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島根県民ファンドのプロデュース|田辺孝二

NPO法人ZESDAによる、様々な分野のカタリスト(媒介者)たちが活躍する事例を元に、日本経済に新時代型のイノベーションを起こすための「プロデューサーシップ®」を提唱するシリーズ連載。第7回目は、田辺孝二さんです。
通産省(現:経産省)の中国経済産業局長として、2000年代初頭という早期から島根県に県内企業向けの県民ファンドを創設した田辺さん。一過性の成果でなく、地域にベンチャー文化とエコシステムを根付かせるための仕組みづくりを振り返ります。

プロデューサーシップのススメ
# 07 島根県民ファンドのプロデュース

 本連載では、イノベーションを引き起こす諸分野のカタリスト(媒介者)のタイプを、価値の流通経路のマネジメント手法に応じて、「inspire型」「introduce型」「produce型」の3類型に分けて解説しています。(詳しくは第1回「序論:プロデューサーシップを発揮するカタリストの3類型」をご参照ください。)

 今回はカタリストの第3類型、すなわち、イノベーターに「コネ」や「チエ」を注ぐ座組を整える「produce型カタリスト」の事例の第2弾として、田辺孝二氏をご紹介します。

 ベンチャーキャピタルは、普通、「カネ(資金)」を投資したベンチャー起業家に自らの「コネ(人脈等)」や「チエ(経験等)」も同時に投じていくことで成長を導くものです。成功しそうなものにカネだけ投じてあとは伸びるのを待つ、というわけでは決してありません。二人三脚なのです。今日では、日本でも首都圏を中心にこのような「普通」のベンチャーキャピタルが増えてきましたが、田辺プロデューサーはこれを2000年代に島根県で創設しました。

 しかし、この「島根県民ファンド」の評価に関して、集めた資金は1500万円足らず。投資した6社のうち、業績拡大したのは1社のみ。5社は業績が向上せず、うち2社は倒産といった結果を指して、あまりうまくいかなかったと見る向きがあるかもしれません。ですが、そうした理解はやや浅薄であると言わざるを得ないでしょう。というのも、実は、島根県民ファンドは、創設当初から、営利的な成功を必ずしも目的にしていませんでした。

 田辺プロデューサーは、ファンドの支援を得た起業家たちが失敗することを完全に前提にしており、むしろ失敗による経験と学びを得る機会を与えて、これからの地域経済を担う人材の育成を企図していました。また、個人貯蓄の多い地方の人々が地域経済の活性化を自分ごととして捉えるきっかけとなることも重視してファンドを設計しました。

 つまり、ファンドの組織やシステムだけではなく、失敗を肥やしにして挑戦を何度でも続けていく人材が多くの機会を得て躍動する地域、地域住民が補助金頼みではなく自腹を切って地元を盛り立てていく地域、すなわち、ベンチャー文化それ自体を創育するという、地方創生やイノベーション促進の真髄を突く事業だったのです。島根をシリコンバレー化しようとしたわけなのです。

 また、この事業は、田辺プロデューサーが中国経済産業局長時代に着想し、退職後に一個人の課外活動として実行したものでした。枢要な地位にあったからこそ得られたコネとチエを活用していることは、「コンサバをハックする」という点でも要注目です。もちろん、局長を経験すれば誰にでもできることでは決してありません。また、経済産業省が政策としてファンドを創設していたら、一個人発信の声がけによる草の根活動よりも、ベンチャー文化の創出効果はむしろ低かったかもしれません。
 ちなみに、コンサバのハック、ファンド創設といった手法の点で、知事との連携、コンテスト創設を行った前号の桐山登士樹プロデューサーと異同を比較するのも面白いと思います。
 本文最後に、田辺プロデューサーは反省点も率直に述べられています。島根の経済史に残る歴史的事業に関する極めて重要な回顧録から、今回もみなさんと一緒にプロデュースの要点を学んでいきたいと思います。(ZESDA)

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1.島根県民ファンドとは?

