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オリンピックの「負の遺産」から、東京をもう一度考える|重松健

2021年、招致から7年ほどの歳月をかけて予想外の展開を重ねた東京オリンピックがついにその幕を閉じました。
今回は、世界中で数々の建築やランドスケープデザインを手掛けてきたLaguarda.Low Architects 共同代表の重松健さんと一緒に、オリンピックという大きな祭りを終えた新国立競技場周辺を歩いてきました。「都心環状線はすべて公園に変えるべき」という大胆な「東京G-LINE」構想を提唱している重松さんの目に、この国のオリンピックレガシーはどう映ったのでしょうか。(聞き手:宇野常寛、構成:石堂実花)

オリンピックの「負の遺産」から、東京をもう一度考える|重松健

2021年8月某日、都内。建築家の重松健さんと評論家の宇野常寛が、オリンピックが閉幕した後の神宮外苑周辺をぐるりと一周歩いてまわってきました。NYに拠点を持ち、世界各国で建築・マスタープラン等を手掛けてきた重松さん。実際に国立競技場周辺の環境を見て、何を感じたのでしょうか。

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▲当日重松さんと一緒に歩いたルート。信濃駅から出発して国立競技場前を通り、渋谷方面へ抜けました。

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▲取材当日の新国立競技場付近。

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▲オリンピック・パラリンピック開催期間中は立ち入り禁止になった道路がいくつかありました。

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▲競技場脇を通る首都高4号新宿線

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▲首都高を撮影する重松さん。

オリンピックレガシーを有効的に活用するためには

──新国立競技場を見に行ったのは今日が初めてだったそうですが、いかがでしたか?

重松 建築としては美しいなと思いましたね。ただ、ホームスタジアムを作っても年間で10、20くらいしかホームゲームがないなかで「あと340日をどうするんだ」という課題はどの国のスタジアムでも抱えている問題です。オフィスを加えてみたり、商業施設を加えてみたり、欧州リーグ見放題な住宅を作って、それが付加価値になって売れたり、こういったいろんな前例があるなかで、新国立競技場はそういう総合的な感じにはならなかったので、今後どうなるのかな、という気はします。

──レガシー活用の目玉として入札を募集していましたが、入札者がいなくて入札が延期されたというニュースもありましたね。

重松 そうですよね。一括で企業に貸して「あそこを運営してください」というのは難しそうなので、たとえばあの施設全部を満員でフル活用しなくても、10分割ぐらいしていろんなイベントができるような仕様に変えてみるのはありだと思います。そしてその使い方を内側に閉じ込めずにどう周辺と連携した使い方ができる大事だと思います。

──誘致が決まった直後には、「都心に近いところに大箱を」というニーズに応えるかたちでしっかり運営できるような複合施設を期待されていた記憶がありますが、そうはならなかった。僕も「オルナタティブ・オリンピック・プロジェクト」をやったときに、このエリアのことが気になりました。都心のとてもいい場所にあるのに、特定の用事、具体的にはスポーツの大会を始めとするイベントに参加するためだけに行って、終わったらただ帰ってくるしかないエリアになってしまっている。食事するところも少なければショッピングするところも少ない。緑が気持ちがいい場所なのでランナーは多いんですが、逆に言うとランニングでもしない限りなかなか行かないようなエリアになってしまっているように思います。

重松 オリンピック誘致の委員会を務めていた猪瀬直樹さんとお話しさせていただいたときには、「オリンピックの一番の意義は、スポーツを浸透させて、みんながスポーツをやるようになることだ。そうすると健康寿命が延びて、医療費問題を解決する」とおっしゃっていました。ただ、結果的に今回のオリンピックは結局スポーツを競技場の中につめこんでしまって、街に浸透させることができなかったと思います。今のお話にあったように、ランニングコースと合わせて、その周りにもっといろんな目的を持たせるようなものを作っていく必要があったのかな、と。

 今はどんな開発でも、建物内のコンテンツだけで人を惹きつけるような魅力はもう作れません。となると、まず人が自然と集まるような魅力的な公共空間を作ることが大事であって、そこに対して境界線をなるべく曖昧にしながら商業や住宅、オフィスなどの民間開発を行うと、相乗効果で魅力的な環境とビジネスが成り立っていきます。
 たとえばこれは最近うちの会社が中国の深圳でやったプロジェクトです。ここは海浜公園も含めて僕らがマスタープランを描いて、そこにアートギャラリーと商業と住宅とオフィスを入れました。このように、公共空間と民間開発の境界線を完全になくしたらどうなるかを実験的にやってみました。

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 これはソフトオープニングのときの様子です。よくよく見ると、お店がまだ60%ぐらい内装工事中で開いていません。それでもこれだけの人たちを呼び寄せることができたのは、公共空間との魅力共創のひとつの可能性を証明できたと思っています。そこに戦略的にレストランやカフェ、目的性のあるものが出てくると、観光で来てる人もいれば、ランニングする人もいたり、ここの住宅のコミュニティの人が来たりと、色々な人が集まる場所になる。

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 一体的に海浜公園をここまで作りこむとかなりメンテナンス費がかかってくるので、この周辺施設であがってきた収益で、メンテナンス費をカバーするというビジネスモデルも含めてつくったプロジェクトです。これは、日本でも十分適用できるモデルだと思います。

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