【短編戯曲】一万五千八百六十九円
一万五千八百六十九円
登場人物
男
女
時と場所
冬の終わり、春の前。風俗店と駅前
1
女 お客さん。
男 ああ。すいません。
女 寝てた?
男 はい。すいません。
女 大丈夫。
男 あ、はい。
女 初めて? こういう所くるの。
男 あ、はい。
女 そうなんだ。
男 すいません。
女 彼女とかいないの。そこそこかっこいいのに。
男 いないっす。すいません。
女 謝らなくてもいいけど。どうする。
男 ああ、すいません。
女 また。
男 はは。
女 時間があまっちゃってるけど。15分ぐらい。
男 そうですか。
女 お話でもする?
男 そうですね。
女 私あなた見たよ、さっき。
男 え、
女 さっき駅前で募金やってたでしょ。震災の。
男 あ、はい。
女 あれ、あなた?
男 あ、はい。
女 すごい集まっていたね。お金。
男 はい。
女 私もね、入れたよ、千円だけど。
男 あ、ありがとうございました。
女 はは。
2
女 男は3月18日の午後3時から6時までの三時間。この町で一番大きな駅の前に立って東北大震災のための募金をしました。彼は本当はストリートミュージシャンで、毎週月曜日のこの日は仲間達数人と集まってストリートでギターを弾いていたのんですが、仲間達と話をしてその日は募金活動をしようという話になりました。その話を始めたのは彼であって実際は高校を卒業して一年間ストリートで音楽をやってみたものの、正直自信がなくなってきていてやめたいなと思っていたので、募金の方が楽だったという気持ちがありました。
男 募金をお願いします。募金をお願いします。今、東北では大震災でみんな困っています。みなさんのお力を少しでも分けてください。お願いしますお願いします。
3
男 井上さんっていう、人がいて。
女 井上さん。女の子?
男 そう。
女 かわいい?
男 はい。
女 かわいいんだ。
男 はい。
女 その井上さん。
男 その井上さんがいて、募金に。
女 いた。かわいい子、一人。
男 そう、井上さん。
女 それが井上さんか。
男 そう、井上さん。
女 かわいかったね。
男 うん。で、彼氏がいて。
女 そうなんだ。
男 はい。
女 残念。
男 それはいいんだけど。それも仲間で。
女 彼氏?
男 そう、山本っていう。
女 そうなんだ。いたんだ。
男 イケメンで歌うまくて。かなわねぇ。オレ、何一つかなわねぇって感じで。
女 残念だ。
男 それはいいんだけど。
女 残念残念。
男 終わったら二人で消えるんです、いつも。
女 そうなんだ。
男 で、今日も二人で仲良く千円づつ募金箱に入れて、後はよろしくねって。
女 そうなんだ。つらいね。
男 それはいいんだけど。いつもその後、デートっていうか、つうかやるんですよ。だってつきあってるから。
女 それはやってるよね、今頃。
男 やってるんだよ。今頃。
女 それはたまんないね。
男 募金してセックスしてるんだ。
女 一緒ね。
男 一緒。
女 一緒一緒。
男 オレ?
