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【長編戯曲】JOB!

JOB!

登場人物
ケンイチ 鈴木家の長男。
ケンジ 鈴木家の次男。
マサコ ケンイチの嫁。
サエコ ケンジの恋人。
ペロ 犬。
トウコ ケンジの幼なじみ

これは何者か。知識もないのに、言葉を重ねて神の経綸を暗くするとは。男らしく、腰に帯をせよ。わたしはお前に尋ねる、わたしに答えてみよ。

ヨブ記38章2節


夜。鈴木家、居間。
外はひどい嵐のようだ。
やたらと薄暗い……。
懐中電灯の明かりが一つ。
ケンジがよたよたと、周りを見ながらやってくる。
ペロが再び照らされる。

ペロ ううう~。わん。
ケンジ なんやねん。ペロか。
ペロ わんわん。
ケンジ こら、テーブルの上のるな。

ペロが、ちゃぶ台から降りた。

ケンジ あかんわ……やっぱ停電か……。えげつない嵐やな。
ペロ わん。
ケンジ なんで誰もおらへんねん。どこいってんねんな。も~……。

ペロはやたらと楽しそうだ。

ケンジ なんか、世界の終わりみたいや。
ペロ しししし。

間。

ケンジ ごっつ楽しそうやな。おまえ。
ペロ うきゃん!

間。

ケンジ これって……おまえのせい?
ペロ ……。
ケンジ はは。
ペロ シシシシ。
ケンジ なんてなあ。

間。

ケンジ あ~あ。なんか、人類全部、流れてもうたらええのになぁ。
ペロ ……ん。
ケンジ なんかそんな話あったなぁ。おまえやったらできるんちゃうん?
ペロ ……ししし。
ケンジ あれ? 魂と引き替えにとか?
ペロ へくしょん。
ケンジ な、魂あげたら、なんでも願いかなえてくれるか?
ペロ ぶるるるる。
ケンジ ほしいもんか……。
ペロ 何がほしい。
ケンジ ……。いらんもんやったら、よーけあるんやけどな。
ペロ ほんま、はりあいないわ。
ケンジ はは。
ケンイチ 何がや?
ケンジ !

ケンジが懐中電灯で廊下の方を照らすと、作業着姿のケンイチが現れる。

ケンイチ おい。
ケンジ !
ケンイチ ケンジ、おまえ、誰と喋ってん?
ケンジ え? あ、いや、独り言、独り言。
ケンイチ ……ほうか?
ケンジ あ、うん。おかえり。
ケンイチ おお、ただいま。なんや? 停電か?
ケンジ そやねん。真っ暗よ。
ケンイチ おまえ、ブレーカーみたか?
ケンジ え?
ケンイチ おまえ、もー、周り電気ついちゃあったで。
ケンジ うそ~

ケンイチが去る。
しばらくして、明かりがつく。

ケンジ お、おお~~。

ケンイチが戻ってくる。

ケンイチ あほか、おまえは。
ケンジ なはは。
ケンイチ マサコは?
ケンジ マサコさん? おらんわ。
ケンイチ おらん?
ケンジ うん。バイトから帰ったら、だれもおらなんだわ。
ケンイチ こんな日にどこいっとんのや?
ケンジ 買い物? まさかな。
ケンイチ ふ~。
ケンジ どないしたんやろ?

ケンイチ、携帯を取り出し、電話をかけようとする。

ケンイチ おまえ、飯は?
ケンジ あ、まだ。
ケンイチ ほうか。どないしょうかな。腹へってんよ。
ケンジ 飯の用意もないで。
ケンイチ さっき、台所みたわ。

ケンイチ、携帯の呼び出し音を聞くが、出ないようだ。

ケンイチ つながらん。
ケンジ どしたんやろね。
ケンイチ 腹減ったな……。

ケンイチの携帯から、メール音がなる。
それを見るケンイチ。さっと顔色が変わる。
慌てて出て行く。

ケンジ ……なん?
ペロ ……。
ケンジ どこいくん!?

と、ケンイチの行った方を見るが、

ケンジ はは。
ペロ シシシシ。
ケンジ 行ってもた。
ペロ わん。
ケンジ なんやせわしないな。

と、再び居間にごろんとなる。

ケンジ なんや、思うんやけどさあ。
ペロ わん?
ケンジ 悪魔ってさあ。人間滅亡したらどないすんの? やることないんちゃうん?
ペロ ん~。
ケンジ だってさあ、悪魔ってさあ、人類滅亡的なコトが目標やん? でもさあ、それってやっちまったら、その後どうするの?って話じゃねえ?
ペロ うう~。
ケンジ 矛盾してるよな。
サエコ 何が?
ケンジ おお! 来てたんかよ。

少し前から、サエコが来ていた。

サエコ 何が矛盾してるん?
ケンジ え? いや。人間関係?
サエコ あ、そう? お兄さん、慌てて出てったけど。どないしたん?
ケンジ え? さあ。飯でも食いに行ったんちゃう?
サエコ ご飯? こんな日に? めちゃくちゃ走ってたけど?
ケンジ めちゃくちゃ腹減ってたんちゃう?
サエコ そう? 奥さんは?
ケンジ マサコさん?
サエコ うん。
ケンジ ああ、なんかおらんらしわ。
サエコ ほんまぁ。ご飯つくってないん?
ケンジ んん。
サエコ そう? 失踪?
ケンジ はは。オヤジちゃうねんから。ちょっと外出てるだけやろ?
サエコ ふ~ん? 外、えらい嵐やのにな~?
ケンジ 外、凄かった?
サエコ ん~。雨はそれほどでもないねんけど。
ケンジ ふ~ん。で、どしたん? 急に来て。
サエコ え? まあ。うん。あ、この犬、なんか変よね~。

サエコ、上がり込んで、ペロと遊ぶ。

ケンジ え!?
サエコ なんか人間っぽいっていうか。
ケンジ しゃ、喋った?
サエコ え? なんて?
ケンジ いや、喋った?
サエコ 犬が? あほちゃう?
ケンジ あ、え? なにが? 変?
サエコ ん~。なんか、じっと見てると時ない? こっちのこと。なんか、観察されてるみたいかな?
ケンジ ふ~ん?

ケンジ、犬の頬を引っ張る。
犬、ぎろっとケンジをにらむ。

サエコ ちょ、やめなよ。
ケンジ これ、実は悪魔やったりして。
サエコ どないしたん? 疲れてるん?
ケンジ え? いや、ま~。
サエコ ほんと。お客さん多いん?
ケンジ いや、人はな。そんなにやけどさ~。

と、サエコに甘え始める。

ケンジ なんかな。店長最近変わったやんか~。そんでさ~。なんか改装? 的ななんつうん? 倉庫からなにから全部店ごとひっくり返してやり直すとかさ~。言い出して~。もうくたくた~。
サエコ ほんま。
ケンジ しんどいね~ん。も~やめたいわ~~。
サエコ ほんま?
ケンジ え?
サエコ バイト辞めたいん?
ケンジ いや、それはまあ。な。
サエコ どうすんの? バイト辞めたら。
ケンジ いや、……はは。そやな、引きこもろうかな? 半年ぐらい。ぶらぶらしたいわ~。
サエコ ……。
ケンジ なに? どしたん?
サエコ ん? なんでもないよ。
ケンジ なあ、明日休みやろ? おれもやし、どっかいこか? 明日には天気ようなってるやろし。
サエコ え?
ケンジ 城の方いってさあ、ぶらぶら。たまにはええやろ?
サエコ ……やめとくわ。
ケンジ え~? なんか用事?
サエコ ん? うん。
ケンジ なにぃ?
サエコ え? ちょっと。
ケンジ なによぉ。
サエコ ……。
ケンジ え?(笑) ちょっと。え?(笑)
サエコ ん?(ほほえむ)
ケンジ 何?
サエコ ちょっと……しんどい。
ケンジ しんどい?
サエコ 明日は、ちょっと寝てたい。
ケンジ ……あ、そう。
サエコ ……。
トウコ まあ、そういうときもあるよ。
ケンジ どお!
トウコ よっ。

