地方演劇を真面目に考える会 特別編 その1【大都市圏と非大都市圏の観客数の違い編】
概要
2021年に和歌山市のクラブゲートと、オンラインで開催した「地方演劇を真面目に考える会」の記録です。以下のHPにて、開催した動画のアーカイブ、アンケートデータや、インタビュー動画をご覧になれます。ぜひご覧ください。
大都市圏の演劇と非大都市圏の観客数はなぜ違うのか?
今回は、根本的な原因となっている演劇の観客数についてもう少し掘り下げていきたいと思います。「そもそも人口が違うから、文化規模が違うから」というなんとなくな理由でわかって気になっていましたが、ふと、じゃあ、人口比率に対して観劇数が違う理由はそれだけで説明できるのか? 場所が違うから演劇を観る人が少ないのにはそれなりに理由があるのではないか?と疑問が生じました。
そこで、観客数がなぜここまで違うのかの原因をきちんと分析して、どうすればそれを克服できるのか?を考えていきたいと思います。
演劇の観客数が違う原因は?
・人口
・経済規模
・文化規模
主にこの三つが挙げられると思います。経済規模・文化規模に関しては、詳細な数字を挙げるのが難しいので(やり方が分かる方教えてください)、感覚になってしまうのですが、人口に対しての観劇数の比率がかなり違う所の原因になっているのは間違いありません。(人口規模に対する劇団数・劇場数の比率データは上記のデータをご覧ください)
では、演劇と比較的近い表現である、「映画館」のデータを発見できたので、それと「演劇」を比較してみようと思います。
かなりダラダラとデータをいじっていて、読んでも面白くないかもしれませんので、最後の結論の「人口30万人のW市の理想的な演劇環境指数」まで読み飛ばしてもらってもいいと思います。
映画入場者数の各都道府県別の人口比率データ
コミュニティシネマセンターが出している、2015年の映画興行の状況というデータをもとに、抜き出してみました。
まずは代表的な大都市圏
続いて、比較的演劇環境な良い非大都市圏5県
最期に、比較的演劇環境が厳しい非大都市圏5県
これを見ると、スクリーン数、年間観客数は、大都市圏と非大都市圏では、一桁違う感じですが、1人当たりの年間映画鑑賞回数にならすと、1・5~2倍ぐらいの数値に落ち着きました。
もちろん、様々な条件が隠れているであろうデータなので、そのまま受け取るわけにはいけませんが、なんとなくスクリーン数が少ない非大都市圏では、映画館に行くのが難しい・見たい映画が上映されない人口も含まれていることを考えると、それほど大きな差が出ているわけではないのかもしれません。
次に演劇環境の良い県、悪い県を比べてみると1人当たりの年間映画鑑賞回数は、山形が突出しており、他はほぼ変わらないというデータのようです。演劇環境とは関係がなさそうです。
映画は商業ベースが基本なので、全国平均の、一人当たり年間映画鑑賞数の、1・4という数値は、参考になるデータかもしれません。
勿論、映画館にはいくけど、演劇は見ない、演劇は見るけど映画館はいかない。という層もかなりあると思われるので単純比較しても意味がないのですが、それ以外に当てにできるデータもないので、あくまで仮説として、大体の文化規模の差というのは、大都市圏と非大都市圏の比率が、大体、1.5~2倍程度のものだと考えられます。
後、一人当たりの年間の映画鑑賞数も必要そうなので、こちらからデータを参考にして、全国平均1・4回で計算してみます。東京は平均2として計算します。
ちなみに、大都市圏の方が数値がいいのは、何十、何百と見る映画ファンの存在が多いか少ないかだと思います。やはり大都市圏の方が、映画館の数が多く、上映される作品も多いので、一人で何個も見に行くという人の割合が多くなり、平均数を押し上げているのだと思います。
非大都市圏だと、そもそも上映本数が少ないので、その割合は必然的に減少するのだと思います。そこは演劇も同じというか、映画よりも演劇の公演数の数が少ないので、より顕著だと思います。
東京の演劇の観劇人口の実態とは?
