富士山一周鉄道構想
山梨県側の富士スバルラインにLRTを走らせて「富士山登山鉄道」を造ろうという構想があるが、これがだいぶ風当たりがきついらしい。構想の段階ですでに地元では反対運動が起きているようだ。
そうでなくても富士山はオーバーツーリズムになりかけているのに、首都圏から鉄道一本で五合目まで登れてしまうのは行き過ぎなんじゃないかという議論もあるだろう。
実はこの「富士山登山鉄道」の構想が取り沙汰させる前から自分にはちょっとしたアイディアがあって、机上の空論ではあるが、やるなら「富士山一周鉄道」はどうかということなのである。
富士山を登りたいというニーズと、富士山を眺めたいというニーズは実際には別物なのである。前者より後者のほうがずっと多いし、またリピートの可能性も高い。
とはいえ、エリアは土地利用に制限のある国立公園内であるし、「富士山登山鉄道」が既存の道路を利用して建設するという構想のもとに論じられているのと違って、「富士山一周鉄道」は新しく専用軌道を設けて線路を敷設しなければならないのであるからこの点の難易度は高い。
ただし、現実的な部分もあるにはある。富士山の周囲には、既存の鉄道路線がすでに通じている。まずは「富士山登山鉄道」の発想の根幹にもなっていると思われる、富士急行大月線の富士山駅(標高808m)である。これは富士山の北側に位置する。
東側には、JR御殿場線の御殿場駅(455m)がある。御殿場線は松田付近で小田急線との接続があり、かつては相互乗り入れの特急も走っていたから、首都圏へのアクセスは悪くない。
そして南南西側には身延線富士宮駅(119m)がある。身延線はJR東海道線と富士駅で接続しており、富士駅は新幹線新富士駅とも近い。
富士山駅、御殿場駅、富士宮駅は、いずれもそれぞれに対応する富士山登山道の起点でもあるが、これまでのところ、相互の連絡はほとんど図られてはいない。これはひとつの盲点でもある。
この3駅を結ぶ「富士山一周鉄道」が実現すれば、地域の観光需要が一気に高まるほか、山梨県と静岡県、そして神奈川県や首都圏などとの交流人口が増大することが期待されるのである。
それに、詳しく調べたわけではないが、「一周鉄道」というような観光鉄道のコンセプトはほかではほとんど見当たらないであろう。どこから見ても富士山は絵になるし、しかしまた見る場所によって印象も異なる。
朝霧高原では高大な牧草地の向こうに富士山が見えるし、富士五湖地方ではそれぞれの湖によってまた富士山の印象が異なる。青木ヶ原樹海の神秘的な原生林を従えた富士山も見られる。富士吉田では街全体が富士山に向かっているような印象があり、御殿場や須走では、富士山の雄大な裾野を実感できる風景がある。
「富士山一周鉄道」周辺の観光地および観光資源は枚挙に営みがない。試しにごく代表的なものを、富士急行線の「富士山駅」から右回りで列挙してみる。
●富士吉田市街=富士講の伝統や吉田うどん、昭和の街並みで有名。
●富士浅間神社=荘厳な雰囲気の参道や8月の火祭りで知られる。
●忍野八海=神秘的な湧水。深い池の中にニジマスが遊弋する。
●山中湖のハリモミ純林=付近には「花の都」公園がある。
●山中湖=富士五湖の中でもっとも標高が高く、瀟洒な別荘地がある。
●須走=須走口登山道の入口。須走浅間神社が鎮座。
●御殿場=御殿場口登山道の入口。
●東富士演習場=広大な荒野が昔日の富士の裾野の様子を伝える。
●十里木=愛鷹山麓と富士の麓に広がる避暑地。富士サファリパークなど。
●元村山浅間神社=富士宮市街の北東方向に鎮座する。
●富士山本宮浅間神社=湧水で知られた湧玉池に隣接。
●芝川=富士の湧水を集めた流れ。周辺の風景も知られざるスポット。
●白糸の滝=富士山の伏流水が流れ出る滝。
●田貫湖=湖面に映る富士山やダイヤモンド富士で著名。
●朝霧高原=広大な牧草地を手前に富士山が眺められるエリア。
●本栖湖=五湖のうちもっとも深く、静謐な雰囲気。
●精進湖=子抱き富士で有名。小さな湖。
●青木ヶ原樹海=磁性溶岩の上に原生林が広がっている。
●西湖=クニマスの生息地。キャンプサイトとしても有名。
●河口湖=五湖のうちもっとも開けている。
てな具合である。ほかにもまだまだあるが、いちいち列挙するのは難しいのでこれくらいにしておいた。
さて、富士山の周りを一周するような鉄道が果たして可能かどうかは別として、より現実的な線を考えるなら、鉄道規格のことも考慮せねばなるまいて。接続が考えられる富士急行線、御殿場線、身延線はいずれも狭軌(1067mm)の軌間だが、この規格の鉄道を通すのにはコストもさることながら、環境への影響、特に心理的影響が大きいと思われる。
そこで、「富士山一周鉄道」は、ナローゲージ(762mm)でいいのではないかと思われる。いわゆる森林鉄道やトロッコ列車などで使われるゲージであり、車両の規格も小さくなるので、コストも下がる。路線はもちろん単線で良い。保守のコストも下がるし、ノスタルジックな雰囲気には鉄道ファンもご満悦だろう。駅舎や付帯設備建設のコストも小さくなろう。
観光列車なのだから、速度も出す必要はない。平均25~30kmもあれば十分だろう。この点でもナローゲージが適格だ。トロッコ列車などの特別編成の列車も運用しやすいと思われる。
基幹となる既存の3駅、富士山駅、御殿場駅、富士宮駅の標高差は700m
ほどあるが、それぞれ距離が離れているので、鉄道技術的には特別困難な斜度が存在するわけではない。少なくともLRTを標高2500mあまりまで登らせるよりは、ずっと容易なはずである。
課題は一部市街地に近いところも通るために、用地買収の困難さも予想される。しかしながら、これが実現すれば、世界的に類を見ない観光鉄道になることは確かであろう。静岡県内には、事実上、もっと運行条件や観光資源に乏しいと思われる大井川鐵道があり、これが存続していることを考えれば、「富士山一周鉄道」構想もあながち机上の空論だけではないように思われる。
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