トウコがいた。

ケンジ なんやねん。おまえ! チャイムぐらいならせよ!
トウコ こわれてるやんか。ここのチャイム。
ケンジ ん~~。
サエコ こんばんわ?
トウコ あ……、ども。
ケンジ ああ、こいつ、幼なじみ? なんか?
サエコ どうも。
トウコ サエコさん? やよね?
ケンジ あれ? 会ったことあった?
サエコ え?
トウコ え、いや。ああ、あんたに自慢されたんやん。写メわざわざ送ってきて。
サエコ ええ……。
ケンジ そやったっけ?
トウコ 酔っぱらった時に。
ケンジ はは。ほんまぁ。
サエコ ちょっと。
ケンジ はは。ま、ええやんか。それより、なんやねん! なにしにきてん!
トウコ ん? ああ~~……。いいや。別に。
ケンジ なんよお、それ。
トウコ まあ、ちょっと用事あってんけど。ええわ。
ケンジ ん? なんよお。
トウコ ええよええよ。たいしたことないし。せっかくねえ。彼女来てはるのにねぇ。
サエコ あ、ワタシやったらええですよ。
トウコ ええのええの、たいしたことちゃうから。またで。
ケンジ なんやねん。気になるな。
トウコ ま、ちょっと雨宿りさしてよ。風で、傘おれてもたし。
ケンジ ん~。まあ、ええけどや~。
トウコ 邪魔ですか?
サエコ いやいや。
ケンジ 邪魔。
トウコ あ、ほんまですか。すんません。

とくつろぐ。

ケンジ おい、オレ無視かよ!
トウコ あんたに発言権はないねんよ。
ケンジ なんでやねん! 一応、オレの生まれた家なんやけど。
サエコ ま、しかたないよね。居候な感じやし。
ケンジ ……。
トウコ ま、働くざるもの、すむべからず?みたいな?
ケンジ 働いてるわ。
サエコ 家にお金いれてるん?
ケンジ いや……それは……。
トウコ あんたー、もう、26やろー。
サエコ ちょっと、ねえ。
トウコ ね~。
ケンジ しゃあね~やんか~。年収100万ちょいやしよ~。しゃあないやん。
トウコ 就職しろ! 就職!
ケンジ 就職ねえ~。
サエコ ……。
ケンジ なんか、寝てるだけでお金もらえる仕事ないんかな~。
トウコ 死ね! 馬鹿!
サエコ は~。
トウコ ほら、ため息ついたよ。重いよ。今のため息は。将来という重さやよ。
ケンジ うっさいなあ。も~、用事ないんやったら、はよ、帰れよ~。
サエコ ちょっと。
トウコ ひっどいなあ。風邪引くやろ。
ケンジ 風邪でもなんでもひきさらせや。
トウコ ちょっと、こいつこんなんいうてますよ。ちょっとひどない?
サエコ ええやんか。
ケンジ ん……。

トウコ、ペロを抱こうとするが、ペロは逃げる。

ケンジ ははは。嫌いやってよ。
トウコ も~。あんなけかわいがってんのに~。
ケンジ サエコさ~、飯くった?
サエコ え? 食べてないけど。
ケンジ あ~、そ~か。食べにいかへん?
サエコ なに?
ケンジ いや、めちゃくちゃ腹減った……。
トウコ あれ? マサコさんは?
ケンジ ん? なんかおらんらしわ。
トウコ ほんまあ。珍しな。
ケンジ ま、そーゆーこともあるわな。
サエコ ああ、そういえば、私、見たよ。
ケンジ ん? どこで?
サエコ え~っと、駅のほうかな。
ケンジ 駅のほう?
サエコ ん~。なんか、遠出するみたいな格好してたかも?
ケンジ かも?
サエコ ん~。なんかでっかい荷物もったはったし。
ケンジ ん~。

間。

トウコ まさかねえ。
ケンジ はは。

間。

ケンジ あ~、腹減った……。
トウコ せや。家でなんか食う?
ケンジ ん? ええん?
トウコ 車で家まで送ってや。
ケンジ ん~?
トウコ ん~。残りもんでよかったらあるんちゃう? おかんも喜ぶし。
ケンジ ん~。
トウコ あんたのこと、気にしてるで~。まだふらふらしてるんか~て。
ケンジ ほんまか~。ど~しょ。(サエコに)ついでに家までおくろか?
サエコ 私?
ケンジ ん~。
トウコ なんやったら、サエコさんもけえへん?
サエコ ん~。いや~。
トウコ 遠慮せんでええよ。こいつとは、家族みたいな感じやから。おかんも喜ぶわ。
ケンジ ん~、どうする?
サエコ ん~。やめとく。ごめんなさい。
トウコ ああ、ええよええよ。やっぱ気つかうわな。
サエコ いや、まあ……。
ケンジ ほな、どうする。家までおくろか。
サエコ ここ……おってええ?
ケンジ ん? ここ?
サエコ なんか、しんどいし。
ケンジ ほんまか。大丈夫か?
サエコ え? うん。ちょっと横にならして。疲れてるだけやから。
ケンジ ふ~ん。ええんか? ま、すぐ帰ってくるけど。
サエコ あ、ええよええよ。ゆっくりしてき。
ケンジ んん。……。なんか変やな。今日。
サエコ そう? ちょっとね。疲れてるだけ。
ケンジ ん~? ほうか。ほな、ちょろっと行ってくるわ。
サエコ は~い。
トウコ あ、もう、行く?
ケンジ あ、ちょっとトイレ行ってから。
トウコ あ、うん。

ケンジ、去る。
残されるサエコとトウコ……きまずい。

トウコ あ~……どうも。
サエコ あ、ども。

きまずい間。

サエコ 外、すごいですよね~。
トウコ ああ、ね~。台風じゃないのに。ね。
サエコ ええ……。
トウコ ……ほんと、こまるなぁ~。

きまずい間。

トウコ あ~……。
サエコ ?
トウコ ……。

きまずい間。

サエコ あ、ケンジとは、子供の頃から?
トウコ あ、ジロー? あ、うん。幼稚園からの腐れ縁?
サエコ へ~。長いですね。
トウコ あ、えっと。
サエコ あ、井田です。井田サエコです。
トウコ ああ、井田さんは、ジローとはどれくらい?
サエコ ああ、えっと、1年? ぐらい?
トウコ あ~そう。長いね~。
サエコ ハハ。まあ。
トウコ あ、そうだ。メアド教えてよ。
サエコ え?
トウコ あ、駄目?
サエコ あ、いいですけど……。
トウコ あ、これ、私のアドレス。ここ、送ってよ。

と、トウコが、自分の携帯を渡す。
サエコ、自分の携帯をいじる。
急に、トウコが、サエコの顔をじろじろと見始める。

サエコ えっと……?
トウコ あの、一個聞いていい?
サエコ え?
トウコ 妊娠してます?
サエコ え!?
トウコ いや……さっき……。
サエコ ……。

サエコ、明らかに動揺している。
ケンジが手をズボンで拭きながらやってくる。

ケンジ お~、ごめんごめん。
トウコ あ。
ケンジ ん?
トウコ あ、じゃ。ジロー借ります。
サエコ あ、どうぞどうぞ。
ケンジ 借りるって。じゃ、すぐ戻るわ。
サエコ ん~。
ケンジ あ、そういや、用事あったんやっけ?
サエコ え? あ、うん。
ケンジ 何?
サエコ あ、ええよ。帰ってからで。
ケンジ あ、ほんま。
サエコ うん。
ケンジ ほな。

ケンジ、トウコと喋りながら玄関に向かう。

ケンジ そいで、おばちゃん元気なんかいな。
トウコ ん~。手術終わってからもう、元気なもんよ~。今度旅行、行くて。
ケンジ ほんまか~。そらよかったな~。

などといいながら去った。

サエコ は~~。

と、ごろんとなる。

サエコ ふえ~~。ど~しよ~~。
ペロ ……シシシシシシ。
サエコ あんた~、なんか悪い笑いかたするようになったな~。
ペロ ……。
サエコ っていうか、犬って笑うんやったっけ?
ペロ ……。
サエコ どっか病気か? あんた。
ペロ ……。
サエコ 笑うのってなあ。しんどいねんぞ~。魂を消費してまうねんぞ~。こわいか! え?
ペロ ……。
サエコ 犬にはわからんか~~。
ペロ ……シシシシシシ。
サエコ なんか言うてることわかってるかのような絶妙なタイミングで笑いおんな。あんた。
ペロ ……。
サエコ そういえば、あんたオスなんか? メスか?
ペロ ……。
サエコ ちょっと見してみ!
ペロ !

