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【30 Fiction Challenge(3)】しいたけ

「タケちゃん、晩ご飯できたわよー。」
「うーん!いまいくー!」

 居間に駆けつけたタケオくんの前には、ほかほかの白いご飯、味の染み込んだ沢庵、そしていろいろな具材の詰まった煮物が卓袱台に並べられていました。

「わーい!いただきまーす!」
「はい、召し上がれ。」
「あ、お肉の煮物だ!やったー!」
「タケちゃん、鶏肉好きだったもんねぇ。たくさん入れておいたよ。」
「お母さんありがとう!あ、でも、人参もちゃんと食べれるよ!」
「タケちゃんは偉いねぇ。好き嫌いせずにしっかりお食べ。」
「うん!あっ・・・、もしかしてこれ、椎茸・・・?」
「そうよ、タケちゃんは偉いからちゃんと食べられるよね。」
「う、うん・・・・。」

 タケオくんは椎茸を避けながら他のおかずを口に運んでいきます。ご飯を食べて、沢庵を食べて。鶏肉を食べて人参を食べて。そしてまたご飯を食べる。2、3口しかない椎茸もおかずが少なくなるにつれ、なんだかちょっとずつ増えていってる気がしてきます。でも、タケオくんは大嫌いな椎茸を食べる勇気がありません。箸を持つタケオくんの右手の動きはだんだんと鈍くなってきました。

ジリリリリ!ジリリリリ・・・・!

「あら。お母さんちょっと電話出てくるから、ちゃんと食べちゃいなさいね。」
「うん、わかったよ、お母さん。」

 隣の部屋に出ていくお母さんを見届けたタケオくんは、残ったおかずをゆっくりと口に運び続けました。ご飯を食べて、沢庵を食べて。鶏肉を食べて人参を食べて。そしてまたご飯を食べる。残ったのはとうとう椎茸だけになりました。
 タケオくんの右手は完全に止まってしまいました。隣の部屋から聞こえるお母さんの話し声がなんだか先程よりも大きく聞こえる気がしてきます。しばらく椎茸と見つめ、隣の部屋をチラリと見てから、とうとうタケオくんの左手が動き出しました。その手は椎茸の乗ったお皿を掴むと、タケオくんは座っていた座布団の下に椎茸を隠してしまったのです。卓袱台の上の夕飯は一瞬にしてキレイサッパリなくなりましたが、タケオくんはしばらく席を立つことができませんでした。

ガチャンッチン!

隣からで受話器を置く音が聞こえました。

「隣のおばちゃんからだったわ、明日、柿をおそそわけしてくれるって。」
「そうなんだ・・・。」
「あら、全部食べたのね。偉いわねー。ごちそうさましたらゆっくりお風呂に入ってらっしゃい。」
「うん・・・ごちそうさま。」

そのあとタケオくんはお風呂に入りお布団で横になりましたが、お風呂もお布団もいつもより気持ちよくありませんでした。


         ***


タララッ、ラッターララ、タンタララー♪

 深夜の静まり返った無音の中、居間の方からかすかに聞こえる歌音にタケオくんは目を覚ましました。でもその声は、お母さんのように優しい声でもなければ、お父さんのようにカスレたような声でもありませんでした。その声はちょっと低くてとても太くて芯の通った声でした。タケオくんは恐る恐る居間を覗いてみると、卓袱台には1本の椎茸がゆらゆらと揺れ動いていました。音を立てないようにゆっくりと近づいてみると、どうやら歌声はその椎茸から聞こえているようです。

「き、きみは・・・・?誰・・・・?」

タケオくんが問いかけると、椎茸は体をくねらせながらゆっくりとこちらを振り向きました。

「私は、椎茸。キミは私のことがわからないのかね?」
「それはわかるんだけど・・・・。もしかして・・・・。」
「そう、晩ご飯で君が残した椎茸だ。」
「ご、ごめんなさい。」
「ふむ。いいだろう。」
「え?いいの?」
「私もお残しされるのは慣れっこだ。でも、残した椎茸をこっそりと座布団の下に隠すのは良くないね。」
「だって、残したらお母さんに怒られるから・・・・」
「言い訳も良くないね。」
「ごめんなさい・・・。」
「ふむ、いいだろう。実は私も君に謝ってもらいに来たわけではない。」

