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「大麻に救われた」と語る若者たち

筆者は元々メンタルヘルス領域の困窮者支援に関わってきた人間なので、いわゆる薬物依存症の方々ともそれなりに交流を持ったことがある。

といっても覚せい剤やヘロインといったハードな違法薬物に依存している当事者は現代日本の若年層だとそれほど多くはない。圧倒的に多いのはまずアルコール(酒)であり、次にベンゾジアゼピン系の精神科処方薬、その次がブロンなどの薬局で買える市販薬…といった割合ではないだろうか。アルコール・処方薬・市販薬は併用されることも多いのではっきりとした切り分けはできないのだが、現代日本におけるゲートウェイ・ドラッグはまずここら辺のストゼロベンゾ処方薬ブロン市販薬であろうと当事者らの様子を見ていると強く感じる。

そんな数ある薬物の中で、かなり特殊な立ち位置のものがある。

それが大麻である。

まずそもそも筆者は「大麻依存症で困っている」という当事者に人生で一度もお目にかかったことがない。アルコールや精神科処方薬や市販薬ではライフスタイルとしてそれらの薬物を愛していると公言する当事者でさえ薬物に起因する依存症や身体疾患に多かれ少なかれ困窮しているという印象を受けるのだが、大麻ユーザーたちにはそれがないのだ。

当事者の側に「大麻のせいで苦しんでいる」という自覚がないので、メンタルヘルス領域の当事者運動や支援の文脈の中に大麻依存症者というのはほとんどまったく出てこない。

それでは大麻ユーザーがメンタルヘルス領域とまったく無縁な存在なのかというとそれもまた違う。大麻や依存症という文脈以外で知り合った当事者が、実は大麻ユーザーであったというパターンが相当数あるのだ。そして、そうした当事者の多くが口をそろえて言うのが表題の「大麻に救われた」という言葉なのである。ほんとうに、信じがたいほどに、大麻を悪く言う大麻ユーザーというのはきわめて少数なのだ。

こんな話を聞かされると、大麻ユーザーならぬ多く読者のみなさまはちょっとした薄気味悪さを感じるのではないだろうか。正直なところ長年筆者もそのように感じていた。大麻ユーザーたちの大麻に対する異常なまでの偏愛、大麻を違法薬物として扱う世間に対する強い敵愾心、そして「大麻同好家」たちの外部からは理解し難い奇妙な仲間意識と連帯感。大麻ユーザー以外からするとその様子はカルト宗教のような雰囲気すら感じさせるものだ。

日本において大麻合法化の議論は圧倒的に反対派が多いと言われるが、一般の人々から見た大麻愛好家の「薄気味悪さ」はその一因となっているように思う。ネット論壇においても大麻合法化は左右を問わず人気の低いイシューである。「大麻愛好家は薄気味悪い」「大麻愛好家はバカしかいない」Twitterやnoteなどのテキストメディアでは、そんな声が溢れているように感じる。

しかし筆者はどうしても気になるのだ。

なぜ彼らは「大麻に救われた」と真顔で公言するのだろうか。

アルコールに、ベンゾに、ブロンに、覚せい剤に、コカインに、「救われた」と主張する当事者は皆無に等しい。もちろん中にはウマル・ハイヤームなどを持ち出してペシミスティックな酩酊至上論を唱える者がいないではないが、大麻愛好家の「救われた」という言葉はそうした酩酊至上主義に起因するものには見えない。彼らが語るのは「大麻のおかげで苦しみが和らいだ。大麻のおかげでなんとか人生を歩めるようになった」という切実な回復の実感なのである。

なぜ数ある違法薬物の中で、大麻だけがこのような特殊な様相を呈しているのだろうか。本稿は大麻ユーザーならぬ筆者による「大麻」という謎に満ちたカルチャー対する一考察である。


若者の間で急速に広まる大麻

「大麻乱用が広がっています!」的な啓発ポスターを役所や駅などで見たことがある読者は多いと思う。実際、数ある違法薬物の中で大麻の検挙者数はダントツで伸び続けており、2014年から2023年までのたった9年間で大麻による検挙者数は3倍以上にまで急増している。

