過去への舟遊び
9月18日(月/祝)、精進湖まで出かけてボート遊びをやってきた。本当は盛夏の頃に行きたかったのだが、いろいろと事情があって今頃になってしまったのだ。
家を出たのが遅かったので、精進湖畔に到着したのはもう15時前。急いで貸しボート屋さんに駆け込むと、「今から?」と驚かれる。2時間ぐらいしかできないからね。でもまあ、釣れるコンディションなら2時間あれば1本くらいは上がる。それにボートを漕ぐだけでも気持ちが良いのだ。
1日やろうが、2時間だろうが、料金は2人乗りで2500円。昔と変わらない。30年前によくお世話になった貸しボート屋さんなのだ。
ただしその頃に言われなかったことを今回は言われた。「ライフジャケットはありますか?」と。2つ返事で、持ってきている、答える。30年くらい前に買ってあったのだが、実際に使うのは今回が初めてだ。出る前に埃をはらってきた。ライフジャケットは津波の緊急避難用に、階段のところにいつも吊るしてあるのだ。
貸しボート屋のおじさんは、30年も経って、すでにおじいちゃんの領域であるが、自分も人のことはいえない。バスを盛んに釣っていたのは30代前半の頃であった。
岸辺でボートを用意してくれたのは、もう少し若い人であったが、自分と同じくらいの年齢かもしれない。そこまで車で移動したわれわれは、荷台からタックル一式や飲み物、上着の入ったバッグなどをボートに積み込んだ。
乗り込むと貸しボート屋さんがボートを押し出してくれた。湖面には南から風が吹いている。入りたいポイントは対岸の溶岩帯だ。そこまで数百メートルはある。前回(といっても30年近く前だが)かみさんと乗ったときには、彼女はボートが怖かったらしく、ちょっと心配だったが、今回は大丈夫なようだ。ライフジャケットもちゃんと着込んでいるし。
ロッドはベイトロッド2本とスピニング1本、フライロッド1本。このうちフライロッドのラインを少々繰り出して、マドラーミノーのフライをハーリングする。
精進湖で盛んにバスが釣れていた1990年頃には、対岸に行くまでのあいだに1本か2本釣れてしまうというような状況だった。入れ食いに近いくらい釣れて、ワームなどを投げると毎回食ってくるという始末だった。サイズは25cmくらいとやや小ぶりだったのではあるけれど。
しかし今回はまったく反応がない。すでに9月の半ばであるから、水温も少し下がり、バスは表層にはいないのかもしれない。吹いている風もけっこう涼しいし。
15分くらい漕いだろうか、対岸の溶岩帯にようやく到達する。ここまでくると風裏になる。その昔、良い思いをしたワンドにボートを乗り入れる。ワンドの中は波もなく、油を流したような静かな湖面だ。
そのあたりでようやくフライに反応があったが、明らかにブルーギルというバイト。口が小さくて8番のフライがヒットしないのだ。そのあとで水中にブルーギルの姿を見ることができたが、皆小さいこと。これではエルクヘアカディスでも使わないと釣り上げるのは無理だ。
まあたぶんバイトはないだろうな、と思いつつベイトタックルを手にして、ペンシルベイトを投げてみるが、あまりの下手糞さに自分で驚く。考えてみればベイトリールを使ったのはもう7年前ぐらいが最後なのだ。
ロッドティップをちゃんと曲げられていないので、ルアーが意図したエリアよりずっと手前に落ちてしまうのだ。こりゃ、近所のため池ででも練習し直さないとダメだな、とゲンナリ。
それでも何回か投げるうちに幾分かはマシになったが、近くにアングラーがいたら恥ずかしくて投げるのを止めていただろうと思う。それくらいなまっているのだ。やれやれ。
ペンシルベイトを泳がせるのもうまくいかない。ロッドアクションのコツを忘れてしまっているのであった。情けなや。これもしばらく続けるうちに多少はマシになったが、どうにも釣れそうな雰囲気ではない。
そんなことをしているうちに、岸辺の木立ちのほうから小鳥の鳴き声が聞こえてきた。目をそちらのほうに向けると、小鳥の群れが梢を飛び交っている。スズメ大で、体色は白が目立つ。
鳴き声の聞き分けがうまいかみさんに言わせると、「シジュウカラだよ」とのこと。私はエナガかと思った。しまった。やはり双眼鏡もボートに持ち込めばよかったと思ったが、あとの祭り。水没させると哀しいので、車の中に置いてきたのだった。
なおも溶岩帯のあたりをゆっくりと流す。流しているフライに反応はない。30年前の夏には、ポッパーを投げると一発で食ってきたようなエリアだが、今は寂しい限りだ。
そのうちに時間も4時を回ったので、もとの岸の方角に戻ることにする。今度は追い風なので、さっきよりは楽だ。カヌー競技用のブイの上に並んでいたカワウが飛び立ったのを見て、かみさんが驚きの声を上げる。本物の鳥ではなく、モニュメントのようなものが並んでいると思っていたらしい。
7年ほど前に43cmくらいのバスをフライで釣ったことのある岸辺にも近づいてみるが、反応はなし。ブルーギルのライズすらない。
北岸には陸っぱりでルアーを投げているアングラーが数人いたので、じゃまにならないようにボートを沖目に回した。
そのうちにもう頃合いの時間になったので岸のほうを見れば、さきほどボートを押し出してくれた貸しボート屋さんの人が岸辺に近づいてくる。
まあ今日はこの辺りで切り上げようということで、岸に向かって漕ぐ。ボートを引き上げてもらって、舟遊びは終了と相成った。
道具を片付けながら話をすると、やはり「30年前はもっと釣れた」という話になった。本当に入れ食いに近いような面白い釣りができたのだ。最近ではときどき大物も釣れるとはいうものの、往時のようなことはないらしい。
「カワウがバスを食っているのかもしれない」とその人は言っていた。その可能性もなきしもあらずだろう。
どうも最近は、30年くらい前のことを思い出すことが多い。これも齢をとった証拠かもしれない。
道具を片付けたわれわれは本栖湖へ移動した。そこで少し鳥見をしようと思ったが、すでに時間も遅く、夕暮れが近づいていた。
帰り道の朝霧高原は上空に雲が出ていた。よくある気候なのだ。朝霧までは霧か雲で、山梨県側に入ると晴れている。特に夏はそういう場合が多い。
国道139号から、ふもとっぱらのキャンプ場がちらりと見えるところがある。きょうもそこでは、無数のランタンの光がまたたいていた。それは美しいアウトドアシーンというより、何かSF映画のワンシーンのように思えてならなかった。