サエコ、ペロを捕まえて、ズボンを脱がそうとする。必死に逃げ回るペロ。
ペロとサエコのおっかけっこが始まる。

サエコ ちょっ。なんで逃げるんよ! こら!
ケンイチ お~い。なに騒いどんな?

と、ケンイチが部屋に顔を出す。

ケンイチ おっ!?

と、ケンイチが顔を見せると、ちょうど、ペロとサエコさんが、非常にキケン(♪)なポーズになっていた。

サエコ あ、ど、ども。
ケンイチ いや~……。
サエコ あ、あはは。

サエコ、ペロを放して、居住まいを正す。

ケンイチ ケンジは?
サエコ あ、トーコさんのとこに、晩ご飯食べに……。
ケンイチ ああ、そうか……。
サエコ あ、あの、大丈夫ですか?
ケンイチ え?
サエコ なんか、さっき、凄い慌ててたから。
ケンイチ ん? ああ。ちょっとマサコがさ、家出しちゃって。
サエコ え?
ケンイチ 腹減ったな。オレも食いに行こうかな?
サエコ 家出?
ケンイチ なんかあったかな……?

と、ふらふらと台所のある方に行く。

サエコ え? え?

間。

サエコ え? え~~?

サエコも台所に行く。
一人、部屋に残されるペロ。

ペロ イシシシシ。その日の夜、この町で、16歳の少年が親を殺した。少年はすぐに警察に拘束され、取り調べられた。原因は分からなかった。しかし、それは別の話。

ペロが去る。


朝である。
ケンイチが、「エイシャー」と大声を張り上げながら、上半身裸で、体操をしている。
横では、毛布の固まり。
ケンイチが、大きくのびをする。
ケンイチ、そのまま台所方向に去る。
間。
歯を磨きながら、ケンジがやってくる。
シャコシャコしながら、座り、ぼうっと毛布の固まりを見る。
固まりに動きのないのを見て、テレビのスイッチを入れる。
テレビの声が流れ始める。

テレビの声 少年は、現在、南警察署で取り調べを受けている途中です。イライラしていたと語っており、受験からくるストレス、親からの過剰なプレッシャーなどが動機ではないかと……。

ケンジ、テレビを消す。
ペロがやってくる。

ペロ おはようさん。
ケンジ おう。
ペロ ……。

そのまま、台所に去る。

ケンジ ……。

間。
ケンイチが作業服をもってきて、着替え始める。

ケンジ アニキってさあ。
ケンイチ ん?
ケンジ マサコさんと結婚したん、いくつ?
ケンイチ ん? なんでや。
ケンジ 昨日さ、トーコんち行ってさ。
ケンイチ おう。らしな。
ケンジ あいつ、妊娠したらしわ。
ケンイチ ん? ほうか。
ケンジ ん~。で、まあ、結婚するみたいやわ。
ケンイチ ほうか。
ケンジ ん~。できちゃった。
ケンイチ トーコちゃんがな。
ケンジ アニキ、いくつよ。
ケンイチ おれか? オレは確か30ちゃうか?
ケンジ ほうか、30か。
ケンイチ せや。

ケンイチ、服を着終えた。

ケンイチ ほな、行ってくるわ。
ケンジ え?
ケンイチ なんかあったら、連絡くれな。
ケンジ 仕事?
ケンイチ ん? そや?
ケンジ 探さんでええん?
ケンイチ ん? どやって。
ケンジ んん……。
ケンイチ ……しゃあねえわ。
ケンジ ……。
ケンイチ ま、行ってくるわ。
ケンジ うん。

ケンイチ、去る。

ケンジ ……。

布の固まりが動く。
布から、サエコが顔を出す。

ケンジ ああ、ごめん。起こした?
サエコ んん……。
ケンジ どないした? 汗びっしょり。
サエコ いやな夢見た……。
ケンジ そう。うなされとったな。
サエコ ほんま?
ケンジ んん。
サエコ はぁ。二度と起きられないかと思った。
ケンジ ハハ。胡蝶の夢やな。
サエコ なに? くしゃみしてた?
ケンジ え?
サエコ こしょうの夢って。
ケンジ ちゃうって。胡蝶の夢。
サエコ ?
ケンジ ええわ。
サエコ ……。

ケンジ なあ。
サエコ ん~?
ケンジ おまえ、大丈夫? マジで。
サエコ え? なに?
ケンジ 昨日帰ったら、もう寝てたし。疲れてるだけか?
サエコ え? うん。まあ。
ケンジ そんなしんどいんか? 今の仕事。
サエコ ん? まあ。ぼちぼち。そらね。バイトちゃうから。
ケンジ うへ。ま、大変やの。社員様は。
サエコ んん。
ケンジ ……なんか食う?
サエコ え? あ、うん。
ケンジ パンでええ?
サエコ うん。

ケンジ、立ち上がる。

サエコ すっごいリアルな夢やった。
ケンジ そう。
サエコ 恐かった……。
ケンジ ……。

ケンジ、去る。

サエコ ……。

サエコ、再び毛布を被る。
ペロがやってくる。

ペロ ママ~~。

と、犬がのどを鳴らしたように鳴く。
サエコ、がばっと顔を出してペロを見る。その顔は、恐怖があふれそうになっている。
ペロをみて、脱力する。

ペロ ……。
サエコ なんや……。
ペロ シシシシシシ

ペロがサエコになついてくる。
体を伸ばす、サエコ。
寝ころんだまま、ペロを抱きしめるサエコ。
ケンジが顔だけを出す。

ケンジ な~、マーガリンないねんけど。
サエコ ん?
ケンジ ジャムとかないけど、ええ?
サエコ ん~。ええよ。
ケンジ ん。

ケンジ、去る。

サエコ ねえ。
ケンジ ん~?
サエコ ねぇ。
ケンジ ん~?
サエコ ちょっと。
ケンジ ん?

と、再び、顔だけ出す。

サエコ ……。
ケンジ ……。

妙に、緊迫した間。

サエコ そういや、あんたんち、犬っておったっけ?
ケンジ ……え?
サエコ ペロ? いたっけ?
ケンジ ……おるやん。そこに。
サエコ うん。
ケンジ ねぼけとんか?
サエコ かも。ハハ。
ケンジ ……。
サエコ ……。

ケンジ、去る。

サエコ ……。

ペロが台所に去る。
ケンジが、皿にトーストを乗せてやってくる。

ケンジ ほい。
サエコ あ、ありがと。
ケンジ ん。

ケンジ、座って、テレビのリモコンを持つが、テレビのスイッチを付けるわけではない。

ケンジ 昨日な。
サエコ ん?

