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蟲戰【第三話】

章一郎が地球に帰ってきた。宇宙船に乗って、大気圏を潜り抜け、はるばる興亜ノ日帝国こうあのにっていこくにまで到達した。
「お待たせ。」
「待ってたわ。」
辺りには紋白蝶の飛翔が散らばり、花畑のように美しくなっていた。しかし、どういうわけか、不穏な気配が漂っていた。
「ああ、育ててくれたんだね。きっとそうすると信じていたよ。」
「ありがとう。」
章一郎の形相は、そこで急に変じた。
「ダガ、キサマヤクソクヲヤブッタナ。コノ虫タチハ寄生蜂ニ寄生サレタ痕跡ガアル。無事羽化シテイテモ羽の発育ノ度合いデソレガワカル。寄生蜂ニ感染サセタナ!!!」見るも恐ろしい、呪われた顔面を曝け出したのである。
「え? 章一郎さん、どうしてしまったの? おかしいわ。何か変よ。」
「虫殺シノ呪イヲ甘く見るナヨ。お前ハサテハ虫医者の力ヲ借りたナ。虫医者コソ我々ガモットモ呪ウ存在。虫医者ノ力を借リタ貴様モ殺ス!」
そう叫ぶと、章一郎は変化し、モジャモジャの呪われたおどろおどろしい容態になり、襲いかかってきた。
(聞いたことがある。敵対勢力「虫殺しむしごろし」! 虫医者の治療を受けた人間を組織的に狙っている、虫を殺すことを是とする虫医者の敵対勢力。まさか、興亜ノ日帝国こうあのにっていこくにまでその影響力が拡大していたなんて! どうすれば?! 助けて!)
その瞬間、メリメの持っていた勾玉が輝いた。そして、紋白蝶の槍に、紋白蝶が止まり、辺りの蝶たちが力を合わせて舞を舞った。
「どうやら目覚めさせたようだね。むしの力を。」霧祓は姿を見せて語った。
「蟲の力?」
「人間の体液と適応して、蟲の力を目覚めさせたとき、虫は蟲に転ずるんだ。これこそ、超科学に満ちた蟲の真の力を発揮するときなんだ。」
メリメは、紋白蝶を甲冑を武装し、槍術でもって、闘争を開始していた。
深淵の夜の奥底から、闇を呼び寄せ身に纏い、夜蛾の羽搏きと共に死を遠来させた。それらが衝突したとき、章一郎の呪いは解かれ、魂を虫殺しから解放していた。
(今のは……。)
「昆虫奥義、月紋つくもんの刃だ!」霧祓が言った。
章一郎は我に帰り、「ありがとう、助かった。ごめんよ!」と、咽び泣いた。
それをメリメは抱きしめ、愛でもって包み込んだ。

紋白蝶たちは、それを祝福するかのように、辺りを舞っていた。まるで月面世界の花畑のようだった。
月より芽生えし恋は、こうして静かに成就したのである。これこそが、紋白蝶の、恋なのだった。


執筆にあたり参考にした論文
寄生蜂アオムシコマユバチ(ハチ目:コマユバチ科)の異なる成長段階に対して投与されたベンズイミダゾール系殺菌剤ベノミルの毒性

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjaez/64/1/64_JF19025/_pdf

この論文が、完全に寄生蜂に対する紋白蝶側の治療法になっているので、それを参考にした。


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