おそらく、正確な数字を出すのは難しいのですが、映画と比較する為に、東京の観劇人口もざっくりと出してみようと思います。
以前に、観客数を考える所で、非大都市圏の演劇環境のいい所で、0.5%、悪い所で0.2%とざっくり出しました。
これを映画のデータと合わせてみると、映画の場合は、全国平均140% 大都市圏で約150% 非大都市圏で100% と考えると、ものスゴイ乖離した数値です。おおよそ、演劇の非大都市圏の観客数は、映画の大体200分の一程度だと考えれます。
これを逆に、先ほどの東京の2倍の計算で、すると東京の人口の1%ぐらいが、演劇人口となるので、約14万人。この数字はかなり少なすぎると思います。東京の世田谷パブリックシアターでは、2020年度の年間入場者数が約6万とありますので、全然実数とはかけ離れているのでしょう。この観劇人口では劇場も劇団も成り立たない。考え方を変えて、いろんなデータを探してみます。
東京都の行った、都内のホールで、利用目的に演劇が含まれるホール・文化会館だけで約460軒。
これに小劇場も加えるともっと増えると思います。もちろん、演劇利用だけではないのですが、これは、東京都内の映画館の数よりも遙かに多いです。
ただ、他に信用できそうなデータを見つけられなかったので、約460で計算に使ってみようと思います。
総務省の2016年の観劇人口データでは、東京の25歳以上演芸・演劇・舞踏鑑賞人口は約230万人。
東京都の人口の約17%になります。演劇だけのデータにするとかなり減少することになると思います。仮に3分の一だとしても、約6%。おそらく重複する人口もあると思いますので、仮に10%ぐらいはあるとして、計算に使ってみようと思います。
参考データとして、政府が調べたやや古そうなデータですが、日本の年間の入場者集が約1100万人。東京の上演回数の割合が、約66%なので、約726万人。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/contents/dai5/5siryou3.pdf
小劇場や小規模な公演は含まれていないので、かなり数字は跳ね上がりそうで、どのみち、正確な数字は出しようがないので、計算しやすい約750万人で概算を出してみようと思います。
下のページの方のデータでも、年間鑑賞回数は、5・8回とだしているので、多分、似たような回数になるのではないでしょうか。
これは、映画よりも一人当たりの年間鑑賞回数がかなり多い。
おそらく、映画は映画館で観るよりもネットやレンタルで見る層もいるでしょうし、演劇はそういう事がしづらく、劇場に足を運ぶ率が映画よりも圧倒的に多くなる数値になるのではないでしょうか。
東京都、非大都市圏の演劇環境規模の比較
人口100万人の県の表
もう、比較するのもいやな感じですが、とんでもない差があります。
映画の地域格差が、1.5~2だったのに対して、約11倍近くまではねあがっています。のべ観客数をかなりマシマシにしているので、実数はもっと厳しいと思います。
そう考えると、人口比率に対する、文化規模・経済規模は、大都市圏と非大都市圏では、かなり大きく、個人的感想としては、演劇と映画でここまで差がでるのかと驚きました。
なぜここまで観客数の違いが出ているのか?
結局なんでこんなことを考えたのかという事、これが知りたかったのですが、現在、ネット環境の整備が進んで、日本人の趣味趣向の多様性が進んで文化格差はかなり減ってきていると思います。演劇はかなりそこに乗り遅れてはいるのですが、その中で、潜在的な文化的嗜好性は、大都市圏と非大都市圏ではそこまで大きく違わないのではないか。人口に対する、演劇を嗜好する可能性のある割合はさほど変わらないのではないか?という仮説を立てていました。
もし、その仮説が合っているならデータ数の多い東京の数値を信用するならば、人口の10%程度の人が、演劇を鑑賞して面白いと思う可能性が高いのだと思います。つまり、非大都市圏でも、頑張って活動や宣伝をすれば、その数値に近い観客数を呼べる可能性があるという事です。
しかし、大雑把なデータとはいえ、どう高く見積もってもその数値よりも乖離しています。
まず、どう考えても観客数以外のデータ。劇場数・劇団数・公演数が大きく関わってきそうですが、映画の場合は比率で言うと、そこの数値は東京都さほど変わりありません。ただ、比率ではなく総数が違い過ぎるのかもしれません。そもそも、非大都市圏では、年間鑑賞数を増やしようがない、という所と、演劇にハマるきっかけとなる公演数が少なすぎるのが思い当たる原因です。
もし、演劇鑑賞人口と映画鑑賞人口が変わらないのであれば?
最期に、仮定として考えてみたいのが、上記でした演劇鑑賞人口と映画鑑賞人口が変わらないのでは?という仮説に基づいた考察をしてみます。
映画も、昔に比べれば劇的に状況が変化しており、特にコロナ禍以降は、ネットフリックスなどのサブスクリションの普及によって、映画館よりも家で見るという層がかなり増えてきていると考えられます。
そこで、もし仮に、人口に対するスクリーン数が同じ条件ならば、1.5~2倍という映画館での鑑賞人口は変わるのか?ということです。
1スクリーン当たりの平均数が、東京では約8万人、非大都市圏は約4万人と二倍の差がついているので、まず、前提として、ミニシアターなどの鑑賞人数が比較的少ない作品を上演する所の経営は考えない事とします。
で、まず、東京の数字を、人口100万人の倍率に変換してみます。
人口 100万人 スクリーン数 約25個 鑑賞人口 約200万人
が、大体の数値になります。
実際には、延べ人数なので、実数は少ないわけですが、東京の環境よりものべ100万人が少ない環境だとなります。
で、この差はなぜ生まれているかというと、スクリーン数は東京の数字とさほど変わらないので、映画館の数ではないようです。
また、1スクリーン当たりの公開本数もさほど違いがあるわけでもないようにみえます。ただ、実際には、非大都市圏が平均1000本に比べて、東京は平均1万本と、10倍の数値がついています。平均すれば同じでも、多様性の数が全然違います。
おそらくそこに鑑賞数の差が生まれているのだと思います。
演劇で言えば、映画館が劇場、そして、公開作品数は公演数となるでしょう。つまり、公演数の多様性が10倍の差があることが、観客数の差になっているのではないか?
