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その雑音は、誰の音? ~隣人の存在感を許せるか~

防音室が売れているらしい。

マンションなど集合住宅の自宅で、ギターなど楽器を演奏したい人たちが、ご近所とのトラブルを懸念し「音始末」のために買っていくそうだ。最近は、アコースティックギター(電気アンプで音を増幅しないタイプ)の演奏も、気を使って防音室で練習したいというニーズがあるらしい。

そういえば、僕は中学時代にエレキギターやドラムセットを買いはじめ、夜な夜な練習に明け暮れていた。実家はど田舎の山の中で、お隣さんとも田んぼや畑をはさみ、四方とも数十メートルは離れていた。だけど一応、ドラムを叩くのは21時くらいまでにして、そこからはギター演奏の時間にしていた。

実家に地下室なんかがあるわけじゃないので、なんの防音対策もしていないただの和室にドラムセットを設置して(下の写真)、ほぼ毎晩、爆音で演奏していた(過去に、その様子が動画サイトで話題になったこともあった)。あたりまえだけど、打楽器はとんでもなく(!)うるさい。自分のことしか見えていない思春期真っ只中の僕でも、さすがに多少は、ご近所の人たちの反応が気になった。

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お隣のご婦人は美容院を経営していて、中学生まではそこに通っていた。ドラムを叩き始めた頃、髪を切ってもらいにいくと、「ねぇ、最近家でドラム叩いてるよね?弟のほう?」と聞かれた。ドキッとして、「すいません、僕です。うるさいですかね?」と返すと、「いや、別にそんなことはないよ。だいたい9時には終わるし。誰がやってるんか気になったんや」と言って、その話はそれきりだった。

僕はこの、「誰がやってるか」というのが、すごく重要なんだと思っている。田舎では、やたらとマフラー音のうるさい車を走らせていても、誰が運転してるのかが分かっていれば、「あ、あそこのあんちゃん仕事から帰ってきたんやな」程度にしかならない。でもそれが、見たことのない車種やナンバーだったりすると「うるさいのが走ってんなぁ、迷惑な車や、なんか不安やわ」となる。

もちろん、我慢できる雑音・騒音には限界があるけど、「どこどこの誰々が何をやっている音なのか」がちゃんと分かっていれば、ある程度は心理的に許容できるんじゃないだろうか。本当に迷惑で困る場合には、本人に言えばいいわけだし、限度は見えている。

僕は出張先でホテルに泊まることが多いけれども、夜中に、隣や上の部屋からちょっとした物音が聞こえてくるだけで、やたらと不安になる。その音の大きさに耐えられない、ということではない。ホテルでは他の部屋にどんな人が泊まっていて何をしているのなんか、さっぱり想像がつかない。その「分からなさ」からくる存在感の不気味さが、ちょっとした物音を不安にさせる。歌声でもかすかに聞こえてこようもんなら、たまったもんじゃない。実家で隣の部屋から聞こえてきた妹の歌声はちっとも気にならなかったのに。

都会の集合住宅で、ご近所付き合いを頑張ってちゃんと仲良しする必要なんてないとは思う。だけど、ちょっと手間はかかっても、挨拶や自己紹介くらいしておいて、誰がどんな生活をしているのかを少し知っておくだけで、お互いの雑音や存在感がさほど気にはならなくなったり、許せるようにもなるんじゃないだろうか。僕たち人間は、全く音をたてずに生活・存在することなんてできない。悪気がなくても、迷惑をかける。もう少し、許し許される知恵も必要だと思う。もちろん、限度はあるが。

許すとか許されるとかそんなもの煩わしい、わざわざ顔を合わせて言葉を交わしたりしたくない、って人も多いだろう。人間が人間くさいお付き合いを上手に維持するにはコストがかかる。そんな場合には、やっぱり自宅に防音室でも買って、とことん閉じこもり徹底的に存在感を消して生きるのが楽なのかもしれない。

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