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【30 Fiction Challenge(12)】僕の絵を描く
描けない。外の空気を吸いに行く。数日前までは、仕事から帰ったあとのこの時間は家で水彩画を描くのが日課だった。でも最近はうまく筆が進まない。描こうとは思うけど、何を書いたらいいかわからない。どう描いたらいいかわからない。
特に行き先があるわけでもない。いつもの夜道を、いつものリズムで歩いていく。暗くなった小さな商店街を抜ける途中、開店しているかしていないかわからない程にぼんやりと明かりをつけた一件のお店を見つけた。
「あんなとこにお店あったっけ・・・」
なんとなく気になった僕は、お店の前で立ち止まった。特に看板があるわけでもないが、小さなリサイクルショップといったところだろうか。気がついたら僕は中に足を踏み入れていた。
「いらっしゃい、ゆっくりしていって」
「ありがとうございます」
店のおじいさんが優しい声で僕を迎え入れる。そんなにゆっくりと見るものはないなぁと感じながらも小さな歩幅で店内を周る。僕は1本の筆が目に入った。見た目はどこにでもありそうな普通の筆、けれども、筆立てに1本だけポツンと差して置かれたその筆は気にならざるを得なかった。
「もしかして、お兄さん絵描きかい?」
「ええ、まぁ、ちょっと趣味で」
「1万円だよ」
「え?」
「その筆、1万円だよ」
「ちょっと高いんですね・・・」
「すまんねぇ、その筆はこれ以上安くできないんだ」
「そ、そうですか」
***
気がつけば、その筆を手に僕は自宅にいた。
「しばらくはモヤシ生活だな」
人は不思議なもので、新しい筆を迎えると最近は気が向かなかった水彩画もなんとなく描きたくなってくる。せっかくなので新しいスケッチブックを用意して、最初の1ページを開く。小さなバケツに水を汲んで、パレットを用意して、絵の具を出して、新しい筆を手に取る。そして、僕は僕に驚かされた。
絵が描けるのだ。全く筆が止まらずに。そして、何を描こうか考えてもいないのに。感覚的に言えば、僕が描いているというより、筆が描いているというのが正しいかもしれない。でも、その絵のタッチは紛れもなく僕と同じで、完成した絵も僕が描いたとしか思えなかった。
***
僕はそれから毎日のようにその筆を使って絵を描いた。1つわかったことがある。この筆を使うと1日1枚、止まることなく絵を書き上げることができるのだ。何も悩まずに。何の不安も感じずに。何の失敗もせずに。
僕のスケッチブックには、毎日様々な絵が積み重ねられてく。
僕の好みの絵が、僕のタッチで、僕の手で。
***
今日も仕事から帰ると、さっそく筆を手にとる。何を描くかは決めていない。この筆を持てば何も考えずに、何の不安も感じずに、何の失敗もなく僕は絵がかけるのだから。筆を持った僕の手は止まることなく1枚の絵を書き上げる。
「うん、今日もいい出来だ。」
書き上げた絵を横目に、僕は片付けをはじめる、その時だった。パレットを持った左手に、何かが当たるのを感じ、カランとバケツが倒れる音が聞こえた。バケツからは少しだけ濁った水が、飛び上がる。その水がスケッチブックに向かって飛びだしていく。僕は何もできずにただただそれを見つめていた。
気がついたときには、あたりは水浸しであった。もちろんスケッチブックも。
これまでに描いた絵が滲んで溶け出していく。
不思議と何も感じなかった。
***
翌日、仕事は終わった僕は、例の店にいた。
「いらっしゃい。今日は、なんの御用だい?」
「これ、返品お願いできますか?あ、お金はいりませんので。」
「そうかい。構わんが、いい絵は描けたかい?」
「まぁ、はい。」
「そうかい。返品だったね、はい1万円」
「いえ、かなり使わせていただいたのでお金は大丈夫ですよ」
「そんなこと言わずに、これで新しい画材道具でも買ってまたたくさん描きなさい」
「すみません、ありがとうございます」
僕が筆の代わりに1万円を受け取ると、お店のおじいさんが、レジの裏から何やら取り出してきた。
「このスケッチブックなんてどうだい?」
「ちょうど昨日使い切ったところだったんですよ。いくらですか?」
「800円だよ」
おわり
【制作時間】
2時間23分
【コメント】
昨日、今日となかなか筆が進まなかったので、ちゃっちゃか進んでくれる筆がほしいなぁと思って書いたお話です。創作って創っている過程が好きな人もいれば、創った結果が好きな人もいるだろうし、関わり方、感じ方って人それぞれですよね。みなさんは、どこに創作の価値を感じるでしょうか。
【30 Fiction Challenge】
物語素人の状態から毎日1つ何か書くチャレンジをしています。
https://note.com/wakaranaism/n/nde12fb03c66d
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