引用:厚生労働省「薬物事犯検挙人数の推移」

覚せい剤など他の薬物による検挙者が減少の一途を辿っている中、大麻のみが急速に検挙者を増やしていることは注目に値する。多くの統計が日本全体の継続的な治安向上を示している中、大麻だけはまるで特異点のように検挙者数を増やし続けているのだ。

だからこそ、近年警察や厚生省は違法薬物の中で特に大麻の取り締まりに注力しているのだろう。昨2023年には大麻の「所持」だけでなく「使用」までを禁ずる改正大麻取締法が参院で可決され、今年2024年の12月12日から施行されることが予定されている。このように立法府までも巻き込んで、大麻"乱用"を取り締まるべしという声は日に日に高まっている。

なぜ大麻の取り締まりがここまで急務とされているのだろう。

前述のように検挙者数の急増(≒利用者の急増)というのがまずひとつの大きな理由だが、もうひとつ見逃せない理由に大麻事犯の検挙者が若年層に集中しているという事情がある。

厚生省の調査によれば、2022年度に大麻で検挙された5260名のうち、7割近い66.7%におよぶ3511人が20代以下の若者だった。さらに驚くべきことに検挙者の17%が未成年者であり、中高生を含む子供や若年層に大麻が「若者文化」として爆発的に広まっている現状があるのだ。特に未成年者の検挙者はここ8年で67人(2014年)から899人(2022年)へと10倍以上に爆増している。

引用:厚生労働省「大麻を巡る現状」

この事実は政府や警察や厚生省にとっては恐怖でしかないだろう。

大人しく従順で脱法的な行為を嫌い、「社会的な正しさ」を強く尊重するというのがZ世代の若者たちに対する一般的な評価である。

にも関わらず、彼らは大麻となると目の色を変え、「社会的な正しさ」を踏みにじり脱法的な行為も厭わなくなってしまう。法律を制定し取り締まる側の「大人」たちからすれば、大麻の持つ強力な依存作用によって子供や若者たちが洗脳されてしまったような印象を抱くかもしれない。

そして「大麻は強い有害性を持つ危険な薬物である」という前提に立つなら、若い世代の大麻ユーザーはこれから先の人生の長い期間(ともすると一生涯)を大麻依存症者として生きていくことが予想される。これは公衆衛生に対する大きな脅威と言わざるを得ない。こうした危機感から大麻に対する啓発活動が重点化され、取り締まりが強化され、大麻事犯が厳罰化されるという現代日本の現状があるのだろう。

もちろん繰り返しになるが、以上の論理は「大麻は強い有害性を持つ危険な薬物である」という前提に立つならば、という話である。

それでは実際に、薬物依存を専門とする依存症専門の精神科医たちは大麻に対しどのような視線を注いでいるのだろうか。


依存症専門医から見た大麻

大麻に対する取り締まりが強化されつつある世間の風潮から鑑みると信じられないかもしれないが、薬物依存症を専門とする精神科医たちの大麻に対する見解は政府や厚生省のそれとはかなり異なっている。

現代日本においてその領域の第一人者と見做されている松本俊彦の著述が極めてわかりやすいので長くなるが引用しよう。はじめに断っておくが松本俊彦氏は国立精神・神経医療研究センター病院における薬物依存症センターの責任者であり、amazonで「依存症」というキーワードで検索すれば最上位にいくつもの著作が出てくるほどの依存症領域における権威とされている人物だ。

私は薬物依存症を専門とする精神科医です。精神科医31年目、薬物依存症臨床にかかわってから27年目になります。まちがいなく医者のなかでは、最も多くの大麻使用患者さんと会ってきた者の1人です。しかし、それにもかかわらず、大麻の有害性について、ずっとモヤモヤした気持ちを抱いてきました。安全か否かではなく、酒やたばこと比べてどうなのか、です。

理由は簡単です。外来で出会う大麻患者さんたちが、他の薬物──覚せい剤はもちろん、処方薬や市販薬も──の患者さんとは異なり、普通の方ばかりだったからです。多くは20年以上、それこそタバコ感覚で毎日大麻を使用してきたにもかかわらず、少なくとも逮捕されるまでは仕事は順調、家庭も円満で、大麻使用に起因する弊害といえば、その薬理学的影響ではなく「逮捕」という社会的制度だったわけです。