サエコ、座ってとーストを食べ始める。

ケンジ アロチの方でさ、高校生が親殺したってよ。
サエコ ふ~ん。
ケンジ ……。
サエコ それで?
ケンジ そんだけ。
サエコ そう。

間。

ケンジ おれ、バイト辞めるわ。
サエコ え?
ケンジ で、就職するわ。うん。
サエコ ……なんで?
ケンジ いや、きっちりせんとな。っと……。
サエコ そう。
ケンジ ……。

長い間。

ケンジ 妊娠したって。
サエコ え?
ケンジ うん。
サエコ なん、で?
ケンジ 昨日、トウコがさ。
サエコ ……あ、そうなんや。
ケンジ ……。うん。オレもなんかな、もうええかげん、きっちりせんとなって。

と、リモコンをもてあそんでいた手が止まった。

サエコ なんでしってたんやろ?
ケンジ え? 何を?
サエコ いや、トーコさん? が。
ケンジ なんでって、いや、昨日、産婦人科いったっていうてたで。で、ちゃうかって?
サエコ あ。あ~~~。
ケンジ あ~~って、そらそうやろ。
サエコ そっか。うん。
ケンジ ……。

間。
ケンジが再び、リモコンをいじり始めた。
サエコはもそもそとトーストを食べている。

サエコ どう……思う?
ケンジ どうってか? あ~、そ~か~って感じかなあ。
サエコ そう。
ケンジ ふん……。

と、ケンジは何か考えているようだ。

サエコ あの……うれしい?
ケンジ うれしい? あ~、なんやろ。ん~~~。ま、よかったなという気持ちはある。
サエコ そう……。
ケンジ 結婚か……。
サエコ え?
ケンジ そら、そうなるよな。
サエコ いや、ま、うん。
ケンジ いーよな。できるってさ。
サエコ ん?
ケンジ オレにゃ、できないよな。まだまだ。
サエコ え?
ケンジ ん~。ふらふらしてたもんなあ~。
サエコ そう……。

サエコがうつむく。

ケンジ え? なんで? なんで?
サエコ え?
ケンジ え? 結婚したい?
サエコ いや、まあ……。ケンジはどうなの?
ケンジ いや~、ま、仕事しだいだよな~。
サエコ そうよね……。
ケンジ ん? おまえ、何の話してんの?
サエコ え?
ケンジ え?

間。

ケンジ、何かおかしいなと重いながらも、食べ終えた皿を持って、台所に行く。
と、少しして、皿が割れた音がした。

サエコ ああ~~。

どたどたどたと音がして、ケンジが顔を見せた。

間。

ケンジ あ~、え~……。
サエコ ……。
ケンジ ……。

ケンジ、そろ~りと去った。
かちゃかちゃと皿を片づける音がする。
間。
ケンジが戻って来て、今度は座る。

ケンジ え?
サエコ ……。
ケンジ え?
サエコ ……。
ケンジ あ、妊娠してる? おまえも。

間。

ケンジ え?
サエコ うん。
ケンジ ああ~……。
サエコ ……。
ケンジ ああ、そう。
サエコ ……。
ケンジ あ、今。どれぐらい?
サエコ あ、うん。3週間ぐらいやって。
ケンジ そうか……。
サエコ うん。

間。

ケンジ え~っと、どうしようっか。
サエコ え?
ケンジ いや、なんかうん。
サエコ うん。
ケンジ うん……。

間。
とりあえず、ケンジ、笑ってみた。
長い間。

ケンジ あ~……その、おなか触ってみてええ?
サエコ え? あ、うん。ええけど。

ケンジ、恐る恐る、サエコのおなかに触ろうとする。

サエコ まだ、全然わからんけど……。

ケンジ、がんばって触ろうとする。

サエコ ……。

ケンジ、止まってしまう。

サエコ どしたん?
ケンジ ん?

間。
後ろをマサコが通る。
サエコがそれに気付く。

サエコ あ。
ケンジ ん?

ケンジも振り返るが、マサコはそのとき、もういない。

ケンジ え?
サエコ マサコさん。
ケンジ え?

ドタドタドタとケンイチが通り抜ける。

ケンジ お。
サエコ ……。

間。
顔を見合わせるサエコとケンジ。
ペロが居間に戻ってくる。
大きな欠伸をするペロ。

マサコが、再び台所から出口へと通り抜ける。

マサコ こんにちわ。
サエコ あ、こんにちわ。

マサコ、そのままさっさと去る。

ケンジ あの……。
サエコ え?

ケンイチが、再びマサコの後を追って、ドタドタと通り抜ける。

ケンジ あ、アニキ。
ケンイチ ……。

と、何も答えずに通り抜ける。

ケンジ あ、あの、で、これからのことやねんけど。
サエコ あ、うん。

入り口の方から、ドタバタ!聞こえてくる。

ケンジ あの、子供やけど。
サエコ うん。

再びマサコが後ろを通り抜ける。

ケンジ ……。どうしたい?
サエコ え? 私?
ケンジ うん。

再びケンイチが後ろをドタドタ通り抜ける。手には、ラチェット。

サエコ ……ケンジは?
ケンジ おれ?

台所の方からドタバタ聞こえてくる。

サエコ うん。
ケンジ おれは……。
サエコ ……。

再びマサコが通る。

ケンジ いや、おまえは?
サエコ いや、私は……。

再びケンイチ……通らない。
気になるケンジとサエコ。

ケンジ オレ……ちょっと見てくる。
サエコ あ、うん。

ケンジ、台所の方に行く。

サエコ ……。

間。
少しして、頭から血を流したケンイチがドタドタと通り抜ける。
その少し後を、ケンジが通る。

ケンジ ちょっと、血、出てるよ。
ケンイチ わーってるわ!

ケンジも通り抜ける。

サエコ ……。

玄関の方で、どたばた聞こえ始める。

サエコ は~、参ったな~。神様とかいないかね~?
ペロ 悪魔ならいるけど。
サエコ え?
ペロ ……。
サエコ 今、喋った?
ペロ シシシシシシ。
サエコ ま~さかね~。

間。

サエコ 帰ろっかな……。

と、音のする方を見る。
マサコさんが、台所へ通り抜ける。

サエコ 帰りづらっ。は~あ。

と、大きな溜め息。
少しして、マサコさんが、湯飲みを持ってきて、居間に普通に座る。
まだ、がたがたと玄関から音は続いている。
マサコさんは、お茶をぐっと飲んで、

マサコ は~~。

と大きく息をつく。

サエコ あ、あの。
マサコ あ、こんにちわ。
サエコ あ、どうも。
マサコ は~~。
サエコ あの、大丈夫ですか?
マサコ え? 何が?
サエコ えっと、なんか、え~~。
マサコ は~~。
サエコ ……。
マサコ あの、井田~さん?
サエコ はい。
マサコ ケンジ君と、結婚するの?
サエコ 結婚? いや。ああ~? 向こうもあるし、今ねえ。どうなんでしょう?
マサコ いや、今すぐってわけじゃなくて、将来的に。
サエコ あ~~。ハハハ。さ~~。どうしたらいいと思います?
マサコ なんで私に聞くの?
サエコ いや~~? 
マサコ やめといたほうがいいわよっ! 絶対!
サエコ はあ……。
マサコ はぁ~~~~。

間。

サエコ あの……、なんでですか?
マサコ え?
サエコ それは~、なんででしょうか?
マサコ え?
サエコ ……。

間。

ケンジが居間に戻ってくる。
ケンイチも遅れて戻ってくる。
ケンジもケンイチも、興奮しているようすを抑えて、居間に座る。
マサコが立ち上がり、台所に行く。

サエコ、状況が分からずに固まっている。

少しして、湯飲みを二つ盆に乗せて、マサコが戻ってくる。
マサコ、湯飲みを、ケンイチと、ケンジの前に置く。
ケンイチ・ケンジ、ぐっとお茶を飲む。
ケンイチ、テレビをつける。

テレビの声 今、少年が出て参りました! え~、こちらから見た様子ですと。え~、刑事二人にはさまれて……笑ってるようです! こちらを見て、はっきりと笑っています! 少年、こちらをはっきりと見据え、笑っています!

