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【短編朗読劇台本】アスファルト

アスファルト
作 松永 恭昭謀

登場人物


 語り
 モグラ
 女
 犬
 フクロウ
 

語り モグラはとても腹を立てていました。鼻がもげるような嫌なにおい、頭にゴンゴンと響く機械の騒音、それに体をじりじりと焼く熱。それは地面の上で人間がアスファルトを敷いていたのでした。いくら鳴いても喚いても、工事は止まるわけがありません。モグラは穴の端の方に横たわる女を蹴り飛ばしに行くことにしました。

女 お久しぶり。
モグラ やっぱりまだいた。
女 ええ、私はもう動けないから。
モグラ 動けないなんて、なんてかわいそうな奴なんだ。
女 同情してくれるのね、ありがとう。
モグラ 同情なんかするもんか。だってボクはお前を蹴りに来たんだ。
女 蹴る? 私を?
モグラ そうだ、お前を蹴るんだ。
女 なぜ蹴るの?
モグラ なぜ。
女 ええ、蹴る理由。
モグラ 蹴る理由。そんなのいるのか。
女 そうよ。誰だって蹴られたくない。でも、蹴られてもしょうがないという時もあるかもしれない。もしかしたら私はモグラさんに蹴られても仕方がないことをしたのかもしれない。でもそれならその理由をしりたい。だってそれが分かったら反省してあなたに謝って仲良くなれるかもしれないでしょう。
モグラ 仲良くなんかしたくない。だって仲良くなってしまったら蹴れないじゃないか。
女 じゃあますます仲良くなりたい。ねえ、あなたの名前を教えて。
モグラ 名前?
女 そう、名前を聞くのがマナーなの。そうやって知り合いになって、ゆっくりと会話をして仲良くなっていくの。
モグラ 名前なんてない。
女 あら、ごめんなさい。モグラには名前がないのね。
モグラ モグラはモグラだ。馬鹿な人間みたいに自分に名前なんかつけやしない。モグラはモグラ。モグラとしてモグラなんだからモグラなんだ。ボクと父さんと母さんそれにお兄さんにお姉さん。それ以外に呼ぶ必要がないんだからね。名前なんて必要ない。
女 そうなのね、必要ないのなら名前を付ける意味はないのかもしれない。けど私には名前が必要なの。だってあなたと別のモグラの区別がつかないもの。もしこれから蹴られたら、私はあなたを恨まないといけない。けど名前がないと、どのモグラかわからなくなってしまうもの。もし別のモグラに恨み言を言ってしまったら申し訳がないでしょう。
モグラ 確かにそうだ。人間はなんて馬鹿なんだろう。じゃあ、お前の名前はなんて言うんだ。
女 私の名前?
モグラ お前は名前を持っているんだろう。
女 名前をしってどうするの。
