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能登半島地震における旅館の記録⑳

七尾市内は全体的に斜めになっているように感じる。
車を運転していても、信号機や電柱や木が斜めになったままで、私も体が自然と右に傾きながら運転しているような感覚になる。子供との車の中の会話も【あれ?前からあれは斜めだった?あの木はあんなに道路に出てた?】

1月2日 和倉温泉街の中心部
2月27日の解体の様子
どうか事故なく終わりますように


1月15日
物流がすこしずつ動き始める。当館にはお客様のお荷物が残っていたのでお送りする手配と挨拶文の作成をフロントスタッフが行う。
お客様から励ましのメールを頂いたり、それを確認する事ができるようになる。この頃から私は何をしていいのかあまり分からず、使えそうな備品を集めだす。大丈夫なお部屋から確認してまわるが、客室に入るとお客様が慌てて逃げた様子がわかる。

これからが楽しい時間だったはずなのに…

備品を集めては、使える日が来るのか…と考えてみたり、再スタートした時はこの備品達を大切に使おう!と思えたり、こんな事やる意味あるのか…と考えたり、色んな感情がごちゃごちゃになる。

とりあえず、ひたすら同じものを集める

ここでまた、1日にフロント業務をしていたスタッフの記事をご紹介する。これはALLサポートの彼女が当日フロント業務をしていた時の記録だ。

~多田屋フロントスタッフ・女性の記録~
怒涛のチェックインの波が過ぎ、凪の時間が訪れたのが16:00前後。
○○さんと他愛もない話をしていた時に、最初の揺れを感じる。少し驚いたけれど、慣れ たもので「⼤丈夫でしたか?」と声を掛け合う程度だった。その後、フロントにお客様がいらっしゃって対応をしようとしたその瞬間、ドン、と突き上がるような揺れがあった。即座 に東⽇本⼤震災の時の揺れに近いものを感じて背筋が凍った。これはまずいと思った直後、左右に激しく、⼤きくゆさゆさと揺れ出した。本震だと認識し、○○さんとフロントに来ていたお客様が⽬に⼊った瞬間、咄嗟に「頭を守ってください!」「フロント周り危ないのでロビーの⽅へ!頭を守りながら⾏ってください!」と 叫び、避難ルートの確保をするべくロビーに通じる引き⼾を開けに⾛った。 今思い返してみると、左右の揺れでよかった。⽴っていられないような前後の揺れだった ら、椿の絵が飾られてあるフロントの棚に押しつぶされて死んでいただろう。

多田屋ロビーは一面ガラス張りである

閉じ込められたらおしまいだ津波が来るかもしれない。建物の外に⼈を出さねばガラス窓の近くでくつろいでいた⽅がいたけどガラスは⼤丈夫か?
頼むなんとか建物よ持ち堪えてくれ⾮常⼝はどこが最寄りだ?とにかく⼀刻も早く建物内から全員を逃さないと…! 念仏のようにぐるぐるとこんなことが頭によぎりながら、気がついたらノーヘルでスマホのライトをかざしながら客室の⽅に⾛り出していた。
○○さんの姿も⽬に⼊って、⾃販機前の通路で〇〇さんは汐の館側に、自分は利久側の⼆⼿に分かれた記憶がある。 無我夢中で「どなたかいらっしゃいますか?」と叫びながら侘助から神楽へ⾛った。○○さんが喜楽周辺にいて、ここにはもうお客様はいないと知らせてくれたので、利久に向かった。 潮⾳前に来た時に絶句した。桟橋が凄まじいことになっていた。そして、視界に⾶び込む 七尾湾。

釣り道具がそのままだった

あそこに⼈はいたんだろうか?まさか海に落ちたりしていないだろうか?津波は来るのか?来るとしたらどれくらいの時間が残されているのか?
通路の先にスプリンクラーのせいで発⽣した⼩池の向こう岸に幼い⼦どもを抱えた⽗親の姿を⾒て我に返った。 目に⼊る、⼿の届く⼈は助けなければ!水たまりに⾶び込み、親⼦に声をかける。今思うと中庭から外に出せばよかったが、パニックになってしまい最短ルートでの誘導ができなかった。

この先に小さいお子様とお父様がいた

おそらく○○さんと思しきスタッフの姿が⽬に⼊ったので、親⼦と、あともう⼀組別の親⼦の誘導を託し、私はさらに奥へ進んだ。 ⼤浴場では男⼦側から○○さんが「こちらの場内の避難誘導、完了しているので⼥性側をお願いします!」と叫んでいた。⼥性側を覗いた時にお⾵呂スタッフさんがすでに対応してくれていて、「こっちはあとこの2⼈だけだから!⼤丈夫よ!」と知らせてくださった。「ありがとう!○○さんもお客様と⼀緒にすぐに建物から出てくださいね!」と叫び返して、客室エリアに向かうと、客室の⽅から助けを求める声が。○○さんと駆け寄ると男性のお客様が「妻がまだ部屋にいるかもしれないんです!でも今私は部屋の鍵を持っていなくて」と繰り返しおっしゃっていた。それを聞いてマスターキーを持ってないことに気がつく。しまった、これはやばいパニックになりながらも、まずは中に⼈がいないかの確認をしようとガンガンとドアを叩きながら⼤声で奥様いますか?と呼んだ。3回くらいしたタイミングでスタッフの○○さんが駆けつけてくれたので、鍵を開けるように依頼、開錠と同時に旦那様と⼀緒に部屋に⼊って奥様の姿を探すも、部屋には誰もいなかった。「きっともう避難されているはずです!お客様、外にとにかく逃げましょう。」と声をかけ、外へ誘導。

たくさんの物が倒れガラスが散乱している状態

しかし、裸⾜に雪駄状態のお客様が駆け抜けるには通路がガラスまみれだったので、⾰靴を履いていた自分がガラスを蹴散らしながらお客様と⼀緒に外に出た。 スタッフとお客様みんなと坂を登る。坂道が激しく裂けていて、映画の中にいるのかと錯覚するような、現実味を感じられないような光景だった。

この坂をお客様と一緒に必死に登った

桟橋の様子、お客様が駆け抜けようとしていた通路の様子、この坂にでる出入り口様子、すべて定点カメラに録画されていた。でも怖くて再生できない。本当に、お客様も従業員も怪我ひとつなく無事だったなんて奇跡だ。

各場所の定点カメラ

みんなが無事であったという事、こうやって記録を残せている事に感謝しなければならない。そして、旅館として多田屋としてお客様に喜んで頂ける場所として復活するチャンスを頂いたと思いたい。
またみんなで笑い合える場所を作りたい。

私のとても好きな写真です

続く…


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