ここからは、あくまで想像なのですが、もし仮に非大都市圏の演劇公演数を今の10倍にすれば、最初はそこまで観客数は伸びないとは思いますが、10倍とはいわずとも、かなり観客数は増加するのは間違いないでしょう。そして、公演数を増やすために、一劇団では無理があります。やはり劇団、演劇団体をかなり増やさないとその数値はよくなりようがありません。
あくまで映画の数値ではあるのですが、まだ演劇よりは非大都市圏でも商業的には成立しうると思いますので、この人口100万人の数値を以前に作った数値を踏まえつつ演劇に変換してみます。
A県の理想的な演劇環境
人口約100万人 劇場数 30個
年間のべ観客数 200万人 一劇団の平均年間観客数 約10000人
劇団数 200団体 1団体の平均公演数 3回 年間公演数600個
一公演の平均観客数 約3300人
ただ、ここで、劇団数200団体が、現実的ではなく、実際にこのレベルの演劇環境であれば、外部の団体のツアー公演や買取公演もかなり含まれると思うので、ざっくりと半分にしてみます。
A県の理想的な演劇環境
人口約100万人 劇場数 30個
地域の劇団公演の年間のべ観客数 100万人
地域の一劇団の平均年間観客数 約10000人
劇団数 100団体 1団体の平均公演数 3回 年間公演数300個
一公演の平均観客数 約3300人
大都市圏は確かにこれぐらいの数値はありそうな気がします。
では、これを非大都市圏の県庁所在地、人口30万人レベルにしてみます。少し計算しやすい数値に直しています。
人口30万人のW市の理想的な演劇環境指数
人口約30万人 劇場数 約9個
1劇場の地域の劇団の年間平均公演数 約17回
地域の劇団公演の年間のべ観客数 30万人
地域の一劇団の平均年間観客数 約6000人
劇団数 50団体 1団体の平均公演数 3回 年間公演数150公演
一公演の平均観客数 約2000人
この数字を高いとみるのか、低いとみるのか、理想はあくまで理想でしかないのですが、劇団数50団体は現実から見れば多いと感じますし、年間公演数150もおそらくないのではないかと思います。
ただ、理想の演劇環境とはなにか?を考える上では、一つの指数的な数字なのかなとは思います。
蛇足ではありますが、非大都市圏で、おそらく一番演劇環境がいいであろう岩手県のコリッチのデータを見てみようと思います。かなり休眠団体が含まれていたりするので、信用できるデータではないのはご了承ください。
岩手県(コリッチ登録データより参照)
人口約123万人 劇場数 約29個
コリッチ劇団数 54団体
コリッチの2018年の公演登録数46公演
公演数がやや少なく感じますが、それ以外のデータはおおむね良好であるようです。さすがですね。
最期に
軽い気持ちで始めたのですが、膨大なデータを調べて読み込んで計算してと、思いのほか大変な作業になりました。その割に正確性にかけるので、結論も何度も書き直す事になり、あげく、とてつもなく絶望的なデータがでてしんどい気持ちでこれを書く羽目になり、やらなきゃよかったなという気持ちでいっぱいです。
ただ、東京と比べてしまうとそうなるのはしょうがないとは思います。このデータをみて、地域の演劇環境に不満をもってしまうのは違うかなと思います。可能性としては、自分はまだ、映画のように潜在的に演劇にハマる嗜好を持っている人はかなり潜んでいると思います。そしてそのきっかけをつくれていない。そういう演劇環境を作れていないのだと思います。
良い状況にできなかった責任の一端は自分にもあるので、悲しい事ではありますが、これを読むような奇特な方は、演劇の良さが十分に知っている方でしょう。そして、どうすれば演劇を広められるかを考えている方達だと思います。これはあくまで概算で正確ではないですが、理想の演劇環境は作れなくはないと思います。諦めてしまうのは簡単ですが、一歩つづ、演劇を求めているはずなのに、届いていない人がいるのだと思うと、やっていかないとなと思うのです。
つづきます。
特別編 その2はコチラ
劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきはかりごと)
1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita
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