モグラ どうするって、名前が必要だって言ったろ。
女 けど、それじゃあ仲良くなってしまうじゃない。
モグラ それは困る。蹴れなくなる。
女 そうしたい。でも名前は教えたくても教えられない。
モグラ なんでだよ。人間は名前を持っているんだろう。嫌な奴だ。やっぱり蹴ってしまおう。
女 忘れたの。
モグラ 忘れた。
女 だってもう誰も私の名前を呼んでくれない。私も私の名前を覚えていない。私の名前を知っている人も、もういない。
モグラ なぜ?
女 だって私はもう死んでいるんだもの。もうどれほどか数えても数えても分からないほどこうやって土の中に埋まっている。話し相手はこうやって時々やってくるモグラさんや、土の中の小さな虫たちだけ。私は一人ぼっち。とてもさみしいの。
モグラ なぜ一人ぼっちだと、さみしいんだ?
女 誰だって一人ぼっちはさみしいの。友だちと遊んだり、おしゃべりしたら楽しいもの。家族と一緒に温かいお家で美味しいご飯を食べるの。けど私はもうそれができない。死んでしまったらそれができない。
モグラ かわいそうなやつだ。
女 やっぱり同情してくれるのね。ありがとう。
モグラ 別に同情なんかしてない。もう蹴ってもいいかい?
女 ダメ。そんなことよりも、おしゃべりしましょう。そうだ、あなたの家族の話を聞かせてちょうだい。あなたにだって家族はいるでしょう。
モグラ 家族。そんなのいない。
女 あなたにだってお父さんや、お母さん、お兄さんやお姉さんだっているでしょう。
モグラ 母さんはボクが大きくなる前に、犬に食べられちゃった。兄弟は地面に出たときにフクロウに捕まって連れてかれた。
女 それはかわいそう。そしたら、お父さんは?
モグラ 父さんは、
女 お父さんはどうしたの。
モグラ 父さんは旅に出た。
女 旅にでたの?
モグラ 食べるものがなくなって、どうしようもなくなったんで、ぴかぴか光るでっかいでっかいミミズを探しに旅に出た。それからまだ帰ってきてない。
女 もうどれほど帰ってきてないの。
モグラ 数えても数えてもわからないぐらい。
女 私と一緒ね。一人じゃさみしいでしょう。
モグラ さみしい? 死んでるくせになんてうるさい奴なんだ。やっぱり蹴ろう。もう蹴るよ。
女 お願い、蹴らないで。私たちはもうお友達でしょう?
モグラ 友達?
女 私があなたに名前を付けてあげる。これからは、私はあなたをその名前で呼ぶの。それでもう友達に間違いない。その代り、あなたも私に新しい名前をつけてちょうだい。とってもかわいいのがいい。
モグラ 名前なんていらないっていってるだろう。腹が立つ。もう蹴るったら蹴る。
女 あんまりよ、あんまりよ。
モグラ うるさい、うるさい。蹴るったら蹴る。

