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【30 Fiction Challenge(8)】僕とピーちゃんの1週間

 夏も終盤に差し掛かり、暑さも落ち着いてきた時期のとある昼下がり、斎藤健司は月曜日に会社で使う資料を自室で作成していた。作業机のすぐ隣にある窓が、日曜日がちょっとずつ月曜日になっていくため息を換気してくれている。あと何時間もすればいつも通りの今週が過ぎ去って、いつも通りの来週がやってくる。

「コンニチハ、コンニチハ」

 淡々とキーボードを叩く健司の耳に聞き慣れない甲高い声が飛び込んできた。健司が窓の方に目をやると、そこには黄色い頭に緑の体そして窓枠を掴む灰色の足をしたインコが健司の方をじっと見ていた。少し気にはなったが、うるさくしなければ問題ないと、健司は作業を続けた。

「コンニチハ、コンニチハ」

 健司は窓をパシャリと閉めた。それから小一時間ほど経ち、会社で使う資料もおおかた完成していた。お供のコーヒーも尽きていたので、休憩を挟もうと新しくコーヒーを淹れる。ふと窓の外に目を向けると、そこには先程のインコが飛んでいる姿があった。健司はため息をつきながらも窓を開けると、飛びまわっていたインコが開いた窓枠に着地した。

「お前、帰るところはないのか?」
「ボク、ピーチャン」

それが健司とピーちゃんの出会いだった。

***

 休日最後の食事を健司は今日も一人で食べる。いつものコンビニで買った500円の弁当と気休め程度の野菜ジュース。レジ袋から晩御飯を取り出すと、横から甲高い声が聞こえてくる。

「ゴハン、ゴハン」
「お前は、お家に帰って餌でももらってな。」
「ゴハン、ゴハン」
「うるさいなぁ。」
「ゴハン、ゴハン、サユリ、ゴハン」
「サユリ?飼い主さんの名前か?」
「ゴハン、ゴハン」
「お前、何食べれるんだ?」

 健司はインターネットで調べてみると、どうやらインコは専用の餌の他にも果物や野菜も食べることができるらしい。健司は家にあったみかんの皮を剥いてあげてから、コンビニ弁当温めた。


***


 月曜日、昨日の準備の甲斐あって、仕事はとても順調であった。健司はいつもよりもちょっとだけ気分良く家に帰ると。

「オカエリ、オカエリ」
「すごいな、お前ちゃんと挨拶できるのか・・・」
「オカエリ、オカエリ」
「た、ただいま」
「オカエリ、サユリ」
「俺は、サユリじゃなくて、健司だよ、ほら、これ食べな。」

 健司はピーちゃんにみかんをあげてから、コンビニ弁当を温めた。


***


 火曜日、いつものように仕事をこなした健司は、帰り道にスーパーに寄ってから、いつもよりもちょっとだけ早足で家に向かった。

「ただいま」
「オカエリ、サユリ」
「だから健司だよ、ごはん作るから待っててな。」

 健司は野菜炒めをつくりながら、ピーちゃんのために小皿に生野菜を盛り付けた。

「いただきます」
「イタダキマス」
「すごいな、『いただきます』って言えるんだ。」
「イタダキマス」
「そういえば、いただきますなんて、久しぶりに言ったなぁ。」


***


 水曜日、いつものように仕事をこなした健司は、いつもよりちょっとだけ早足で家に帰った。

「ただいま、ピーちゃん。」
「オカエリ、オカエリ」
「ん? おい、ピーちゃん何やってんだよ!」

 電気をつけた健司が見たのは、会社で使う資料をピーチャンがつついてボロボロにしている姿だった。健司は、大切な資料を取り返した。

 「こんなにしやがって・・・明日使うんだけどなぁ」
 「オカエリ、オカエリ」
 「はぁ・・・。ただいま」
 「ゴハン、ゴハン、サユリ、ゴハン」

 健司は肉じゃがをつくりながら、ピーちゃんのために小皿に生野菜を盛り付けた。


***


 木曜日、いつもより仕事の調子が悪かった健司は、いつもより重い足取りで家に帰った。

「オカエリ、オカエリ」
「ただいま」
「オカエリ、オカエリ」
「ピーちゃん、今日はめっちゃ怒られたよ。」
「ゴハン、サユリ、ゴハン」
「誰のせいだと思ってんだよ、ピーちゃん」
「チュンチュン、チュンチュン」
「はぁ・・・・。調子の悪いときだけ。」
「ゴメンネ、ゴメンネ」
「ピーちゃん、ちゃんと謝れるのか。」
「ゴメンネ」
「こっちこそ、ごめん。ごはんにしようか。」

