雑木林の実相
雑木林のことを調べていて、いまさらながらに驚くことに相成った。武蔵野などの雑木林が要は人間の手によって植生化された二次林のようなものであって、もともとの植生ではないことを今頃になって知ったのである。
東京都の国立市や小金井市などで学生時分に目にした雑木林は、近代になるまでは広大な原生林が形成されていたものが、宅地化、市街地化によって次第に狭小化し、国立で言うなら、段丘の崖線(がいせん)沿いや、一橋大学などのキャンパス、住宅地の中に残った緑地などに収斂して残っているとばかり思い込んでいた。
そうではなかったのだ。
文献などによると、中世の関東地方は一面のススキの原であって、クヌギやコナラの雑木林は近世になってから人の手で植えられたものであるらしい。
近世に平地のススキの原が開墾されたとき、短冊形の開墾地の一番手前に街道に面した住居が、その次に田畑が、いちばん奥にクヌギやコナラなどの雑木林が植えられたという。
もちろん植林の目的は、燃料である薪を得ることと、落ち葉による肥料を得ることである。従って、雑木林は数十年に一度は伐採され、再びその切り株から次の世代が育つ。その繰り返しで木立ちが形成される。
近代になって、薪などの燃料が不要になったために、刈られることのなくなった林は高木化し、日陰を作って里山の生態系のバランスを崩すことが多くなった。
だから雑木林は定期的に切らなくてはならないそうだ。こんにち、雑木林のような緑地は郊外でも貴重なものであるから、20年ぐらいに一度、林の木を伐採しなくてはならないことになったとき、この事情を知らない人から反対されることがあって、その説明に関係者は苦労されるらしい。実際には、適宜更新されることによって、雑木林の生態系は保たれているのだ。
そんなことも知らずにこれまで雑木林のことを何度も書いてきたのがちと恥ずかしい。私は太古からの植生がクヌギやコナラの林であると思い込んでいた。静岡県の平地では、いわゆる雑木林があるのは三島以東である。
しかし、関東などはもともとの植生は静岡などと同じ照葉樹らしい。つまり、クスノキやタブノキなどの常緑広葉樹が自然植生であったのだ。
なんとなく自然の延長線上にあるのが「武蔵野の雑木林」だとばかり思っていたが、実際には昔の人々が管理してきた半自然林だったというわけである。
なにげない雑木林の風景の中にも、近世以降の時間が蓄積されていることをあらためて認識せざるを得なかった。自然を大規模に変えてゆくのは近代の専売特許のように人々は思い、私自身もそうであったが、実際には近代よりもはるかに機械力や土木力が少なかった近世の時代に、関東の雑木林は形成されたということになる。雑木林の中に入ってどこかほっとする気分がするのは、人の営みと植生との一種の調和の空気が残照のように残っているからかもしれない。
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