語り モグラが女をポカンと蹴り飛ばしました。すると暗い地面の中が大きく揺れました。そして、モグラがやってきたトンネルが崩れて埋まってしまいました。

女 ひどいひどい。蹴るだなんて。私はなんにもしてないのに。
モグラ どうしよう。トンネルが崩れてしまった。どうしよう。
女 そんなのどうでもいい。私は友達じゃないんでしょう。知らない。きっとあなたが私を蹴るから、悪いことをしたバチがあたったんだ。
モグラ 謝る、謝るよ。ごめんなさい。だから、なんとかしてくれよ。これじゃあ家まで帰れない。
女 それはかわいそう。でも私は友達じゃないんだから、そんなの関係ない。
モグラ 分ったよ。友達になればいいんだろう? 名前を付けてもいいよ。ボクも名前を考えるから、なんとかしておくれよ。人間は頭がいいんだから、トンネルを元に戻す方法を教えてくれよ。
女 本当に名前を考えてくれるの? 本当に友達になってくれるの?
モグラ 分かったよ。なんでもするから家に帰る方法を教えてくれよ。
女 嬉しい。嬉しい。あなたの名前、なんにしよう。
モグラ なんでもいいよ。これじゃあボクは家に帰れない。
女 それじゃあ、ずっとここにいておしゃべりすればいいじゃない。
モグラ それじゃあ困るんだ。父さんが家に帰ってくるかもしれない。そんなのボクは困るんだ。
女 あらあら、やっぱりさみしくなったのね。やっぱり私と一緒じゃない。
モグラ なんでそんな意地悪をいうんだ。やっぱり人間はキライだ。うるさいし、いじわるだ。人間はモグラの敵なんだ。犬やフクロウなんかよりもよっぽど悪い動物なんだ。母さんがよく言ってた。ボクはそれを覚えてる。
女 ごめんなさい。謝るからゆるして。意地悪を言ったんじゃないのよ。私もあなたがどうやったら家に帰れるか、わからないの。
モグラ なんだ、人間のクセにわからないのか。
女 きっと地面の工事をしてるから、その振動でここいらの地面が崩れたの。だから、どこも穴はふさがってるかもしれない。
モグラ そんな、酷い。このトンネルはボクだけのものじゃないんだ。ボクの父さんやおじいさん、その父さんにおじいさん、その父さんにおじいさん、その父さんにおじいさんって、たくさんのそうそうたるモグラによる作品なんだ。
女 それはかわいそう。同情しちゃう。
モグラ 同情なんかしなくていい。なんで人間はそんな工事をするんだ。鼻がもげるような嫌な臭いがするし、頭にゴンゴンと響く音がするし、それに体をじりじりと焼く熱いだけで、意味が分からない。人間はトンネルの素晴らしさが分からないバカなのか。
女 それは道路を作っているの。
モグラ 道路?
女 そう。車が走るために道路をつくっているの。その道路を作るためには、地面を固くするために上からドンドンと叩いて、アスファルトっていう固い物をしいて、地面を固くするの。
モグラ 意味が分からない。地面もほれない人間はバカなんだ。ああ、蹴りたい。人間を蹴りたい。
女 ごめんなさい。私でよければいくらでも蹴ってもいいの。あなたがそれで気分がよくなるなら。
モグラ いい。もうお前は蹴らない。
女 そうなの? ありがとう。
モグラ さっき蹴ったら、なんか嫌な気分になった。
女 ありがとう。やっぱり私達は友達なのね。申し訳ないけど、モグラさんのトンネルをどうしたら元に戻せるかはわからない。けど、一ついい考えがある。
モグラ なんだい、教えてくれよ。
女 あなたも旅に出ればいい。
モグラ 旅?
女 そうすれば、お父さんが帰ってきて家がなくなっていても、あなたが会いに行けばお父さんに会えるでしょう?
モグラ なるほど。確かにその通りだ。
女 それに旅をすれば知らない場所を楽しめる。
モグラ 知らない場所を楽しむ?
女 知らない場所で、いろんな楽しいを楽しむの。そうして、新しい事や出来事にドキドキしたり感動するの。そうして楽しい想いや嬉しい想いを沢山経験するの。
モグラ それがなんの意味があるんだろう。
女 それはとても大事な事。だって私にはもう明日が来ない。私にあるのは遠い昔だけ。未来を作るのはあなたなんだから。
モグラ ボクは旅に出る。
女 いってらっしゃい、モグラさん。そしてお父さんにあったら、またここへ戻ってきてね。それまでにあなたの名前を沢山考えておくの。その中から、一番気に入った名前を選んでちょうだい。
モグラ ボクは旅に出る。


語り モグラはなぜ体が熱く、息は早くなっているのか分かりませんでした。何度も外に出たことはあったのですが、それはトンネルのいらない土を外に出すためで、外を旅に出ることなど考えたこともありませんでした。さて、モグラがようやく地面から顔を出すと、そこにぬっと大きな影が覆いました。それは舌をだらりと垂れた年老いた犬でした。モグラは初めて見た大きな動物に体が動かなくなってしまいました。