 そういうと、椎茸の傘が急に大きく広がはじめました。ぐんぐん広がる椎茸の傘はタケオくんの体をを包み込みました。

 目の前が真っ暗になりました。


         ***


「私を食べて!!野菜の中でも甘いわよー!」
「俺を食ってくれ!俺を食って力をつけるんだ!」

タケオくんが目を覚ますと、あたりが騒がしいことに気づきました。

「ん・・・?これは・・・・?」
「あら、やっと気づいたのね、あなたもアピールしないと食べてもらえないわよ!」
「よう!気がついたか!椎茸だからって諦めてちゃだめだぞ!」
「食べてもらう?椎茸だから?」

タケオくんが目にしたのは人参や鶏肉が自分を食べてもらおうと必死に声を上げる姿でした。そして、いつもよりも頭がとても重く感じました。それもそのはず。

「もしかして、ぼく、椎茸になってる・・・?」

自分の姿を知ったタケオくんは、驚きよりも悲しみよりも自分を食べてほしい気持ちが胸の底から溢れ出して来ました。いままでに感じたことのないその気持ちは、タケオくんを強く突き動かしました。

「僕を!!僕を食べて!!」

タケオくんは必死に声を上げました。鶏肉さんも人参さんも負けじと必死になり、みんなはほとばしるダシ汁も気になりませんでした。そして、煮物たちのお皿へ大きな箸が近づいてきます。

ヒョイッ!

大きなお箸は人参さんを掴んでいきました。人参さんはとても幸せそうでした。

「ぼくも連れて行って!」

タケオくんは必死に声を上げました。大きな箸が近づいてきます。

 ヒョイッ!

大きなお箸は鶏肉さんを掴んでいきました。人参さんはとても幸せそうでした。
とうとうタケオくんはひとりぼっちになってしまいました。でも悲しむことはありません。次はタケオくんの番なのですから。

「次は・・・・ぼくの番だ!」

タケオくんが期待に胸を膨らましたその瞬間、乗っているお皿が大きく揺れ始めました。

「なんだなんだ?!」

何が起きているか理解をする間もなく、タケオくんは暗闇に閉じ込められてしまいました。椎茸になっているタケオくんはもがくこともできませんでしたが、なんとなくここがどこなのかは理解していました。きっとここは座布団の下。それがわかっても、タケオくんにはただただじっとしていることしかできませんでした。

「暗い・・・・。
いつまでここにいるんだろう。
ぼくの、せいなのかな・・・。」

タケオくんに染み付いたダシ汁が座布団を濡らしていきました。

「椎茸が嫌いでもがんばって食べてみればよかったのかな。
食べてみたら意外とまずくなかったりして。
我慢して食べてたら、そのうちちょっとだけ
好きになってたりして・・・・。
 なんで一口も食べなかったんだろう・・・・。」

タケオくんに染み付いていたダシ汁もう一滴も出ないほどに乾ききってしまいました。

すると、急に上から光が差し込んできました。
急な眩しさにタケオくんは目の前がよく見えませんでしたが、優しい誰かが座布団をどけてくれたことはちゃんとわかりました。

「タケちゃん・・・・」

         ***

「タケちゃん・・・タケちゃん!起きて!朝ごはんよー!」

気づいたときには朝になっていました。体も元のタケオくんに戻っていました。

「タケちゃん、朝ごはんよー!」
「お母さん・・・・。」

目をこすりながら居間についたタケオくんの前には、ほかほかの白いご飯、味の染み込んだ沢庵、そして湯気のたったお吸い物が卓袱台に並べられていました。

「いただきます・・・。」
「はい、召し上がれ。」
「あ、椎茸のお吸い物・・・。」
「今日はお吸い物にしてみたの。煮付けよりは食べやすいでしょ。」

タケオくんは椎茸を口に入れました。

「うん・・・。やっぱりあんまり好きじゃないけど、ちゃんと食べれるよ。ごめんね。」

              おわり

【制作時間】
 3時間26分

【制作コメント】
 最近クレヨンしんちゃんを見ることが多くて、「ダメダメのうた」に「ピーマン残しちゃいけません!」って歌詞があるんですよね。子供がピーマン食べれるようになるにはどうしたらいいかなって思って書き始めました。ピーマンじゃなくて椎茸なのは、僕がしいたけを昔嫌いで今も嫌いだけどちょっと食べれるようになったし、嫌いだけど美味しいのはわかる様になったことからです。好き嫌いはしょうがないです。でも、嫌いなのと美味しさがわからないのは違うとおもんですよ。

【30 Fiction Challenge】
物語素人の状態から毎日1つ何か書くチャレンジをしています。
https://note.com/wakaranaism/n/nde12fb03c66d

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