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【中編戯曲】Mary Sue 

Mary Sue 

登場人物
山本A 男
山本B 男

メアリー 女

季節 秋の終わり、冬の始まり。

舞台は二か所に分かれており、舞台A・舞台Bと表記する。

舞台Aに明かりが入ると、男(山本A)が立って、スマホを見ている。

山本A 行くはずもない同窓会のお知らせが届いた。ハガキを掘り投げた後、ふと、まだ覚えてる同級生の名前を検索してみる。SNSで一人見つかるとその友達の友達をぽちぽちサーフィン。懐かしい顔。わー、あいつ、恥ずかしいアイコンだしてんな。うえ~、かいてることも恥ずい恥ずい。えー、あの子結婚したんだ。げ、子供生まれてる。わーーー。せつねい。うげ、こいつ出世してる。むかつく。で、適当にサーフィンしてたら、ボクがいた。十年前のボク。ボクの知らないボクの話。

舞台Aの少し離れたところで、女が一人、スマホを見ている。

女 10年前、学校の旧校舎の片隅にぽつんとある、古びた図書室の屋上。そこは私と山本くんだけの秘密の場所。制服をずぶぬれにされた私は、授業に出ずにそこに隠れることにした。コンコンコンと硬い階段を登ると、さびたドアがある。いつも鍵が閉まっているんだけど、ドアがガタガタなんで、ドアごとえいっと左右にふると鍵が外れてしまう。今日は先に山本くんがいた。

山本A メアリーっていうアカウントに書かれている文章にでてくるこの山本って……10年前のオレじゃん?

舞台A暗転。

舞台B 明転。
舞台Bに学生服姿の男(山本B)がいる。
セーラー服の女(メアリー)登場。

女 給水塔の上から、ぼろぼろの学生服で、彼は私を見て、ニッと笑う。

山本Bの横に、メアリー、座る。

山本B ずぶ濡れだね。
メアリー 山本君も傷だらけだね。
山本B 階段でこけたー。
メアリー 水溜りでこけちゃったー。
山本B はは。
メアリー ふふ。危ないよ、そんな所登ったら。
山本B 大丈夫大丈夫。
メアリー あ、血出てる。
山本B あはは。本当だ。イタタ。
メアリー ……大丈夫?
山本B そっちこそ大丈夫? ずぶ濡れ女子だけど。
メアリー なにそれー。
山本B 体操服貸そうか?
メアリー いい、大丈夫。うん。
山本B おっとっと。
メアリー あぶないっ。
山本B ひゃははは。
メアリー 早く降りてきなよ。
山本B ま、落ちたら落ちたで。
メアリー ……。
山本B 君も登っといでよ。
メアリー いい。
山本B そっかー。
メアリー 落ちたら死んじゃうかもよ。
山本B う~ん。ま、死んだら死んだで。
メアリー ……。
山本B おーちたら、おーちたで、そーでまーでさー。しーんだら、しーんだで、それーでさー♪
メアリー ねえ? 山本くん。
山本B なに?
メアリー 死にたいなとか思う?
山本B 君は?
メアリー 私?
山本B うん。
メアリー あるよ。
山本B そっか。
メアリー ね、一緒に死んでよ。
山本B や~ダネ。
メアリー えー。
山本B 死ぬのなら何時でも出来るから。
メアリー つれないね。
山本B こんなとこじゃなくて、もっといい場所に行こう。誰にも見つからない。
メアリー うん。
山本B 行こう。

山本Bが手を差し出す、メアリーがその手をとる。
山本B・メアリー、退場。
少しして、山本Aが現れる。

山本A イイネ! 彼女の名前は井手さんだった。で、これを書いていたのは、メアリーというアカウントネーム。少し違う。ボクの記憶と。そもそもオレ、こんなバカっぽくないと思うんだよね?

舞台B 暗転。

舞台A 明転。
山本Aと女がやってくる。

女 へ~、これが山本くんちか~。
山本A 井手さん、あんまりジロジロみないでよ。
女 ごめんごめん。
山本A なにか飲む?
女 なんでもいいよ。
山本A お酒はもういい?
女 なんでもいいよ。
山本A もうべろべろじゃない?
女 全然、同窓会って苦手で、全然飲めなかった。
山本A そう。
女 初めて行ったし。同窓会とか。
山本A そうなんだ。はい。
女 ありがとう。
山本A ボクも初めて。
女 だよねー。山本くん来るっていうから。私も。
山本A そう。
女 ねー、今なにしてるの?
山本A サラリーマン。
女 そーなんだ。
山本A うん。
女 私ね、アルバイト。
山本A そうなんだー
女 いやー、恥ずかしい。
山本A そうでもないよ?
女 そう?
山本A うんうん。
女 あんまり変わってないね。
山本A 老けたよ。大分。
女 まあ、そうだね。
山本A ひょえ~。
女 私変わったでしょっ。
山本A うん。
女 でしょー?
山本A 言われるまで気付かなかった。
女 老けたわ~。
山本A そんなことないよ。
女 美しくなったかしら?
山本A うんうん。
女 もー。でもその感じ変わってない。
山本A そう?
女 そっかー山本くん、サラリーマンになったんだ。
山本A うん。普通に毎日ペコペコしてる。
女 そっか、ペコペコしてるか。
山本A うん。
女 なんか、意外。
山本A なんで?
女 なんとなく。
山本A なんだそりゃ。
女 放浪の詩人か、ブラジルで農家。
山本A なにそれ。
女 かなと思ってた。私の中で。
山本A ちょっとちょっと。
女 私の中で、ナオト・インティライミになってた。
山本A いやいや、全然似てないし。
女 雰囲気がね?
山本A そうかな?
女 うんうん。太陽フーフー、フー!って。
山本A はは。
女 ねぇ、覚えてる?
山本A なに?
女 覚えてないよね。
山本A なんだろう?
女 めっちゃ怒られたの。
山本A あー。
女 あれね。
山本A 覚えてるよ。
女 本当?
山本A うん。家出?
女 家出かー、わたし的に逃避行だったんだけどなー。
山本A え?
女 愛の逃避行なんちゃって。ふふふ。
山本A そう。
女 違うか。なんもなかったもんね。
山本A うん。
女 また、連れてってって言ったら、どうする?
山本A 今から?
女 今から。
山本A いいよ。
女 ほんと?
山本A いいよ。
女 本気にするって。
山本A ちがうんだ。
女 本当に?
山本A うん。
女 じゃ、行こう?
山本A 今すぐ?
女 もち。
山本A いいよ。
女 やったー。
山本A どこいく?
女 もちろん……。
山本A オッケー。
女 よしっ、行こう!。

