプレイヤーだった。
曰く「自分の友たちのシリコンバレーの住人たちが嘆いている。でも大丈夫。僕らはグローバルな市場という国境のない世界に生きている。アメリカがいやなら、外国に、たとえば日本に来ればいい」ーー僕は頭を抱えた。彼らのこの意識こそが、トランプを生んだのだ。

遅いインターネット
[第1章]民主主義を半分諦めることで、守る

■2016年の敗北

 では、思考の皮切りに少しだけ時間を遡ろう。
 まず僕たちはあの3年前の、2016年11月8日のことを思い出すべきだ。あの日は世界を駆動していたひとつの理想が決定的に躓き、そして敗北した日だった。

 その日行われたアメリカ大統領選挙によって第45代大統領に選ばれたのは、大方の予想(あるいは希望的な観測)を覆してヒラリー・クリントンではなくドナルド・トランプだった。
 開票の行われたのは翌日の水曜日で、勝敗が決したとき僕は非常勤で1コマだけ講義を担当している大学の教壇に立っていた。授業の準備をしている午前中は、まだ多くの人が(そして僕も)ヒラリーの勝利を前提にしていた。開票状況は既にトランプの勝利を証明しつつあったのだけど、人々はそれを認めたくなかったのだと思う。そして、講義を終えた頃には趨勢が決していた。
 講義が終わっても帰らない学生たちは僕に訪ねた。なぜ、ヒラリーはトランプに敗れたのか、と。僕は答えた。それは、グローバリゼーションへのアレルギー反応なのだ、と。この四半世紀でアメリカとベトナムの格差は圧倒的に縮まっているが、シリコンバレーの起業家とラストベルトの自動車工の格差は逆に広がっている。だから、ラストベルトの自動車工は「壁をつくれ」と反グローバリゼーションを掲げるナショナリストを、つまりトランプを支持したのだ、と。

 だけど僕は学生たちに一通り解説しながら、それだけでは足りないものを感じていた。
 グローバルな市場とローカルな国家の対立――この構造は、もう10年ほど前から世界中の経済学者や歴史学者によって繰り返し指摘されていることだ。だが、この2016年に人類が突きつけられたのは、このパワーバランスが想定されていたものとはいささか異なるかたちに、それも急激に変化しつつある現実だった。たとえば、ジャック・アタリはかつて現在の国家のコントロールを半ば超えつつあるグローバルな単一市場を「超帝国」と形容していた。そしてアタリの「超帝国」という言葉の選択は、むしろ市場の側の勝利を前提としたものだ。アタリは述べる。私たちがいま、不可避の支配力としてその存在を自覚し、抵抗しなければならないのはグローバルな資本主義市場が形成する皇帝も独裁者もいない(しかし、確実に存在し私たちの生を決定する)新しい「帝国」なのだ、と。しかし実際にこの日起こったのは、むしろこの新しい帝国の出現がその震源地で否定されたことではないか。
 あるいはなぜサンダースではなく、トランプなのかという問いを立ててみてもよい。もしヒラリーの敗北の原動力が、グローバリゼーションが再生産する国内格差だけに起因するのであれば、ヒラリーを制するのは民主党予備選挙で彼女と争い、よりラディカルな再分配を訴えていたバーニー・サンダースであるべきだったのではないか。

 僕たちがこの選挙の結果に、ドナルド・トランプの台頭に感じる不気味さは、背中のあたりがむず痒くなるような感覚は、もっと言ってしまえばある種の後ろめたさのようなものはどこから生まれるのか。むしろ僕が言葉にしなければならないのは、その不気味さについてではないか。そう感じていた。

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インターネットによって失った未来をインターネットによって取り戻す――
インターネットは世の中の「速度」を決定的に上げました。しかしその弊害がさまざまな場面で現出しています。世界の分断、排外主義の台頭、そしてポピュリズムによる民主主義の暴走は、「速すぎるインターネット」がもたらすそれの典型例です。インターネットによって本来辿り着くべきだった未来を取り戻すには今何が必要なのか、提言します。


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