犬 ああ、君はモグラだね。モグラなんて今時じゃ珍しい。昔はよくいたもんだ。
モグラ 何だお前は、舌をダラダラたらしてだらしないやつだ。
犬 生意気なモグラだな。お前は犬を知らないのかい。
モグラ あなたは犬なんですか?
犬 そうだよ。昔はワンとほえりゃ、悪ガキや泥棒も足がすくんで動けない、堂々とした番犬だったもんだ。
モグラ 犬って、土を掘ってモグラを食べるあの犬の事?
犬 モグラなんぞ食べたくないね。モグラなんてばい菌だらけのばっちいのをたべたらお腹を壊しちまう。
モグラ そうです。ボクを食べたらお腹を壊すかもしれません。だから食べないほうがいいと思います。
犬 そんな物食べなくても、まってりゃ人間のご主人様が餌を持ってきてくれるからね。
モグラ 人間がエサを持ってきてくれるの?
犬 そうだよ。私は生まれたときからこの家でご主人様と暮らしているんだよ。
モグラ けど人間は、地面をドンドンするし、地面を固い岩で塞いだりするやつらですよ。
犬 そりゃ人間にも色んなやつがいる。犬にイタズラする人間もいりゃ、頭をなでてくれる人間もいりゃ、餌をくれる人間もいる。モグラにもいいモグラもいりゃ悪いモグラもいるだろう。
モグラ モグラはモグラですよ。人間はボクの大事な大事な地面の中のお家を自分たちの為に崩したんです。ボクは人間は嫌いです。
犬 そりゃ人間からしたら、モグラもキライだろう。モグラからすりゃ、いい事でも人間にとっては悪い事っていうのがあるんだよ。
モグラ ボクはただ穴を掘っただけですよ。
犬 そうかい。ほら、お前が出てきた穴を見てみろ、お花達がぐちゃぐちゃになってしまっている。
モグラ 本当だ。花が倒れてしまっている。
犬 それはご主人様が植えた大事な大事なお花なんだよ。悪いモグラなら食べなくても噛み殺さなきゃならない。それぐらいの力はまだあるんだ。
モグラ お願いです。お願いです。噛み殺さないでください。ボクはただ土から出てきただけなんです。別にボクは悪いことをしようと思っていたんじゃないんです。ボクはそんなこと知らなかったんです。
犬 悪い奴は自分のことは悪いとはいわないもんだ。ニコニコしながら近づいてきて、イタズラする悪い人間もいるんだ。
モグラ 本当です。ボクは悪いモグラじゃありません。ボクはこれから旅に出るんです。お父さんがぴかぴか光るでっかいでっかいミミズを探しに出たのですが、帰らなかったのです。そして、家で帰ってくるのを待っていたのですが、家が人間の工事のせいで崩れてしまったのです。それでボクはお父さんを探す旅に出る所なのです。
犬 ぴかぴか光るでっかいでっかいミミズなんているのかい?
モグラ お父さんが嘘をつくわけがない。モグラの中ではちょっとした有名な話なんです。ボクの父さんの父さんの父さんの父さんのお母さんの兄弟の息子のお父さんの兄弟が見たって言うんです。
犬 それはどこにいるんだい?
モグラ ボクの父さんの父さんの父さんの父さんのお母さんの兄弟の息子のお父さんの兄弟がいうには、地面から外に出て、太陽が沈むトンガリ山の頂上から見ると地面をぴかぴかと光りながらでっかいでっかいミミズが這いまわっていたというのです。
犬 トンガリ山なら良く知っている。むかしむかしはご主人様とよく遊びまわったもんだ。けど、そんなぴかぴか光るでっかいでっかいミミズなんて見たことがない。
モグラ けど犬さんはミミズに興味がないでしょう? モグラならきっと見つけられる。
犬 確かにミミズなんかどうでもいい。
モグラ お父さんは数えても数えてわからないぐらい帰ってきません。もう見つけて帰ってきてる途中かもしれない。
犬 そんな嘘をつくのはやっぱり悪いモグラだ。やっぱり噛み殺してしまおう。
モグラ やめて、やめて。

語り 犬がゆっくりと追いかけながら、ワンワンと吠えるので、モグラは走り回って逃げ出しました。そして、小さな庭の隅っこまでくると、もう逃げる場所はありません。犬がとびかかろうとしてきました。ああ、これで食べられてしまうのか。とモグラがぎゅっと目をつむると、犬の「ギャッ」という悲鳴が聞こえました。モグラがゆっくりと目を開けると、犬小屋からピンとのびた鎖が、犬の首輪をひっぱって犬は苦しそうにしていました。そして、犬はキャンキャンと泣き出してしまいました。

