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GLASS HEART番外編「祝福」【無料記事】

初出 2023/12発行ペーパー「EXPOα(エクスポアルファ)」

無料公開です。
※都合により予告なく公開終了することがあります。


祝福


 部屋が三つ要る、と坂本くんが言った。
 最初に。いっしょに住む家をさがすとき。
「俺の部屋、西条の部屋、ふたりの部屋」
「うん」
「贅沢なんだけど俺の個別の部屋ないとたぶん精神的にもたないから」
「贅沢じゃないよ、坂本くん稼いでるから大丈夫だよ」
「音楽なんて水物だし、いつ稼げなくなるかわからないし」
「坂本くん貯金もあるし、西条も無駄遣いしないし、大丈夫です」
 ぶじに2LDKを借りるまで何度か押し問答した。
(精神的にもたない)
 自己申告してくれるのはいいことだと思いました。
 無理して壊れるよりいいです。
 壊れやすいひとだから。
 ガラス製。
(甘やかさないでほしいって言うけど)
 甘やかしてるわけじゃなくて。
 坂本くんの音、大事にしたいから。
 人間プラス音楽を欲しがってるあたしは欲張りです。


 まる二日間くらい自分の部屋にこもって作曲してた坂本くんが、出てくる気配があって、あたしの部屋のドアがノックされた。
 ドアあけて「お腹すいた?」と訊いたら、すこし気まずそうに眼鏡斜め下に向けて「パン食べてた」って言う。
「お魚とご飯とお味噌汁あるよ」
「食べる。あと今夜、西条の部屋に泊まっていい?」
 おなじ屋根の下だけど、こういう言いかたする。
「うん、いいよ」
「西条誕生日になに欲しいの。明日」
「え」
 欲しいもの。すぐには浮かばなくて。
「朱音って呼んでほしい」
 ぱっと出てきた気持ち言った。
「あかね」
 くりかえした感じで坂本くんが、あ、か、ね、って一文字ずつ言ってそれから高速でしゃがみこんでしまった。えっ。慌てておいかけてこっちも床に座った。
「無理」
「ごめん無理だった?」
「無理じゃないけど」
 眼鏡はずして目元の涙、指でふいて、坂本くんが早口で言った。泣いてる。このひと。名前呼んだだけでも。
「いやじゃないけど付随して凄い音楽が頭に充満してパンクするから連打がきかない」
「凄い音楽」
「西条ってそういう優先順位わかりやすいところあるよね」
 その音楽聴きたいと思ってるのばれて坂本くんに指摘された。すみません。
「連打きかないんだ」
「大事なときに使う」
「大事なときって」
「仕事にブーストかけたいときとか。『バルス』の代わりに使う」
「バルスなんだ」
「あと、いまも大事だから」
 坂本くんが手の甲でもう一回涙を拭いてから、言った。
 距離を縮めて、あたしたち、床に座ったままキスをする。
「言えそう? バルス」
「死にそう」
「死なないでください。無理しないでください」
「あかね」
「うん」
「ありがとう」
 泣きながら言うひとが大切すぎてぎゅっと肩に腕をまわして抱きしめた。






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