同意の下で行われるパイプカットは「性暴力」か「夫婦の選択」か
新年早々、あまりに香ばしいエッセイ漫画が炎上し続けている。
詳しくは本編を読んでほしいがざっくり概要を説明すると
・45歳の妻が33歳の夫にパイプカットを要求
・理由は「セックスはしたいが妊娠するのが不安だから」
・妻側は精神疾患(双極性障害等)あり
・妻は夫にパイプカットを決意させるため家に知人を呼び複数がかりで説得
・「精官の再結合もできる」など誤情報を発信
・(なお実際の精官再結合の成功率は5割程度で費用は高額)
という最早ほのぼの夫婦エッセイの皮を被ったホラー漫画としか言いようのない内容である。
本作には無数のツッコミどころがあるのだが、最大のポイントは夫がパイプカットすることになんの合理性もない点だろう。
誰もが知っている通り40歳を超えた女性の自然妊娠はきわめて難しい。45歳という年齢ならコンドームなどの一般的な避妊手段でも自然妊娠はほとんど発生しない。
もちろんそれでも望まぬ妊娠が不安という人も中にはいるだろうが、それにしたところでミレーナや卵管結紮など女性側で完結する確度の高い避妊手段はいくらでもある。特にミレーナは費用も安く施術も簡易で可逆性もあり避妊手段として人気が高い。
つまり「望まぬ妊娠が不安だから」という理由で生殖能力のある33歳の夫に不妊手術を求めるという意思決定はあまりに不合理かつ理不尽なのだ。
言うまでもなくパイプカット(精管結紮)は永続的かつ半不可逆な不妊手術であり被術者に大きなデメリットがある。母体保護法によって子供のいない当事者への施術が原則禁止されているほどに侵襲性の高い施術だ。本件の場合、母体保護法を厳密に適応すると非合法である可能性すら指摘されている。
そうした極めて危険かつ不利益が大きい施術をなんの合理的な理由もなく夫に求め、夫側もそれを唯々諾々と受け容れてしまう。この不気味で常軌を逸した夫婦の関係性こそが本作がここまで「炎上」している最大の理由だろう。
多くの人が「いやそれ望まぬ妊娠が不安なんじゃなくて夫が他所の女と子供作らないよう性機能を奪いたいだけじゃね?」と推測していたが、筆者もそんなところではないかと正直感じている。45歳の妻が33歳の夫(子持ち願望アリ)にパイプカットを求める動機はそれくらいしか合理的な説明のしようがない。本作はポップでかわいらしい絵柄の作品だが、作中全体から妻側の歪んだ支配欲が匂っており、それが戦慄を伴う読後感に繋がっている。
本作は「合理的な理由のない性器切除」のエピソードを描いた作品だが、言うまでもなく現在において主流の人権感覚からは治療を目的としない性器切除は最も悪質な性暴力のひとつであり明白な人権侵害とされている。
たとえば今もなおアフリカ諸国には女性器切除(FGM)という風習が残っている。これは女性器の一部(陰核や小陰唇や大陰唇など)を文化的理由から傷つける行為で、多くの地域では嫁入り前の成人儀礼として行われている。しかし現在は女性に対する人権侵害の極みと見做され、国連をはじめ各種国際機関が廃絶に躍起になっている。
興味深いのが、アフリカにおける女性器切除の風習が主に現地の女性コミュニティによって主導され同意のもと行われているという事実だ。
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