モグラ どうして泣いてるの?
犬 うるさい。
モグラ 動けないの?
犬 おまえなんかどっかいっちまえ。
モグラ 鎖で繋がれているの?
犬 見ればわかるだろう。
モグラ なんだなんだ、びっくりさせやがって。犬なんて怖くないんだ。
犬 ふん、好きにすればいい。どうせお前みたいな悪いモグラは人間に見つかって踏み潰されてしまうんだ。きっとお前の父親も車に轢かれてペッシャンコになってしまったんだ。
モグラ 父さんがペッシャンコなんかになるもんか。
犬 犬も知らないお前は知らないだろうが、ここいらの道路は車がビュンビュン走り回っているんだ。お前みたいなお馬鹿なモグラなんかが、ちんたら道路を歩いていたら、あっという間にペッシャンコにされてしまう。
モグラ また車か、人間はなんでそんな物に乗るんだろう。
犬 人間は犬みたいに脚を四つもってないからな、二つ脚で奇妙な歩き方をする。だから、四つ脚の車に乗るんだろう。
モグラ なるほど、人間はかわいそうなんだな。
犬 かわいそうだが仕方がない。車は変な臭いを出しながら、すごいスピードで走り抜けていく。
モグラ 意味が分からない。地面も掘らずに、臭いにおいをだして遠くに行くなんて、バカなんだ。
犬 遠くまで行って餌や遊び道具をどこかから獲ってくるんだ。
モグラ それはそんなに遠くまでいけるのかい? そしたら、ぴかぴか光るでっかいでっかいミミズの所までいけるんだろうか。
犬 バカなやつだ。モグラが車に乗れる訳がない。モグラどころか、犬だってひかれて死んでしまう。それどころか、人間だってひいてしまう、怖い怖いもんなんだぞ。
モグラ 車が人間を殺すの?
犬 私のご主人様も、車にひかれて動けなくなってしまった。私がこんな鎖にさえつながれてなけりゃ、あんなでっかいだけの動く箱なんかに負けやしないのに。この四つの足で、ご主人様を乗せてどこまでもつれていってあげるのに。むかしむかしご主人様と一緒に遊んだとんがり山の森にだって連れて行ってあげるのに。
モグラ 分かった。じゃあお前の名前を教えてくれよ。
犬 私の名前?
モグラ そう。そしたらボクたちは友達だ。そうしたら、ボクがその首輪を外してあげよう。そしたら、ボクをトンガリ山まで連れてってくれるかい。
犬 このうっとおしい鎖を外してくれるというのかい。いいだろういいだろう。お前を山の上まで連れてってやろう。もうしばらく走り回っていないけど、まだまだこの足は、あんな臭いにおいを吐き出す車なんかよりも、力強く走り回れるんだ。お前一匹のせて、トンガリ山の上に行くなんてあっという間だ。
モグラ トンガリ山へ行く途中でお腹がペコペコになっても、友達であるボクを食べちゃだめなんだぞ。
犬 当たり前だ。お前なんかを食べるわけがない。この鎖を外してもらえれば、いつでもご主人様の所へ行って、たっぷり餌を貰えるんだ。
モグラ 分かった。ボクがその首輪を取ってあげよう。途中でワンと吠えたらダメだよ。お前の声は大きくてボクはびっくりして気絶してしまうかもしれない。
犬 よし、静かにしているから首輪を外しておくれ。
モグラ よし、じゃあお前の名前を教えておくれ。

語り 犬は自分の名前をモグラに教えてあげました。モグラが噛むと古い首輪は簡単に外れました。そうして約束通りに、犬はモグラを乗せてトンガリ山へ向かってぐんぐんぐんぐん思うがままに走っていきます。体がバネのようにぐっと縮んではビヨンビヨンとのびていきます。ヒザもヒジもギシギシと痛みを感じましたが、それでも犬は嬉しくて嬉しくて思う存分声を出しながら走るのをやめませんでした。