 田辺孝二と申します。今回は、私が取り組んだ、地域(島根県)のアントレプレナーと彼らを応援したい人たちを結びつけて、島根県の活性化を図った「島根県民ファンド」を紹介します。また、この「島根県民ファンド」のプロデュースの事例から、「応援者としての立場」に重点を置くプロデューサーの機能について考察します。

1.1 地域のためのベンチャーファンド

 島根県民ファンド(正式名称は島根県民ファンド投資事業組合1号)は、島根県内のベンチャー企業に投資することを目的に設置されたファンドです。本ファンドは筆者が提唱し、2004年3月に民法上の組合として設立され、2014年6月まで運営され、資金総額は1440万円でした。
 県民ファンドの目的は、「新ビジネスの創出や地域の課題解決等に資する事業にチャレンジする島根県内の企業に対し、投資という形で資金提供し、応援することによって、投資先企業の発展を推進すること」(島根県民ファンド投資事業組合契約書)であり、利益の確保を一義的な目的とするものでなく、地域でチャレンジする企業を応援するためのファンドであることを明確に打ち出しました。
 県民ファンドの運営を担う業務執行組合員は、当初、片岡勝氏(市民バンク)と筆者の2名が就任し、2008年1月から吉岡佳紀氏(元島根県職員)が加わり、3名となりました。ファンド運営の報酬はなく、ボランティアで務めました。投資先企業の決定は、業務執行組合員の合意で行いました。
 ファンドの出資者は、地元の産業界・大学・自治体の方々など島根県内を中心に、島根県出身で県外におられる方々、島根県とは縁のない筆者の知人なども含め、76名の個人と1グループ(県庁職員有志)です。県民ファンドへの出資は個人に限定し、一口10万円、5口までで募りました。1000万円を超えたところで県民ファンド設立の新聞発表をしたところ、県内外から出資の問い合わせがあり、最終的に144口になりました。
 ファンドの事務局業務は、ベンチャー企業投資の経験豊富な「ごうぎんキャピタル株式会社」(松江市)に委託し、ファンド運営のアドバイスとともに、投資先企業への出資業務、会計決算業務、組合員への連絡業務などをお願いしました。

1.2 島根県民ファンドの特徴

 島根県民ファンドは、ベンチャーファンドとして、投資先候補企業のビジネスの将来性や、経営者の能力等を評価して投資先を決定する点は、一般のベンチャーファンドと同じですが、地域の問題解決のためのコミュニティファンドとして、次のような特徴があります。

・島根県内のベンチャー企業のみを対象
 出資者は島根県内に限っていませんが、島根県内の企業に投資することを前提に資金を募った、地域限定のベンチャーファンドです。このため、島根県出身者であっても県外で設立する企業は対象としていません。また、ベンチャーファンドであるため、将来の発展が期待できる企業を対象とし、島根県内でビジネスを行う組織であっても、コミュニティビジネスを行うNPOや、事業の発展可能性が高くない企業は対象としていません。

・資金とともに信用と応援団を提供する
 ベンチャーが必要としているのは資金だけではなく、信用や顧客・経験・人脈などが欠けているのがベンチャーです。県民ファンドの投資を受けることによって、県内で脚光を浴びることができ、将来性のある企業だと評価され、信用力を高めることができます。また、200名を超える県民ファンド出資者が、顧客として投資先企業の製品を購入したり、アドバイスの提供や取引先の紹介を行ったりします。つまり、投資先企業に応援団を提供するのです(図1)。

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図1 島根県民ファンドの仕組み

・地域へのリターンを目指すファンド
 島根県民ファンドでは、出資者に対してリターンがあまり期待できず、儲かるファンドではないことを明確に伝えました。一方で、地域にはリターンがあることを訴えました。まず、ベンチャーを応援することは、地域経済の活性化の効果があること、また、投資先企業が失敗したとしても、地域の未来を担う人材の育成には役立ちますので、地域にはリターンがあるのです。ファンドは寄付ではなく、出資者が応援することによって、投資先企業が成長すれば、出資者にもリターンの可能性があり、応援団としての活動がリターンに結びつくことを伝えました。
 業務執行組合員の報酬はなく、ファンドの運営はボランティアベースで実施しました。一般のベンチャーファンドの場合、ファンド運営の報酬・費用で3割程度かかり、ベンチャー企業への投資のための資金は7~8割程度ですが、県民ファンドは95%以上を投資に使うことができました。