ケンイチ、テレビを切る。

ケンイチ おまえ(ケンジ)、今日は仕事は?
ケンジ 今日は休みや。
ケンイチ そうか。
ケンジ アニキこそ、仕事ええんかいな。
ケンイチ おお、せやった。行ってくる。
マサコ 行ってらっしゃい。
ケンイチ おう。

ケンイチ、去る。

マサコ 今日はじゃあ、どっかに行くの?
ケンジ いや、家でぐったり。
マサコ そうですか。じゃ、私、買い物に行くんで、お留守番頼みます。
ケンジ あ、はい。
マサコ たぶん、誰もこないとおもうんですけど。
ケンジ あ、うん。

妙に、サエコがこの場所から、浮き始める。
サエコが、立ち上がり、何かこの場所がおかしいという思いから、恐怖が生まれてきたようだ。
マサコが、湯飲みを片づけて、台所に行く。

サエコ 何これ?
ケンジ え?
サエコ え~~?
ケンジ で、どうしょ。
サエコ え?
ケンジ その、子供。
サエコ ……。
ケンジ ……。
サエコ 帰る。
ケンジ え?
サエコ 疲れたし。
ケンジ ああ。そうか。
サエコ ごめん。なんか、頭混乱してきた。
ケンジ 大丈夫か?
サエコ なんか……わからん。
ケンジ おい。送っていこか?
サエコ え?
ケンジ 家まで送ってくわ。
サエコ あ、うん。

サエコ、ふらふらと玄関の方に行く。

ケンジ あ、もう? ちょっ。ま、ええか。

ケンジも慌ててついて行く。

間。

ペロ 少年が何故笑ったのか? それをマスコミはこの後、番組を変え、タレントを変え、報道しつづけ、解説を加え続けた。多くの、少年の頭が狂っている。そして、環境が彼を追いつめたという。私と彼は違うのだという解説に、視聴者はリカイした。そして、ちょっとカシコイ人は、そのことを、批判したのだが、少年が笑った姿は、非常に印象的で、ドラマより、ドラマチックであった。そして、そのスマイルは、アイコンとして、社会に広がることになる。

ケンジが現れる。
ケンジ わ~。どうどうと喋ってるね。いいの?
ペロ あの後、ケンジ君が、サエコさんの家に上がり込み、少し眠くなったので、うとうとした時に見た、夢のシーンをやります。
ケンジ あ、そうなんだ。夢か? オレ的に、ハーレムがいいねんけど。

ケンイチが現れる。

ケンイチ あ、オレはどうしたらええの?
ペロ え~、資料によりますと、父親、仕事は医者。内科医のようです。
ケンイチ そんだけ?
ペロ はい。
ケンジ あ、オレは?
ペロ え~、高校2年生ですね。超進学校のエリートさんです。
ケンジ え~。もちっと。
ペロ 笑顔はいいです。
ケンジ こう?

ケンジ、笑ってみる。

ペロ ……。
ケンジ てへ~?
ペロ ◎◎◎(強烈な毒を吐く)
ケンジ え~。
ペロ じゃ、始めます。

ケンイチ座る。
ペロが、台所に普通に立って行く。
ケンジ、一度去り、入ってくる。

ケンジ ただいま。
ケンイチ おう。
ケンジ オヤジか。
ケンイチ ん? なんや~?
ケンジ 別に……。

ケンジ、そのまま台所に行こうとする。

ペロ ちょっとちょっとちょっと。

と、ペロが出てきて、ケンジを居間に座らせる。
ペロ、やれやれと、台所に去る。

ケンジ ……。
ケンイチ どした?
ケンジ 別に……。
ケンイチ ……。

ペロが、台所から包丁をもってくる。

ペロ はい。
ケンジ あ、ども。
ケンイチ え~~。勘弁してよ。
ペロ じゃ。

ペロ、去る。
ケンジ、おそるおそるケンイチを刺す。
ケンイチも、おそるおそる刺される。

ケンイチ うわ~。
ケンジ あわ~~。
ケンイチ なんで刺すんよ~~。
ケンジ えーっと、親が悪いから。
ケンイチ あ、そうなん?
ケンジ 産んでくれって頼んでないのに。
ケンイチ うわ~~。

ケンイチ、倒れ込んで、動くのを止める。

ケンジ あ~も~、やっちまったよ~~。
ケンイチ あたたたた。
ケンジ あ~も~、生まれて大損こいたわ~~。

ペロが再び、居間にやってくる。

ペロ ぐ……ぐだぐだやん……。

ケンジ、走り去る。
居間には、ケンイチが倒れている。

ペロ あ~、一ヶ月後~~。


夜。
ケンイチが居間で倒れている。
トウコが入ってくる。

トウコ はっ!

ケンイチの様子に驚くトウコ。
とりあえず、生きているのかどうか、様子をうかがってみる。

トウコ 寝てる!?

ぐったりしたケンジがやってくる。

トウコ あ、ジロー。
ケンジ おう。は~、疲れた。
トウコ どしたん。偉い疲れてるやん。

ケンジも、どさっと居間に倒れ込む。

ケンジ しんど~~。
トウコ ここ、今、軽く殺人現場みたくなってんで。
ケンジ もう、殺してクレーってっかんじやし。
トウコ ああ、そういえば、仕事変わったて?
ケンジ んん。なんで知ってるん?
トウコ サエちゃんから、メールきてん。
ケンジ なんや、おまえら仲ええんかいな?
トウコ せやで? うちらメル友やねん。
ケンジ そーかー。
トウコ なんや、あんた、結婚する気なん?
ケンジ え? なんで?
トウコ いや、サエちゃんから聞いたんやけど。
ケンジ ほんまあ、あいつ、なんて?
トウコ いや、だから、結婚するんかな?って。
ケンジ そうか~。
トウコ 話ししてへんの?
ケンジ したよ。ちゃんとしましたよ~~。
トウコ で?
ケンジ なんか飲み物もって来て~~。
トウコ は~?
ケンジ のど渇いた~~!
トウコ なんでやねん。
ケンジ 死ぬぞ~。オレ、このまま干涸らびて死ぬぞ。
トウコ なんやねん。ほんま。

と、ぶつぶついいながら台所に行く。

ケンジ おいー! 犬ころー! 犬さんよ!

ペロが、テケテケやってくる。

ケンジ おい。おまえ~、昨日も、オレの夢の中入ってきたやろ。
ペロ シシシシシシ。
ケンジ も~、勘弁してくれ。寝られへんのはきついねんて。
ペロ シシシシシシ。
ケンジ 悪魔かなんかしらんけどな~。もうちょっと金持ちとか困らせろよ。俺ら、しょーもない人間どーでもええやろが~。
ペロ シシシシシシ。あのな。
ケンジ お。
ペロ 一個だけ教えよか。
ケンジ なんやねん。
ペロ おまえの子供、障害者やぞ。知恵遅れ。苦しむぞ~~。おまえも、子供も。
ケンジ ひゃあ~~~。
ペロ シシシシシシ。

ペロ、さっさと去る。

ケンジ こら~、待て~~!

と、倒れたまま言う。
トウコがコップを持ってやってくる。

トウコ ちょっと? 何一人で騒いでんの?
ケンジ も~知らんわ~~。
トウコ ほれ、もってきたったで。
ケンジ おう。

と、ケンジがコップに手を伸ばすと、さっとトウコ、コップを遠ざける。

トウコ ……。
ケンジ おい!