語り さて、その頃モグラは空を飛んでいました。さっきまで必死に犬に掴みかかっていましたが、犬が徐々にスピードをあげていくので、土の中をえっちらおっちら歩いた事ぐらいしかないモグラは、あまりの速さにくらくらして、大きな犬の鳴き声に頭がチカチカして、気づいたら、地面が頭の上に、空が脚の下にありました。

モグラ ああ、空が真っ赤に焼けている。ボクは死んでしまったんだろうか。やっぱり犬のやつ、ボクを食べてしまったのだろうか。
フクロウ 違うよ。あれは夕焼けだよ。
モグラ 何だお前は、ひっくりかえってバサバサと変な奴だ。
フクロウ ひっくり返ってるのはお前の方だ。お前は今、空を飛んでるんだよ。
モグラ 空を? 本当だ、ボクは空を飛んでいる。いつの間に空を飛べるようになったんだろう。
フクロウ お前が飛んでるんじゃない。私がお前を持って空を飛んでいるんだ。なんてバカなネズミだろう。
モグラ ボクはネズミなんかじゃない。土の中の王様、モグラなんだ。
フクロウ そうか、モグラは食べたことがない。ネズミよりも泥臭くて美味しくはなさそうだ。
モグラ あなたは誰ですか。
フクロウ フクロウだよ。
モグラ フクロウって、空からびゅっと飛んできて、鋭い爪で捕まえてモグラを食べるあのフクロウですか。
フクロウ そうだよ。大きな目で地上の小さな獲物も、この爪で一つかみ。森の賢者と言われるフクロウだよ。
モグラ ボクはきっと美味しくありません。それよりもコロコロと太ったネズミを獲って食べてはいかがでしょう。
フクロウ 私だってコロコロと太ったネズミを見つけられればどんなに嬉しいだろう。だけど最近はネズミすら見つけるのが大変になってしまった。
モグラ お願いします。離してください。ボクはこれから旅に出るんです。お父さんがぴかぴか光るでっかいでっかいミミズを探しに出たのですが、帰らなかったのです。そして家で帰ってくるのを待っていたのですが、家が人間の工事によって崩れてしまったのです。それでボクはお父さんを探す旅をしているのです。
フクロウ ぴかぴか光るでっかいでっかいミミズだって? そんな美味しそうなミミズがいるのかい。
モグラ ボクの父さんの父さんの父さんの父さんのお母さんの兄弟の息子のお父さんの兄弟がいうんですから、間違いありません。
フクロウ 私はこうやって毎日空を飛んで地上を眺めているが、そんなぴかぴか光るでっかいでっかいミミズなんて見たことはない。
モグラ そんなはずない。あなたは目がわるいんじゃないか。
フクロウ おいおい、フクロウに目が悪いとは、見当違いもはなはだしい。夜を見通す目を持った私に見えないものはないんだよ。土の中ばかりで、ろくに目が見えないモグラなんかよりもよっぽど遠くまで見渡せるんだ。
モグラ 目が良くても耳が良くてもなんでも知ってることにはならないでしょう? ミミズの事はモグラの方が詳しいんです。
フクロウ 確かに土の中のミミズについては、モグラの方が知っているかもしれないな。
モグラ そうです。ぴかぴか光るでっかいでっかいミミズのいる場所を教えて差し上げます。なので、ボクを食べるのはやめてもらえませんか。
フクロウ もしその話が本当なら、もちろん食べるのはやめてやろう。けど、もしそれが嘘なら、覚悟するんだな。
モグラ いいでしょう。犬さんに教えてもらったトンガリ山の場所をボクはしっています。そこにはぴかぴか光るでっかいでっかいミミズやコロコロ太ったネズミも沢山いる巣穴もあることでしょう。あの太陽の方へ向かっていくと、大きな煙突のある工場が見えてきます。そこへずっと延びる川沿いに登っていくと大きな森のあるトンガリ山があるんです。