女 一緒一緒。
男 一緒か、オレも。
女 うんうん。
男 そうか、オレも一緒か。
女 うん、私は仕事だけど。
男 そうか。
4
女 集まったお金は25万6857円で。予想外の額に驚いたんですけど。どうしたらいいのかという話になって。言い出しっぺの彼がそれをちゃんとしてっということで、まとめて預かりました。彼はこの25万6857円から3万五千円を持って、風俗に行き、風俗の受付のお兄さんに渡しました。
男 募金をお願いします。募金をお願いします。今、東北では大震災でみんな困っています。みなさんのお力を少しでも分けてください。お願いしますお願いします。
5
男 ちゃんとやりましたよ、ちゃんと、募金を。東北に届けるためにボクは募金をやったんです、別に嘘じゃないです。結果的に嘘になりましたけどボクは本心からやったんです、募金を。でもふと思ったんっです。これはお金だった。お金じゃないか。ただのお金。ボクはお金をもっていて募金した人は救われたんだ。ボクは思ったんです。募金って言うのはなんなんだろうって。千円がボンボンこの箱の中に入っていくんです。ボンボンですよボンボン。お金がこんなに簡単に集まるなんて思ってなかった。お金っていうのね、対価でしょ。なにかと交換するためにある物なんですよ。この人達はこの箱にお金をいれていったい何を買っていったのか、ボクは後半ずっとそれを考えていたんです。この人達はただこの箱にお金を入れたんじゃなくて、この箱からなにかをもっていたんだって。そう思ったんです。
男 募金をお願いします。募金をっお願いっしまっすっう……。
男、尽き果てた。
女、男を布団で包んでやる。
女 私さぁ、そのとき、地震起きたとき、歯みがきながらぼうっとテレビ見てて、ああ、今日は休みかって思ったんだけど。お店から、すぐ来て、お客さんすげえ来てヤベェって。なんでって。なんでですかって聞いたら、わかんねえよって。そっかわかんないけど行かないとかって。来たらお客さんめっちゃいてさぁ。めっちゃ。初めて。って感じぐらい。でもなんか雰囲気ちがうくて。なんていうかなんか違うなって。暗いなって、雰囲気? 暗いけどむわって暑いわって。くらくらむんむんって感じ? お客さんもなんか、喋らないか、めっちゃ喋るかで。ああ、おかしくなっちゃったなって。日本っていうか人間? 人類狂ったかって。思ったんだけど。まあ今もだけど。みんな喋らないか、めっちゃ喋るかね。なんかさあ、なるほどねってなったんだけど。精液じゃないもん出しに来てるよねって。マリちゃんが言ったの。そうか私はそういうもの出されているのかって思って。その後さあ、ゲロはいちゃった。妊娠じゃないよ。
6
女 お客さん。
男 ああ。すいません。
女 寝てた?
男 はい。すいません。
女 大丈夫?
男 あ、はい。
女 初めて? こういう所くるの。
男 あ、はい。
女 そうなんだ。
男 はは。すいません。
女 彼女とかいないの。そこそこかっこいいのに。
男 いないっす。すいません。
女 謝らなくてもいいけど。どうする。
男 すいません。
女 また。
男 はは。
女 そろそろ時間だけど。
男 あ、はい。
女 ありがとうございました。
男 どうも。
7
女 彼は3月18日の午後3時から6時までの間、駅前で募金活動をして、19時に風俗に行き、20時にコンビニで598円の弁当を買って、21時にオナニーをして、22時にご飯を食べて、23時にテレビを見ながらさらにオナニーをして、23時半にコンビニ行って、23万7128円を募金箱に突っ込んで、24時10分前に首をつるマネを一度してからぐっすり寝ました。
男 募金をお願いします募金をお願いします。今東北では大震災でみんな困っています。みなさんのお力を少しでも分けてください。お願いしますお願いします。今日本は大変なことになっています。東北では津波で沢山の人がなくなり家を奪われた人たちが沢山います。電気も通じず今日も寒い中暗い場所で生活しています。僕たちにできることはなにもありません。今できるのはこうやって募金をすることだけです。僕たちはこうすることしかできません。みんな少しでいいんです。今みなさんの力を少しだけでいいんです。分け合いませんか、お願いしますお願いします。
女が前を通って千円を箱の中に入れて去っていった。
男 ありがとうございました。
〈了〉
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使用許可について
基本無料・使用許可不要。改訂改編自由。作者名は明記をお願いします。
上演に際しては、観に行きたいので連絡を貰えると嬉しいです。
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita
劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきはかりごと)
1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
深津篤史(岸田戯曲賞・読売演劇賞受賞)に師事。想流私塾にて、北村想氏に師事し、21期として卒業。
2010年に書きおろした、和歌山の偉人、嶋清一をモチーフとして描いた「白球止まらず、飛んで行く」は、好評を得て、その後2回に渡り再演を繰り返す。また、大阪で公演した「JOB」「ジオラマサイズの断末魔」は大阪演劇人の間でも好評を博した。
2014年劇作家協会主催短編フェスタにて「¥15869」が上演作品に選ばれ、絶賛される。
近年では、県外の東京や地方の劇団とも交流を広げ、和歌山県内にとどまらない活動を行っており、またワークショップも行い、若手の劇団のプロデュースを行うなど、後進の育成にも力を入れている
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