私は不満でした。知覚変容や幻覚・妄想、はたまた無動機症候群といった、教科書に記載されている症状が見当たらないのは変だ。たとえこうした症状が顕在化していなくとも、脳にはそれなりのダメージがあるはずだ……。諦めの悪い私は、何とか大麻使用による脳障害を炙り出そうと、頭磁気共鳴画像検査や脳波検査、各種心理検査と、あれこそ検査を試みましたが、結局、苦々しい敗北感に打ちひしがられたものでした。稀には、頑固な精神病症状を呈する大麻使用患者に遭遇することもありましたが、よくよく話を聞いてみると、大麻使用以前から精神障害に罹患している方ばかりでした。

引用:松本俊彦監修「大麻の新常識」P4

この「大麻患者さんたちが普通の方ばかりだった」という松本俊彦氏の感じた違和感はよくわかる。上述のように、筆者が大麻という薬物の世評に対して最も大きな違和感を抱いたのもそれが原因だからだ。他の薬物依存症者と比べ、大麻ユーザーからは「大麻を利用したせいで心身に悪影響が出ている」という印象をまったく受けないのである。むしろ後述するように、大麻を適度に利用することで心身の痛みを抑え社会適応に成功していると感じるケースの方が多いのではないかとすら感じたほどだ。

こうした考えは、松本だけでなく多くの依存症専門医が共通して持つ見解であるようだ。「ダメ・ゼッタイ」式に大麻の有害性を語る論者に依存症を専門とする精神科医や生化学系の研究者はあまり多くない。ほとんどが教育者や官僚や社会活動家などの医学的・生物学的なバックボーンを持たない人々である。

こうした状況を概観すると、「大麻は強い有害性を持つ危険な薬物である」という前提はかなり疑わしいと感じる。規制側よりも反規制側の方が明らかに理知的かつエビデンスに基いた議論を行っており、依存症を含む精神疾患全般に関して正確な知識を持っていると感じざるを得ないのだ。

とはいえ、大麻ユーザーならぬ多くの読者はそれでも違和感を拭えないのではないだろうか。当然だろう。なぜなら一般の人々が大麻ユーザーに好感を抱けないのは、大麻が危険だからではなく彼らが犯罪者だからである。

「大麻は安全というエビデンスがあります」などと言われても、真面目に法を守り社会に順応している多くの一般市民からすれば違法薬物を使用している時点で自分たちとは異質な犯罪者でしかない。目視で安全そうだからと言って赤信号を無視して良いわけでないのと同じある。

特に大麻ユーザーは違法薬物のもたらす快楽のために法を破っているとされている。その1点だけでも「大麻に理解を!」という声が多くの一般市民から理解されることは難しい。自分勝手な欲望のため法を破る行為は、あらゆる犯罪の中でも最も下等とされているあり方だ。思想の左右を問わない大麻ユーザーに対する幅広い反感は、大麻事犯がこのような理路で「身勝手な犯行」とされているがゆえのものであろうと筆者は感じている。

しかし、である。

本当に大麻ユーザーたちは「薬物のもたらす快楽」のために法を破っているのだろうか。先に述べたように、日本における大麻ユーザーの中心層は20代以下のZ世代の若者である。よく知られているようにこの世代の若者は旅行やパーティーなどの外向的なイベントをそれほど好まず、個人的で内向的な消費傾向を持つことが多くの調査からも裏付けられている。

そんなZ世代の若者たちが、雪崩を打ったように薬理的快楽を求め法律を破っているという認識は果たして正しいのだろうか。

否、というのが筆者の観測である。

結論から言えば、彼らは楽しむために大麻を使用しているのではなく、回復するために大麻を使用しているのだ。


「大麻に救われた」と語る若者たち

「Z世代の特徴とは何か」と問われれば、あなたなら何を挙げるだろうか。デジタルネイティブ、価値観重視、推し消費、内向的で個人主義者…等々、様々な特徴が挙げられると思う。もちろんそれらは間違っていない。

しかし筆者からすると、Z世代の若者たちの最も顕著な特徴はそのあまりにも高い若年自殺率である。ほとんど知られていないが2010年から2022年にかけての12年間で日本における児童の自殺件数は2倍近くにまで急増しており、特に中高生の自殺が異常なほどの勢いで

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週に1-2回程度更新。主な執筆ジャンルはジェンダー、メンタルヘルス、異常者の生態、婚活、恋愛、オタクなど。

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