1.3 島根県民ファンドの投資先企業

 投資先企業の決定には、事業の将来性と経営者の資質を評価するとともに、地域経済の活性化に貢献する観点も考慮し、次の6社に投資しました。ファンド運営期間中に、業績を拡大したのは1社のみで、5社は業績が向上せず、うち2社が倒産する結果となりました。

・「サプロ島根(飯南町)」:山陰地域に自生するくま笹から抽出したエキスは、すぐれた抗菌作用や血液浄化作用などを有しており、くま笹エキスの抽出、同エキスを配合した笹塩製品等の製造・販売を行いましたが、くま笹収集のコスト増等から採算が悪化し倒産しました。

・「ティーエム21(松江市)」:山陰地域の総合情報ポータルサイト(山陰ホームページナビゲーター)の運営、独自開発のホームページ自動作成システムによる事業など、地域の各種情報サイト及びWebアプリケーションを構築運営し、着実に業績を拡大しました。

・「しまね有機ファーム(江津市)」:有機栽培の桑葉・大麦若葉等の有機農産物による原料・製品の製造、販売事業を行い、原料生産・加工・販売まで地域で一貫して行う「農業の6次産業化」の実践に取り組み、売り上げは拡大しましたが、収益面は改善しませんでした。

・「アルプロン製薬(斐川町)」:健康維持に役立つ機能性食品のβ-グルカンに関する島根大学との共同開発など、独自の技術によるパン酵母から高純度のβ-グルカンの製造・販売を行いましたが業績が低迷し、サプリメント事業に取り組みました。

・「アートクラフト設計(松江市)」:地域再生型福祉施設の設計、歴史的建造物のリニューアル設計、古民家の建材を活かした設計などに取り組みましたが、市場が拡大せず、倒産しました。

・「島崎電機(出雲市)」:洗剤なしで洗濯・除菌ができる洗浄水・除菌水生成装置を開発・製造し、老人ホームやクリーニング工場などに販売しており、顧客から高い評価を得ていますが、営業体制などの制約から、業績は改善しませんでした。

 投資先企業から、「県民ファンドからの投資により、地元からの応援や期待を感じる」、「就職説明会において、県民ファンドから投資を受けていると話したところ、学生の態度が違った」などの声が寄せられたりしました。

 ファンドは当初の予定通り、10年間で清算をし、保有の株式を出資先企業の経営者に買い取っていただき、出資者の方々に1口約9万円の返還をしました(これは、業務執行の3人が資金返還の受け取りを辞退したことなどによるものです。)。

2.島根県民ファンドのプロデュースの経緯

2.1 現代版「頼母子講」の発想

 島根県民ファンドの構想を筆者が得たのは、2001年7月に島根県松江市で開催された、地元企業の方々との交流会の意見交換がきっかけでした。中国経済産業局長として初めて島根県を訪問した機会に、地域の経済産業局の役割は3つのブリッジ、「地域と経済産業政策とのブリッジ」、「地域企業と必要とする経営資源とのブリッジ」、「地域の望ましい未来と現在とのブリッジ」という考えを伝え、政策として新事業を創出するために、産学官連携や大学発ベンチャーを推進していることを話したところ、ある経営者から「日本の地方の問題はベンチャーを応援するエンジェルがいないこと」との問題提起がありました。
 その会合の後に思いついたのが、日本の伝統の「頼母子講(たのもしこう)」、「無尽(むじん)」です。みんなでお金を持ちより、必要とする人に融通する仕組みです。つまり、一人で多額の資金をベンチャーに提供するエンジェルはいなくても、多くの方が小規模のお金を持ちよることでベンチャー支援ができるのではないか、と考えたのです。

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