ケンジ、上半身だけ起きて、トウコの方を向く(つまり客席に背中を向ける)。

トウコ ありがとうございますは?
ケンジ なんやねん。もー。
トウコ ほれ。
ケンジ めんどくさいなー。
トウコ なんやねん。人としてありがとうっていえんと、親にな……。
ケンジ ……。

トウコが、ケンジの様子がおかしいのに気付く。

トウコ 何?
ケンジ ……。

ケンジが急に、トウコのお腹に触る。
驚くトウコだが、お茶を持っているので、片手でケンジをのけられない。

トウコ ちょっと。ちょっと。
ケンジ ……。
トウコ ちょっとなにしてんの? なに?
ケンジ ええやん。
トウコ ほら、お茶、持ってきたで。ほら、な?
ケンジ もーえーわ。

と、トウコがコップを差し出しても、受け取らない。
そして、ケンジ、顔をお腹にくっつける。

トウコ ちょっと、ちょっと、ちょっと。
ケンジ ええから。
トウコ ちょっと? なに? どないしたん?
ケンジ ……。
トウコ なあ……。

二人とも、動きが止まる。
しばらくして、玄関の方から、話し声がしてくる。

マサコ ロールアンドロール?
サエコ そうそう。あの、テイクAカフェーの中にある。
マサコ ああ~、聞いたことある。
サエコ いいんですよ~。あそこ。あの裏にもね。カフェーがあるんですけど。
マサコ へ~。

ケンジ、すくっと立ち上がる。

ケンジ なんちって。
トウコ ……?
ケンジ びびった?
トウコ え?
ケンジ あ~、腹減った。飯くお。
トウコ ちょっと?
ケンジ なんかくうもん、あった?
トウコ あ、マサコさん、用意してったみたいやけど?
ケンジ そっか。

ケンジ、すたすたすたと台所に行く。

トウコ ちょっと?

居間では、ケンイチがまだ爆睡?しているようだ。
マサコとサエコがやってくる。
マサコは、ケーキの箱を持っている。

マサコ あ、トーコちゃん。
トウコ あ、こんばんわ。
マサコ どうも。
トウコ どうも。
マサコ あ、ちょうどよかった、ケーキ買ってきたのよ。食べる?
トウコ え?
サエコ アイリスの~!
トウコ アイリス!
マサコ そ、アイリス!
ケンイチ アイリス!

と、急に起きあがる。

マサコ あ、いたの。
ケンイチ え? アイリス?
マサコ ええ。
ケンイチ ん? あ~~。

と、ぼうっと大きい欠伸をする。

マサコ さ、二人とも、座ってて。お茶入れてくるから。
サエコ あ、私も。
マサコ いーからいーから、二人とも、座ってて。

と、さっさと台所に行く。
サエコと、トウコ、微妙に気を遣いながら座る。
ケンイチは、まだ、半分夢の中のようだ。

トウコ あ、マサコさんとお出かけ?
サエコ あ、うん。なんか誘われて。
トウコ へ~~。
サエコ うん。

妙な間。
ケンイチが立ち上がり、ふらふらと去る。

トウコ マサコさんと仲ええん?
サエコ え? いや、まあ、普通?
トウコ あ、そう。
サエコ え? なんで?
トウコ いや、なんとなく、珍しいなと。
サエコ あ、そう?
トウコ ふ~ん?
サエコ ?

間。

トウコ ジローさ。大丈夫?
サエコ ジロー?
トウコ あ、あれ? あいつ、名前なんだっけ?
サエコ あ、ケンジ? え? なんで?
トウコ いや、どうかなって。なんか変になってない?
サエコ いや、まあ。多少は、なんか大変そうだし。色々、考えるトコもある? のか。
トウコ で、結局どうするの?
サエコ いや、まあ、まだこれから色々話しながら。
トウコ まだ、決まってないん?
サエコ まあ、ゆっくり。その。
トウコ ゆっくりっていってもねえ。待ってくれんから。

ケンジ いや、飯食ってる途中やから。
マサコ そう? アイリスよ。アイリス。
ケンジ いいよ。トーコまだいる?

ケンジとマサコが現れる。

ケンジ あ、よお。(サエコに)
サエコ よ。
ケンジ トーコ、ケーキ食う?
マサコ いや、あるのよ。ケーキは。たくさん。食後に食べる?
ケンジ あ、そう? ほんなら。
マサコ こっちにおいとくから。
ケンジ あ、うん。
マサコ 今、もってくるから。
トウコ あ、はい。ありがとうございます。

マサコとケンジ、去る。

サエコ あの。
トウコ ん?
サエコ マサコさんって、あんな感じでしたっけ?
トウコ え?
サエコ なんか、あれから変わったっていうか。
トウコ あー。私、よく知らないんだけど。どうなったん? あれから?
サエコ いや……私もなんかよう分からんくて。
トウコ え? おったんちゃうん? そのとき。
サエコ なんか、気持ち悪て。
トウコ 気持ちわり?
サエコ なんか、ぬめっとした感じ?
トウコ ぬめ?
サエコ なんか、帰ってきたんやけど? というか、ケンイチさんが……。

ケンイチが手をズボンで拭きながら戻ってくる。

ケンイチ あ~、爆睡してたわ。
トウコ ……。
ケンイチ ああ、二人どした? 並んで座って。
サエコ あ。いや、マサコさんと……。
ケンイチ え? マサコがどした?
サエコ いや、ケーキを一緒に。
ケンイチ アイリス!
サエコ あ、はい。

マサコが、ケーキとカップを持ってやってくる。
それぞれの前に、それを置いていくのだが、一つ余るが、ケンイチの分はないのだ。

ケンイチ それは?
マサコ ケンジさんの分。
ケンイチ ……。
マサコ ……。
サエコ あ、私のよければ。
マサコ 嫌いでしょ? 甘いの?
ケンイチ ……ああ。
トウコ ……。

最悪に思い空気。
マサコが気にせずに食べている。

マサコ 食べないの?
サエコ あ……。

重々しく食べ始める、サエコとトウコ。
間。

ケンイチ トーコちゃんは、あれ? 結婚するって?

びっくりするマサコとサエコ。
トウコも、急に言われてびっくりする。
トウコ え?
ケンイチ あれ? 前、ケンジに聞いたんやけどな?
マサコ あら、そうなの?
トウコ あ、まあ。
サエコ え~。そうなんや!
トウコ うん。
サエコ え? 誰? 誰と?
トウコ いや、会社の同僚なんやけど。
サエコ へ~。
ケンイチ そーかー。トーコちゃんもついに結婚か~。
トウコ はは。まあ。
マサコ おめでとう。
トウコ はは、どうも。
ケンイチ そうか。オレの中では、まだ小学生ぐらいの感じまだあるわ。
トウコ なにいうてるんよ。お兄ちゃん、うち、もう27やで。
ケンイチ そーかー。
トウコ そーやー。
ケンイチ オレはてっきり、ケンジと結婚するもんやとおもてたけどな。
トウコ ちょ、なにいうんよ。
サエコ へ~。そうなんですか。
トウコ そうなんですかって。ねえ。ケンジには、サエちゃんおるから。
ケンイチ え? 結婚するんか? ケンジと?
サエコ え? いや……?
トウコ しいひんの!?
サエコ いや?
ケンイチ え? するん! マジで?
サエコ え、いや、それは。まあ、
トウコ え!? せえへんの?
サエコ ああ~~。すいません。
マサコ なんで、あやまるの?
サエコ あのー、それより、相手、そう、相手、どんな人
トウコ いや~、普通。

間。
ケンジが、満腹顔でやってくる。

ケンジ お! 何? 全員集合?
ケンイチ おまえもおったんか。
ケンジ あれ、アニキ、ケーキ食わへんの?
ケンイチ え? あ、んん。

周りに微妙な空気が流れるが、ケンジは、いっこうに気付かない。

ケンジ アニキ、アイリスのケーキめっちゃ好きやったのに、ダイエット?
ケンイチ ええから、おまえ食えよ。
ケンジ ええん? ほんなら。

ケンジ、ケーキを食べ始める。

ケンイチ おまえ、結婚せえへんのか?
ケンジ え?
マサコ ちょっと。
ケンジ オレが?
ケンイチ いや、どうなんな?
ケンジ どうって。え? ばれたん?
サエコ え?
ケンイチ ばれた?
マサコ なに? まさか?
ケンイチ なんだ?
トウコ あ~、普通なんやけどね。その、すごい真面目でええ人ですよ。
ケンジ 何?
サエコ あ、トーコさん、結婚するんですって。
ケンジ そっか。やっぱ。
トウコ あ~~。
ケンイチ 結婚! するんか!!