 健司は炒飯をつくりながら、ピーちゃんのために小皿に生野菜を盛り付けた。

***

 金曜日、いつものように仕事をこなした健司は、帰り道にスーパー寄って家に向かった。家に帰る途中、電柱に見慣れない張り紙を見つけた。そこには、黄色い頭に緑の体そして灰色の足をしたインコの写真が載っていた。健司は張り紙を手にして、自宅まで走って帰った。

「ただいま!」
「オカエリ、オカエリ」
「ピーちゃん、ピーちゃんのこと探している人がいたぞ! 飼い主さんが見つかったんだ!」
「サユリ、ゴハン、ゴハン」
「そうだよ、サユリさんだよ!これに電話したらいいのかな」

 健司は張り紙に載っていた番号に電話をかけた。出たのは山崎さんという隣町に住む声の細い女性だった。どうやらピーちゃんの水浴びをするときに誤って逃してしまったらしい。二人は、明日の昼に健司の最寄り駅で待ち合わせることにした。

「ピーちゃん、サユリさんが明日迎えに来てくれるって」
「サユリ、サユリ」
「そうだよ。うれしいけど、ちょっとさみしいね」
「ピーチャン、ゴハン」
「そうだね。ごはんにしようか。」

 健司はみかんを剥いてそれを夜ご飯にした。


***

 土曜日、健司は最寄りの駅に来ていた。家で放し飼いにしていたピーちゃんも、今日は家にあった中で一番おしゃれな箱に入って大人しくしている。

「ピーちゃん、もうすぐサユリさん来てくれるからね。短い間だったけど、ありがとうね。なんか久しぶりに楽しかった気がするよ。」

 改札の向こうから、電車が停止する音が鳴り響く。天井に吊られた電子時刻表の表示が変わる。沢山の人がホーム階段を降りてくる。一人の細い気弱そうな女性が健司の方へ軽い会釈をするとスタスタと駆け寄ってきた。

「斎藤さん、ですね?」
「あ、サユリさん、ですね。」
「あれ? 私、下の名前いいましたっけ?」
「あ、すみません。この子が。」
「そうだったんですね。うちの子を預かっていただいて本当にありがとうございました。」
「いえ、とてもいい子にしてましたよ」

 健司はサユリさんにピーちゃんの入った箱を渡すとサユリさんは今にも泣きそうな顔で箱を覗き込んだ。

 「ピーちゃん・・・。よかったぁ・・・。」

 サユリさんは持ってきた可愛らしい小振りなカゴにピーちゃん帰し、深くお辞儀をした。

 「この度は、本当にありがとうございました。」
「いえ、それでは僕はこれで。元気でね、ピーちゃん。ありがとう。」
 「アリガト、アリガト、ケンジ」

 サユリさんが顔を上げると、先程までの泣きそうな顔は既にどこかに飛んでいったようだった。

 「また、いつでも会いに来てくださいね。ケンジさん。」

             おわり


【制作時間】
 4時間40分

【コメント】
 今回は、中村あやえもんさん著『ストーリー作家のネタ帳』から「メリットがないのに優しくする」のプロットを使って1つ書いてみました。プロットそのまま書いてみると想像以上に長くなっていくのでなかなか大変でした。明日からはもう少し短いのがいいなぁ。ちなみに今回ので2700字でした。

【30 Fiction Challenge】
物語素人の状態から毎日1つ何か書くチャレンジをしています。
https://note.com/wakaranaism/n/nde12fb03c66d

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