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心の闇から生まれる怖い話、集めました。――その2 しあわせの花子さん

 通っている塾で妙な噂話を聞いた。
 スマホのアドレス帳に500件登録すると、入れた覚えのない番号が入っているというのだ。
 それは『花子さん』という名前で登録されており、その番号に電話すると幸せになれるのだとか……。
 バカみたいと思ったが、夏美は友達もいなくてどうしようもなく暇だった。

 なぜなら、中学校に入学して間もないというのに、気づけば夏美はまたいじめの標的にされていた。
 入学祝いにようやく買ってもらったスマホなのに、通話どころかSNSも撮影も、友達がいなくてはなんの使い道もなかった。
 それでもメモリーには5件の登録がある。
 父と母の携帯電話と、友人になるはずだった三人の女子生徒。

 入学式の日に番号を交換したときは、ほんとうにうれしくて、これからずっと友達でいられるとよろこんでいたのに、彼女たちから電話がかかってくることはなくなっていた。

 だから、めずらしく昼休みにスマホが鳴ったときには驚いた。
 液晶画面には非通知と表示されている。
 この番号を知っているのは五人しかいない。

「もしもし?」
 おそるおそる出てみると、相手は何もしゃべらなかった。
 相手の吐息さえ聞こえないが、物音が聞こえる。
 それが、受話器を当てていない方の耳から聞こえる喧噪と同じだった。
 相手は自分と同じ場所にいる。
 夏美は教室を見渡してスマホで通話している人物を探し当てた。
 市井レイナだった。
 夏美の番号を知ってる残りの二人の女子生徒が彼女を取り巻いている。

 レイナは夏美と目が合うと不敵に笑い、これ見よがしに電話を切った。
 ツーツーという音が聞こえてくる。
「行こう」とでもいうように、レイナは二人の取り巻きを連れて教室を出て行ってしまった。

 それから、夏美のスマホはしょっちゅう鳴るようになった。
 いずれの場合も非通知で無言だった。
 レイナだけではない。
 夏美の番号はクラス中に知れ渡って、気まぐれに誰かがイタズラでかけてくるのだった。
 そのうち「死ね」とか「臭い」とか一言付け加えられるようになっていた。

 だから、夏美は友達もいなくて暇なのだ。
 とはいえ適当というのもなかなか骨が折れるので、家に置いてあった電話会社が配っている電話帳を片手に、一件一件登録していった。
 一日もしないうちに500件に到達した。
 すると、まだ一件も登録していないはずの「ハ」行にアドレスが登録されていることに気がついた。
 見ると『花子さん』という名前が登録されている。

 これが噂の花子さん?

 震える手で『花子さん』に電話をかけた。
 夏美はコールを数えるくせがある。
 五回鳴っても相手は出なくてどんどん不安は増していった。
 バカバカしい。

 八回目が鳴って切ろうとした時、相手は出た。
「……もしもし」
 押し殺したような低い声で、男とも女とも判別がつかなかった。
「ご依頼はなんですか?」
「え?」
 意味がわからず聞き返す。
「ご依頼です。あなた、幸せに、なりたいんですよね?」
「え……ああ、はい」
 そうだ、『花子さん』に電話をかけると幸せになれるという噂だった。
「あなたが幸せになるために、わたくしは何をすればいいのか教えてください」

「……ええと」
 夏美は少し言いよどんだが、頭の中ではハッキリと思い描いていた。
 電話番号を登録しながら、なんで自分がこんな目に遭わなくちゃいけないんだと、恨みを募らせていたのだ。

「……市井さんを……××中学一年四組の市井レイナさんを、不幸に貶めてください」
「……不幸とは?」
「たとえば……階段を、転げ落ちるとか……」
「承りました」
 すぐに電話は切れて、本当の出来事だったのかもわからないくらいだった。

 次の日、学校に行ってみたらレイナは登校していた。
 いつものようにグロスを光らせて、つやっぽい唇で友達と話していた。

 ――やっぱりね。そんなこと、あるわけないか。

 ところが家に帰ってからのことだった。
 スマホが鳴ってまたイタズラだと放っておこうとしたが、液晶に表示されていたのは『花子さん』の名だった。
 なんの用だろうか。
 通話ボタンを押して耳に当てる。

「もしもし」
「今、依頼が完了しました。報酬は……」
 夏美は相手が言いだしたことに驚き、慌てて割って入った。
「報酬? あの、わたし、お金なんてもってません」
「いえ、お金ではありません。わたくしへの報酬は、次にあなたが『花子さん』になることをもって代えさせて頂きます」

 通話が切れると、考える間もなくすぐさまベルが鳴った。

 非通知だ。イタズラ電話だろうか。
 でも、いつもと違う胸騒ぎがする。
 電話に出ると差し迫った声で「あなた、『花子さん』ですよね」と問いかけてきた。
 見知らぬ電話の相手も、どこか後ろめたさを秘めた様子だった。

 自分が幸せになるということは、誰かが不幸になるということなのだろうか。

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