なにやら、いろんなところでいろんな事が起きている様子。
一瞬、時間が止まったかのような間。

マサコ 私、正式に離婚したいです。
ケンイチ おい!
マサコ いや、なんかそんな空気だったんで。
ケンジ もう、わけわかんねえよ!
ケンイチ ばれたってどういうことや?
ケンジ も~~。
サエコ あ、それはね。あ、ケンジ、仕事変わったんですよ~。ばれちゃった??
ケンイチ は? おまえ、仕事してへんのちゃうんか!?
サエコ はえ!!
トウコ え? どういうこと?
マサコ もう、限界。
ケンジ ハハハ。
ケンイチ ケンジ!
ケンジ ハハハ! ペロ!
ケンイチ ペロがどうした! なんやおい!

ペロがやってくる。

ペロ シシシシシシ。
ケンジ おめえのせえか!
サエコ ちょっと、仕事してないん?!
ケンジ こいつのせいやねんて! こいつがさあ!
ケンイチ どないやねん! おまえ、結婚するんか? ちゅうか、ばれたてなんや!
マサコ もう、耐えられない、こんな家!
トウコ すっごい人はええのよ。人は! ね!
サエコ ケンジ! 仕事してないん?
ケンジ ハハ。嘘やん。仕事とか。
マサコ ……。
ケンイチ おい、聞いてんのか!
ケンジ だからな、子供できてんわ~。
ケンイチ は!?
サエコ すいません……。妊娠したんです。
ケンイチ はああ!? 妊娠!?
ケンジ 待て! 逃げるな!!!

ペロが、シシシシシと逃げる。
ケンジがそれを追って逃げる。

ケンイチ おい! まて! どういうことや!

と、ケンジの後を追いかけようとする。

マサコ ちょっと、話聞いて下さい! もう、こんなの限界! 逃げるわよ!
ケンイチ うるさい! それどこちゃう!

と、テレビのリモコンを蹴飛ばして行く。
マサコも後を追いかける。
テレビから、音が流れる。

トウコ ……はは。なんか、ごめん。
サエコ いや、なんか……。ん~? よくわかんない。
トウコ あいつ、駄目なやつやけど。ええやつだから。駄目なんやけどね。ええやつやけど。
サエコ はぁ。
トウコ うん。正直ね。私も、ケンジと結婚するんだろうなーって思ってたわ。
サエコ え?
トウコ 昔の話、昔の。ね。
サエコ 昔の……。
トウコ 私が結婚してあげなきゃ、って感じ?
サエコ ……。
トウコ ま、駄目なやつやけど。その、幸せには……無理かなあ? まさか仕事してなかったとはねぇ……。
サエコ あの……。どう思います? ケンジ。その、やっぱり、そんなに駄目なの?
トウコ ……はは。
サエコ ……。
トウコ うん。相当。
サエコ ……。
トウコ ごめんね。……帰るわ。
サエコ え?
トウコ ほんと、ごめんね。

トウコ、去る。
一人残されるサエコ。
そこへ、ペロが立って現れる。

ペロ ママー。
サエコ え?
ペロ ママー、だっこ。
サエコ なに?

ペロがサエコに甘えてくる。
サエコ、こわごわ、それを受け入れる。

ペロ ママ。私好き?
サエコ え? 誰?
ペロ 私はね~。ママの子供でしょ~。
サエコ はは。あ、あなた名前は?
ペロ 名前? まだないよ~。ママがまだつけてくれないも~ん。
サエコ ああ、そうやったね。
ペロ 私はね~、まだこのおなかの中にいるんだも~ん。
サエコ そう、そやったね。
ペロ かわいい名前がいいな~。メアリーとかね~。ジュリエットとか~。
サエコ そ、それはちょっと無理かな? 日本人やから。
ペロ ちぇ、つまんないの~~。ね~、私の事、好き~?
サエコ えーっと。その……。
ペロ 嫌いなの?
サエコ いや、違うよ。うん。好き。そう。好きやよ。
ペロ ほんとー。ママ大好きー。
サエコ あなた、ねえ。生まれたい?
ペロ ママからならいいよ~。
サエコ ホント?
ペロ ママは私産みたい?
サエコ え? ……。
ペロ どうしたの? ママ?
サエコ いや……。
ペロ ママは、私を産みたくないんだ。
サエコ ちゃう。ちゃうよ。ただ。
ペロ ただ?
サエコ ただ、産んでええんかって。だって。あなたは?
ペロ 言い訳でしょ~? 自信ないだけじゃないの~?
サエコ 自信……ないかも。
ペロ ようはさ~、私がかわいくないんだよ。やっぱり。
サエコ そんなんじゃ。
ペロ 絶対に、私が嫌いになるんだよ。うっとおしくなるね。もう絶対に。だって、生活ですら微妙じゃん? それがさ~、あんなパパじゃさ~。そりゃ不安になるのもわかるけどさ~。
サエコ ……。
ペロ じゃあ。私産むなよってさ~。も~、なんか余計残酷じゃん。幸せにする自信ないのに、簡単にセックスしてんじゃねえよ~ってなるよ~。
サエコ ……。
ペロ 私できたのってさ~。完璧に事故じゃん。も~、私は、飲酒運転かっちゅ~の~。
サエコ それは……。
ペロ はいはい。ごめんなさ~い。事故な娘で~。そりゃ愛せなくて正解です~。
サエコ うるさいよ!

サエコ、ペロの首に手をかける。

ペロ う~ん。やっぱそーなるよね~。遅かれ早かれ~。
サエコ ……。

サエコ、徐々に、手に力を入れる。

ペロ あんた達、いいカップルだわ~。幸せにはなるんじゃな~い?
サエコ うるさい!
ペロ シシシシシシ。

服が真っ赤に染まったケンジが現れる。
手にはラチェット。
ペロがだらりと手を下げた。

ケンジ 悪魔、やったったど~~~!

と、高々とラチェットをあげる。

サエコ ケンジ……。
ケンジ 結婚しょうか!
サエコ ……。
ケンジ なあ!
サエコ 無理。
ケンジ ええ~~。
サエコ いたたたた。

サエコがお腹を押さえてうづくまる。
呆然と動けないケンジ。
ペロが再び立ち上がる。
暗転。
再び懐中電灯の明かりがペロを取り囲む。

ペロ さて、この時、この町の拘置所では、少年が一人の中年と出会って喋っていた。中年のおっさんとは、この町なら誰もが知っている人物で、いわゆる汚職議員というやつである。愛人のために、町のお金を使い込むという悪のソナタで、すぐに発覚。少年のお隣さんとなった。そこで、二人はとりとめもない会話というか、おっさんが、少年に一方的に話しかけたのだが、おっさんの、一言が少年に深く突き刺さってしまう。「きみはきみのままでいい」という無責任な大人の言葉は、すでに少年には重すぎた。少年はその言葉から、自分のこれから先の人生を思って、初めて泣いた。

ペロが、犬として去る。
明転。
誰もいない……。
テレビが付いているようだ。
CMの音が流れている。
マサコが居間に座る。

テレビの声 今日は、喋るわんこちゃんが、スタジオに来て頂いてま~す。どうぞ~~!! さ、リリーちゃん。喋って?
ペロの声 マグドヴマイ。
テレビの声 まぐろうまいですって。すご~い!!

