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「恋人としての妹」の発見(後編) | 碇本学

ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。『みゆき』の結末で描かれた日常からの旅立ち。それは高橋留美子的なユートピアからの離脱を意味していました。心地よいラブコメの世界にあえて切断線を引こうとするあだちの志向は、次作『タッチ』へと引き継がれていきます。

ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本社会の青春
第11回 「恋人としての妹」の発見(後編)

あだち充版『うる星やつら』としての『みゆき』

あだち充を一躍、人気漫画家へと押し上げた大ヒット作『みゆき』は、連載開始から一年ほど『陽あたり良好!』と並行で連載され、その後は『タッチ』と同時連載される。『みゆき』で注目を浴びたあだち充は、『タッチ』でかつて放逐された週刊少年サンデーに、エースのような扱いで復帰することになった。
その煽りを受けたのが、少女コミックで連載していた『陽あたり良好!』だった。第一部の野球部編を終えた後、第二部のラブコメ主体の物語で人気作となっていたが、『タッチ』のために急遽、物語を畳む形となってしまった。

『陽あたり良好!』は高校二年の途中で最終回を迎え、主人公の勇作とヒロインのかすみ、ライバルの克彦の三角関係の結論は、先延ばしにされたまま終わっている。しかし最終回ではその代わりのように、勇作たちの同級生であり、同じ下宿で暮らす有山と美樹本が、もう一人のヒロインである関圭子を巡って殴り合いの喧嘩をするシーンが描かれた。
かすみに喧嘩を止めるように言われた勇作は、二人を止めに入ることなく、自分の気持ちをかすみに伝えるかのようにつぶやく。

「戦うべきだ」
「ほんとに好きでだれにも渡したくないのなら」

この台詞には、この先に訪れるであろう、かすみを巡る克彦との対決を見据えた決意が感じられる。しかし、物語はそのシーンを描くことなく終わっていき、週刊少年サンデーで『タッチ』の連載が始まることになる。

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                                    ▲『タッチ』

『タッチ』については次回以降取り上げるので詳しくは書かないが、国民的漫画としてあまりにも有名な作品である。多くの人が「野球」と「双子」というキーワードから本作を思い浮かべるはずだ。『タッチ』では双子の上杉達也と和也、幼なじみ浅倉南の三角関係を主軸に物語が展開されていく。
幼い頃に浅倉南が「甲子園に行きたい」といったことで、弟の和也は甲子園を目指すようになり、その一方で、兄の達也はそれを応援するボンクラな学生として過ごしている。しかし、南が好きなのは達也の方であった。南はなぜ和也ではなく達也のことが好きなのか、理由は明かされないが、和也の事故死によって物語は急展開し、そこから本当の意味で『タッチ』の物語が始まる。
『タッチ』の序盤では、だらだらとした日常が続き、主人公である上杉達也が何かに対して本気になったり、戦う意志を感じさせるシーンはほとんどない。この部分は『みゆき』に近い、というより初期の『タッチ』は同時連載中の『みゆき』の世界感に引っ張られていたという印象がある。

『みゆき』の主人公である若松真人も、ヒロインの若松みゆきやサブヒロインの鹿島みゆきに好かれる理由は、最後まで明かされない。終盤に物語を終結に向かわせるための恋敵として沢田優一が投入されるものの、それまでは真人が特に理由もなくひたすら可愛い女の子に好意を寄せられるだけのパラダイスが展開される。
この「訳もなくモテる主人公」は、同時期に週刊少年サンデーで連載されていた高橋留美子『うる星やつら』の主人公・諸星あたるを彷彿させる。
80年代初頭のラブコメブームを牽引した『みゆき』と『うる星やつら』の共通項はここにある。努力もしないで可愛い女の子にひたすらモテ続ける若松真人や諸星あたるの姿は、妄想を抱きがちな思春期の男子が憧れる究極の夢である。その強烈な魅力は時代を越えて受け継がれ、後の多くの作品に影響を与える、ある種のテンプレになっていった。

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