語り 赤く燃える山の端(は)もゆったりと消えていきます。ぽつぽつと街が光り始めました。夜を見通すフクロウの目には、その光は突きささる。街を超えて、川を越えて遠くに見える山脈の方へと翼を向けました。

モグラ 暗くてよく見えなくなってきた。この川を超えたところにトンガった山が見えてくるはずです。
フクロウ 安心したらいい。私の目は月の明かりさえあればどこまでも遠く見ることができるんだ。ぴかぴか光るミミズなら見逃すなんてありえない。たしかにここがお前の言っていた山があった場所だ。
モグラ ぴかぴか光るミミズはいますか? そこにモグラが一匹いませんか?
フクロウ 残念だが君を食べなければならないな。
モグラ どうしてですか。今はミミズがいなくても、きっとそこにあなたが安心して眠ることのできる大きな木もあるでしょう。コロコロ太ったネズミも沢山いる巣穴もきっとありますよ。
フクロウ 私の目には、森も山も見えないんだよ。
モグラ やっぱり目が悪いんじゃないか。
フクロウ 違う。森も山もないんだよ。
モグラ ない? どういうことですか。
フクロウ ここの事は私はよく知っている。目をつむれば、安心して眠ることのできた大きな木も、餌がたくさんいたネズミの巣穴も、兄弟たちの鳴き声も聞こえてくる。けど、目を開けてしまうともうそこには、あの森はない。大きな怪物がやってきて壊してしまった。
モグラ 大きな怪物?
フクロウ 大きな大きな怪物がガンガン言いながら木をなぎ倒し、土を削り、鼻がもげるような嫌な臭いをさせる固い岩で柔らかい土を覆って、大きな建物をドンドンと建ててしまった。私はここで産まれたんだよ。けどこの森から木はなくなり、山は削られてもうとっくに無くなってしまった。私達が住む場所はとうとうなくなってしまった。
モグラ そんな怪物、やっつければいいのに。
フクロウ それは無理だ。人間があやつっているんだから。あいつらは森の賢者よりも賢くて悪い。だからフクロウなんてあっという間に捕まえられてしまう。
モグラ ああ、人間はなんでそんなことをするんだろう。森がなけりゃ動物達が暮らす場所がなくなってしまう。土を変な岩で覆ってしまっては、植物が成長できない。
フクロウ 人間は目が悪いんだよ。我々のように、はるか遠くまで見ることができない。だから、自分たちがなにをしているのかきっと見えてないんだろうな。
モグラ モグラだって目があまり見えないというのに、それでも山を削ってしまうなんてバカなことはしない。
フクロウ それに人間は翼を持っていないから、飛び回ることもできやしない。だから変な臭いのする転がる車という箱に乗って移動する。その為に、岩で地面を平べったく固くしてしまった。おかげで木の実や果実をつける植物たちが成長できなくなってしまった。
モグラ ああ、人間はなんてバカなんだろう。食べ物がなけりゃどんなに早く動けても意味がないっていうのに。
フクロウ さあ、おしゃべりはもう十分だ。太陽が落ちて暗くなる。これからは私たちの時間だ。人間がいない場所を探して飛んでいかないといけない。
モグラ ああ、ボクはもう助からないのか。
フクロウ お前の命は私の中で、生き続けるんだよ。
モグラ ああ、なぜボクは安全な土の中で、ぬくぬくと眠っていないんだろう。これは夢だといいのに。

語り 夜のとばりがおり、フクロウは再び川を街の方へ向かっていきます。川には大きな橋がかかっていて、隣町までつづく長い道路がのびていました。土の中になれたモグラの目にはほとんどなにもみえなかったのですが、うっすらとまばゆく輝く光の筋がうねうねと見えてきた。

