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無駄な記憶を消す冒険|高佐一慈

今朝のメルマガは、お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんが日常で出会うふとしたおかしみを書き留めていく連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」。今回が最終回です。
身体の「老化」を嘆く高佐さん。年齢を重ねてから思う、「昔の思い出」との付き合い方について綴っていただきました。

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高佐さんの連載が本になりました!

高佐一慈(ザ・ギース)『乗るつもりのなかった高速道路に乗って』

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車は高速道路を爆走する。
インターで降りようにも、降りる恥ずかしさを考えると、このまま高速を進んでいった方がマシなように思う。
こうして僕は、周りの目を気にするがあまり、引くに引けなくなってしまうのだ──。


「こんなに笑えるエッセイは絶滅したと思っていました。自意識と想像力と狂気と気品。読んでいる間、幸せでした。」
ピース 又吉直樹さん、推薦!

誰にでも起こりうる日常の出来事から、誰ひとり気に留めないおかしみを拾い集める、ザ・ギース高佐一慈の初のエッセイ集が待望の刊行。

『かなしみの向こう側』で小説家としてもデビューしたキングオブコント決勝常連の実力派芸人が、コロナ禍の2年半で手に入れた言葉のハープで奏でる、冷静と妄想のあいだの27篇です(単行本のための書き下ろし2篇と、あとがきを収録)。

高佐一慈 誰にでもできる簡単なエッセイ
第30回 無駄な記憶を消す冒険

 久々にロールプレイングゲームをやった。『ファイナルファンタジーⅨ』。元々プレステのソフトだったが復刻版としてNintendo Switchで出ていて、急に思い立ち始めてしまった。20年以上前に発売されたゲームではあったが今でもとても楽しく、あっという間にクリア。剣でモンスターをバサバサ倒していく感覚も楽しい上、ストーリーのプレイ後感も良かったので、他の懐かしゲームにも手を出そうかなと思っている。

 話は変わるが、最近人の名前を思い出せなくなってきた。
 おじさんあるあるとして聞いてきてはいたが、ついに自分にも訪れたようだ。この事実を受け入れたくはなかったが、そんなこと言っても思い出せないものはしょうがない。「やあ、いらっしゃい。まあどうぞどうぞ」と、お茶の一つでも出しながら笑顔で迎え入れるしかない。
 そういえば、“焼肉屋に行ったらカルビよりもハラミの方が美味しく感じられるようになった”は2年前に迎え入れたし、“筋肉痛が遅れてやってくる”も5年前に迎え入れた。“いびきの音がうるさくなった”が僕のところに来たのは、もうかれこれ8年前にもなる。「ずいぶん来るのが早いじゃない。もうちょっと経ってから来てよー」と軽く愚痴りながらも渋々迎え入れてやったし、風呂にも入れてやった。
 こうやって僕は徐々におじさんの完全体へと移り変わっていくのだろう。

 しかし、このままおじさん要素を受け入れる一方でいいのだろうか。
 脂分の少ない肉の方が好きになったことや、運動した翌々日に体が痛くなること、睡眠中の発声ボリュームが大きくなったことは、僕の意志ではどうにもできないことなので受け入れるしかないが、こと記憶に関してはまだ抵抗の余地はあるんじゃないか。
 何かの記事で読んだが、ヒトの記憶容量は17.5TBほどあるらしい。1TBは1000GB。現代のスマホの容量が128GBとか256GBとかなので、とにかく相当な情報が頭に詰められる計算になる。
 スマホの処理速度が遅い時に、いらなくなった写真を削除したり、アプリをアンインストールすることで容量を整理する。すると元の速度に戻ったり、新たな情報を取り入れやすくなる。久々にスマホの記憶を遡ってみると不必要なものでいっぱいになっていることがよくある。
 この形で僕も記憶を整理することにした。たまにあるのだ。なんでこんなこと覚えてるんだろうという毒にも薬にもならない記憶が。そういう無駄な記憶が少しずつ蓄積され、容量をいっぱいにしているのだ。必要な記憶だけ残すように整理すれば、仕事先の大事な人の名前、いちいち財布からカードを出して確認する銀行の口座番号、面白かったことだけは覚えているけど何が面白かったのか忘れてしまった映画の内容などスルスルと思い出せるに違いない。

 僕は無駄な記憶を消す冒険に出かけることにした。
 背中に大剣を担ぎ、過去の記憶を自由に遡る。無駄な記憶に出くわしたら、剣を振りかざしズバッと情景ごと切り裂く。そうやって不必要な情報を消していくのだ。
 いたいた、早速見つけた。小学生の僕だ。水泳の時間が終わり、水道で目を洗っている。蛇口が二股に分かれ上向きになっているプールでしか見ない水道。右の蛇口、左の蛇口からピューと飛び出してくる水道水を指の腹で止めたり離したりしている。右を止めると左から出る水の勢いが強まる。逆もまた然り。
 これはあれだ。どうも両方から出ている水の高さが違うために、バランスを合わせようと左右を指で押さえながら調節しているところだ。なんでこんな記憶があるのだろう。無くて全然いいやつだ。
 目を洗っている僕の背後に近づき、剣でバッサリと斬りかかる。

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