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【30 Fiction Challenge(13)】この物語……

 僕の新生活が始まった。20年以上住み慣れた田舎を飛び出した。これからは誰にも邪魔されない僕の理想の暮らしをするんだ。シワひとつない新しいベッドに、傷ひとつない新しいローテーブル。僕は新生活にふさわしい家具たちを噛みしめる。静かな空間に時計の針音が染み渡る。ふと、僕は目覚まし時計に目を向けた。

 ……なんか違う。

 別にこの空間全部が違うわけじゃない。実家から持ってきたこの目覚まし時計がなんか違う。もちろん、使い古した目覚まし時計ということもあるけれど、水色のボディに蛍光の文字盤、どこか子供っぽさを感じるデザイン。なんというか、僕が理想とする目覚まし時計らしい目覚まし時計じゃない。

 明日は目覚まし時計を探しにいこう。


***


 次の日、僕は買い物袋をぶら下げて帰宅した。もちろん、中身は目覚まし時計。僕は中学生の頃からお世話になった目覚まし時計を捨てて、新しい目覚まし時計を設置した。

 黒いボディに上部に2つのベル。シンプルなモノクロの文字盤に、先がやや膨らんでいる矢印型の針。

 いい。とてもいい。なんというか、目覚まし時計らしい目覚まし時計だ。僕は、カチカチと秒針が動く様を噛み締めながら、コーヒーを淹れて一服した。

 ……なんか違う。

 目覚まし時計はとても目覚まし時計らしくてとてもいい。でもこのマグカップ、なんか違う。

 もちろん、使い古したマグカップで中に茶渋がついているということはあるけれど、オレンジの外身に、湾曲した形状。必要以上の温かさを感じるデザイン。なんというか、マグカップらしくない。

 明日はマグカップを探しに行こう。


***


 次の日、僕は買い物袋をぶら下げて帰宅した。もちろん、中身はマグカップ。僕は今まで使っていたマグカップを捨てて、新しいマグカップにコーヒーを淹れた。

 中も外も白いカラー。真っ直ぐな形状に、上下対象な持ち手。

 いい。とてもいい。なんというか、マグカップらしいマグカップだ。僕はマグカップの中で黒い液体が揺れる様を噛み締めながら、一息ついた。

 ……なんか違う。

 目覚まし時計はとても目覚まし時計らしくていいし、マグカップはマグカップらしくてとてもいい。でも、僕が着ているこのTシャツ、なんか違う。

 もちろん、使い古して流行に載っていないということはあるけれど、堂々と胸元にプリントされた柄や、なんとも形容しがたい青っぽい色彩。なんというか、Tシャツらしくない。

 明日はTシャツを探しにいこう。


***


 次の日、僕は買い物袋をぶら下げて帰宅した。もちろん、中身はTシャツ。僕は今まで使っていたTシャツを捨てて、新しいTシャツに袖を通した。

 前も後ろも白い無地。首元は歪みのないクルーネック。

 いい。とてもいい。なんというか、TシャツらしいTシャツだ。僕は鏡の前でTシャツの着心地を噛み締めながら、口元が緩みだした。

 ……なんか違う。

 目覚まし時計はとても目覚まし時計らしくていいし、マグカップはマグカップらしくていいし、TシャツもTシャツらしくてとてもいい。でも、このTシャツを着ている人、なんか違う。

 もちろん、使い古して肌ツヤがないのはあるけれど、口元にある大きなホクロや、身長に対してちょっとだけ広い肩幅。なんというか、人らしくない。

 明日は人を探しにいこう。

おわり


【制作時間】
 1時間16分

【コメント】
 以前に後輩が「私はそれっぽいデザインのモノが好きなんですよね」と言っていて、僕も割とそれに共感しています。この物語はここから始まりそうな感じしますね。
 今回のお話とはあまり関係ないですが、本当に『それっぽいそれ』が好きな人と『シンプルデザイン』が好きな人は似ているようでちょっと違う感じしますね。僕は後者かもしれません。最近はパンツを単色黒に統一してうれしくなってます。前に使ってたのも黒でしたがゴムの部分に文字があったのがどうも気に入らなかったのです。


【30 Fiction Challenge】
物語素人の状態から毎日1つ何か書くチャレンジをしています。
https://note.com/wakaranaism/n/nde12fb03c66d

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