チャイムがなる。
マサコがテレビを消して、玄関に行く。
少しして、マサコについて、サエコがやってくる。

マサコ 別にチャイムなんかならさなくていいのに。
サエコ ああ。はい。
マサコ ま、座ってて。

サエコとマサコ、座る。
間。

サエコ あの……? ケンイチさんは?
マサコ ああ、あの人、家、出てってね。
サエコ え?
マサコ サエコさん、よびどしといてね。私にまかせるですって。ほんと。変な話よね~。あの人の家なのに、おまえがいやならオレが出て行くですって。でさ、ケンジ君まで失そうして、そしたら、私だけでしょ? 関係ない私だけが取り残されて、なんかこう、地縛霊にでもなった気分。
サエコ はは。
マサコ で、これ。はい、ケンイチさんから。

と、封筒を渡す。
サエコが受け取り、中を見ると、20万ほど入っているようだ。

サエコ !?
マサコ 治療費ですって。
サエコ そんな。
マサコ いや、それは当然でしょ?
サエコ はあ……。
マサコ それでね、来てもらったのには、もう一個あって。ケンジ君。見つけたわ。
サエコ え? ほんとですか?
マサコ 近くのほら、うずまきのある公園。
サエコ ああ。
マサコ あそこで、震えてた。一週間ずっとあそこにいたみたい。
サエコ はあ。
マサコ ホームレス中学生かっ!ってねえ。流行ってるの? まだ。
サエコ はあ。
マサコ ちょっと疲れてるみたいだけど、とりあえず、今は自分の部屋で寝てるけど。
サエコ そうですか。
マサコ どうする? 会ってく?
サエコ あ~……。どうしましょ?
マサコ どうしたいの?
サエコ 向こうはなんて?
マサコ それがね~。なんにもいわないのよ。
サエコ え?
マサコ 一応聞いたんだけどね。サエコさん来るけどって。でも、うんとも、すんとも。じ~っと見てね。見つけたときもね。何も言わずに、じ~っと私みてるのよ。
サエコ そうですか……。
マサコ それで、帰る?っていったら、うなずきもせずに、じ~っと。ま、ついてきたから、帰りたかったんだろうけど。
サエコ ……。
マサコ ま、頭はおかしくなってないとは思うんだけど。
サエコ はあ。

間。

マサコ 体はもう大丈夫なの?
サエコ ええ。もう。
マサコ 私の時はねえ。もう、ぎりぎりだったのよ。大変でそりゃ。
サエコ そ、そうなんですか?
マサコ そうよ。なんかもう、あそこまでいくとね。殺すって感じよ。ほんと。あそこにね、機械入れて。赤ちゃん殺すのよ。首絞めるみたいなの入れて。で、ほとんど産んでる感じで出すの。
サエコ はあ。
マサコ そりゃ、引くわよ。後。
サエコ そうなんですか。
マサコ むりやりよ。私は産みたかったんだもん。
サエコ ……じゃあ。なんで?
マサコ あれ? 聞いてないの?
サエコ え? なんで?
マサコ あの人、ケンイチさんが、絶対にだめだって。
サエコ なんで?
マサコ 恐かったんじゃない? もう一人自分と似たのが生まれるのが。
サエコ 何故~?
マサコ さ~? なんか、家族にかけられたのろいだとか、悪魔だとかいってたけど。なんかあれなんですって。悪魔が見えるようになるのろいがどうとかこうとか。ちょっとおかしいのよ。ここの家族全員。
サエコ はあ。
マサコ ま、確かにね。なんかこの家、なんかいるかもな~って感じはするけど。
サエコ ああ。
マサコ 分かる? あなたも。
サエコ いや、変な夢はみましたけど。
マサコ ああ、そう~。

後ろに、ケンジがゆらりと現れる。
ケンジは、黒いスーツに、手には、白い箱をもっている。

マサコ あ、ケンジ君。
サエコ あ。
マサコ どうしたの? スーツ着て。どっかいくの?
ケンジ ……。

ケンジは、なにをするでもなく、居間にもはいるわけでもなく、ただ、そこに立ちつくす。

マサコ 入ったら?
ケンジ ……。

ケンジ、動かない。

マサコ 私、台所の方行くから。話あるんでしょ?
ケンジ ……。

マサコ、立ち上がり、ケンジを押して、中に座らせ、

マサコ じゃ。

と、台所の方に行く。
長い沈黙。

サエコ 公園に……いたの?
ケンジ ……。

ケンジ、小さく頷く。

サエコ 仕事は?
ケンジ ……。

長い沈黙。

サエコ あの……。
ケンジ ……お金。
サエコ え?
ケンジ 払う。
サエコ あ、今、もらったから。
ケンジ ……誰から?
サエコ お兄さんから。
ケンジ ……。

ケンジ、サエコの持っている封筒をにらみ、そして、ぱっと奪う。

サエコ な、何?
ケンジ オレが払うから。銀行でおろしたら、15万はあると思う。足りない?
サエコ あ、うん。足りると思う。私も出すし。
ケンジ ……。
サエコ いや、二人の問題だから。
ケンジ ……。

長い沈黙。

サエコ その箱、何?
ケンジ ……ペロの骨。
サエコ ああ。
ケンジ これから、庭に埋めようと。
サエコ そう。
ケンジ ……。
サエコ 私も手伝っていい?
ケンジ ……

ケンジ、頷く。
そして、少しして、二人は立ち上がり、後ろに行く。
二人で、庭を掘って、骨を埋めているようだ。

サエコ あのさ。
ケンジ なに?
サエコ 来月、トーコさんの結婚式、行くの?

埋め終わったようだ。
ケンジ、首をふる。
ペロがさりげなく、居間にやってくる。
ペロはもう、犬ではないようだ。
サエコが、穴に砂をかける。
そのまま、うずくまったまま、動こうとしない。

ケンジ ……。

ケンジはその様子を見ている。
長い沈黙。
サエコが立ち上がる。

サエコ 仕事、しなよ。
ケンジ ……。

長い沈黙。

ケンジ お金。明日、持ってく。
サエコ あ、うん。

とても長い沈黙。

サエコ じゃ、帰るわ。
ケンジ あ、うん。
サエコ じゃ。
ケンジ うん。
サエコ バイバイ。
ケンジ さよなら。

サエコ、去る。
ケンジは、じっと骨を埋めた場所を見ている。
ペロが、やってきて、ケンジに空を見るように促す。

ケンジ ああ……虹か……。

空を眺めるケンジ。 (了)

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使用許可について

基本無料・使用許可不要。改訂改編自由。作者名は明記をお願いします。
上演に際しては、観に行きたいので連絡を貰えると嬉しいです。
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita

劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきはかりごと)


1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
深津篤史(岸田戯曲賞・読売演劇賞受賞)に師事。想流私塾にて、北村想氏に師事し、21期として卒業。
2010年に書きおろした、和歌山の偉人、嶋清一をモチーフとして描いた「白球止まらず、飛んで行く」は、好評を得て、その後2回に渡り再演を繰り返す。また、大阪で公演した「JOB」「ジオラマサイズの断末魔」は大阪演劇人の間でも好評を博した。
2014年劇作家協会主催短編フェスタにて「¥15869」が上演作品に選ばれ、絶賛される。
近年では、県外の東京や地方の劇団とも交流を広げ、和歌山県内にとどまらない活動を行っており、またワークショップも行い、若手の劇団のプロデュースを行うなど、後進の育成にも力を入れている

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