モグラ ミミズだ。ミミズだ。
フクロウ おい、やめろやめろ。そんなに暴れるな。落ちてしまうぞ。
モグラ ああ、ぴかぴか光るでっかいでっかいミミズがうねうねうねうねのたくっている。
フクロウ あれはミミズなんかじゃないよ。
モグラ そんなわけない、あんなに長くてでっかいミミズがぴかぴか光ってのたくってるじゃないか。
フクロウ 私の目は夜でも遠くまでよく見えるんだ。あれが人間の乗る車という箱だ。ギラギラと照らして、ゴーゴーと音をさせて、夜の引き裂く人間の乗り物だ。
モグラ そんなわけがない、車は転がる箱だ、あんなにピカピカ光らない。
フクロウ あれは車が光ってるんだ。人間は目が悪いから、車が光って夜を引き裂いているんだ。
モグラ 車はあんなにうねうね長くないじゃないか。
フクロウ あれは車がいくつもいくつも繋がっているんだ。沢山の車が道路を走っているのが目の悪いお前には一つの光に見えてるんだろう。
モグラ フクロウさんは、目がいいかもしれない。けど大事なものが見えてないんだろう。モグラはあまり目が良くないけど、それでも大事なことは分かるんだ。あれは伝説のぴかぴか光るでっかいでっかいミミズなんだ。やっとボクは見つけたんだ。ぴかぴか光るでっかいでっかいミミズを見つけたんだ。

語り モグラがあまりに騒ぐので、フクロウはモグラを落としてしまいました。フクロウは慌ててモグラを探して見つけましたが、がっかりしてゆっくりと休める場所を探すことにしました。そしてまた明日も、食料と休む場所を探して飛び続けなければならないのでしょう。けれども、どこまで飛んでも飛んでも、道路と人間がいない場所を見つけることができなかったのです。


語り その頃、犬はびっくりしていました。森の場所へ着くと、そこには大きなショッピングモールが建っていました。もしかしたら自分が間違ったのかもしれない。そう思いましたが、近くを走る川の音と、嗅ぎ覚えのある学校や病院の臭いが、間違いなくここだと教えてくれました。むかしむかし、ご主人と駆け回った森の木陰も、噴水で人間の子供が楽しそうにはしゃぐ広場になっていました。大事な大事なタオルを埋めていた土も冷たいコンクリートに覆われていました。
 犬がとぼとぼと帰り途を歩いていると、覚えのあるニオイに出くわしました。それは先ほどまで探していたモグラでした。しかし、いくら話しかけてもモグラはもう動きませんでした。しかたがないので、犬はモグラを口にくわえて、家まで連れて帰りました。そして、モグラが掘ってきた穴へ入れて、土をかぶせて埋めてあげました。そうして、犬は久しぶりに走り回って疲れ果てたので、犬小屋で眠りにつきました。
 その頃、女の死体はモグラの名前を考えていました。そこへモグラが穴から落ちてきました。女はモグラに話しかけましたが、モグラはもう答えませんでした。それでも女とモグラは沢山おしゃべりをしました。お互いの名前を何にするか。いくらでも時間があったので、女はたくさん、モグラの名前を考えることができました。
 おわり

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コチラをご利用ください

使用許可について

基本無料・使用許可不要。改訂改編自由。作者名は明記をお願いします。
上演に際しては、観に行きたいので連絡を貰えると嬉しいです。
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita

劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきはかりごと)


1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
深津篤史(岸田戯曲賞・読売演劇賞受賞)に師事。想流私塾にて、北村想氏に師事し、21期として卒業。
2010年に書きおろした、和歌山の偉人、嶋清一をモチーフとして描いた「白球止まらず、飛んで行く」は、好評を得て、その後2回に渡り再演を繰り返す。また、大阪で公演した「JOB」「ジオラマサイズの断末魔」は大阪演劇人の間でも好評を博した。
2014年劇作家協会主催短編フェスタにて「¥15869」が上演作品に選ばれ、絶賛される。
近年では、県外の東京や地方の劇団とも交流を広げ、和歌山県内にとどまらない活動を行っており、またワークショップも行い、若手の劇団のプロデュースを行うなど、後進の育成にも力を入れている

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