山本A、去る。
女、スマホを触り始める。

女 私達は所持金掻き集めて、一万五千八百六十九円。どうしようか?と私が聞くと、どこいこっか?って聞き返す。この町には私たちの居場所なんかない。

舞台A 暗転。

舞台B 明転。
車の中。

山本B 早くドア閉めて!
メアリー あ、うん。
山本B えっと、あった。ほら、鍵。
メアリー え? これ、誰の車?
山本B ひげだるまの。
メアリー 矢崎先生? やめときなよ。めっちゃ怒られるよ。
山本B 関係ねえよっ、ほら、シートベルト!
メアリー あ、うん。
山本B しゅっぱーつ!
メアリー ちょっ、運転できるの!?
山本B ……。
メアリー 降りる!
山本B おっと。(急発進・急ブレーキ)
メアリー きゃっ!
山本B あらー。ま、いいか。
メアリー いいかって!
山本B たしか、ここをこうやって……動いた!
メアリー あぶないあぶない!
山本B やべー。むずかしいな? 運転って。
メアリー やめよう? ね?
山本B 大丈夫だって。
メアリー ちょっ、前見て、前。
山本B 大丈夫大丈夫。
メアリー ちょっとスピード速くない?
山本B 大丈夫大丈夫。
メアリー 本当に大丈夫?
山本B 大丈夫大丈夫大丈夫。安全運転。
メアリー うん。
山本B ちょっ、CDかけて。
メアリー え?
山本B その中に入ってない? なんか。
メアリー ここ?
山本B そうそう。
メアリー あった。
山本B なんかかけてよ。
メアリー うん。
山本B なにこれ?
メアリー アユじゃない?
山本B ひえへへへ。ひげだるま、浜崎あゆみとか聞いてんの? きっしょ。
メアリー ちょっ、前前!
山本B あっぶねえなぁ!
メアリー ちょっと。
山本B さて、どうする?
メアリー え?
山本B どこいこうか?
メアリー どこって……。
山本B どうしようかねー?
メアリー ……。
山本B どっかいきたいところないの?
メアリー 行きたいところ?
山本B そう。
メアリー 海。
山本B 海?
メアリー うん。
山本B オッケー。
メアリー ……。
山本B 海へまいりまーす。

メアリー、窓から外を眺めている。
舞台B 溶暗。

舞台A 明転。
女が、座ってスマホをいじっている。
山本Aが入ってくる。

山本A 来てたんだ。
女 うん。お疲れ様。
山本A 疲れたー。

山本A、リモコンでテレビの電源を入れる。
テレビの音が流れてくる。
二人、少しテレビに関する他愛ない話をする。

山本A (例)こいつら、久しぶりだな。消えたね。一瞬で。
女 (例)ね~。
山本A (例)今、はやってるのもすぐ消えるでしょ。
女 (例)だね。
山本A (例)うん。

間。

女 山本くんってフェイスブックやってる?
山本A おれ?
女 うん。フェイスブック。
山本A やってないよ。
女 そうなんだー。
山本A なんか使い方分からない。
女 あー、なんか面倒だよねえ。
山本A やってんの?
女 私? ううん。
山本A そう。
女 うん。

沈黙。
山本Aがテレビに海が映ったのに気づいた。

山本A あ。ここ、ここ。
女 なに?
山本A ここ、ほら。
女 海?
山本A 覚えてない?
女 なんだっけ。
山本A ここだよ、二人で行った。
女 海なんか行ってないでしょ?
山本A 違うよ、昔。あの時車で。
女 結局山に行ったんじゃなかったっけ?
山本A 山? なんでだよ。君が海が見たいって。
女 そうだっけ?
山本A そう。懐かしいな。忘れた?
女 昔の事だから。
山本A まあ、そうだけど。

女、立ち上がり去ろうとする。

山本A うん。どこいくの?
女 お風呂入れてくる。先はいる?
山本A 後でいいよ。
女 はーい。

女、去る。
山本A、スマホを取り出す。
舞台A 暗転。

舞台B 明転。
山本Bが、後ろを向いている。
メアリーが、うなだれている。

山本B やっほーーーー!
メアリー ……。
山本B (やまびこのつもり)やほーやほーやほー。あはは。ほら、やまびこ。
メアリー 山ジャン。
山本B 山ジャンジャンジャン。あはは、やまびこ。
メアリー なーんで、海行くっていって、山に来るの?
山本B すいませんでした、でしたでした。
メアリー もう、やまびこいいから。
山本B すいませんでした。
メアリー のどかわいた。
山本B あー。
メアリー のどかわいた!!
山本B ちょっと、山の中なんでー。
メアリー なんで山の中なの!
山本B しかたないじゃん。わからなかったんだから。
メアリー ここどこ!
山本B 山の中!
メアリー 私の思ってたのと違う!
山本B いいじゃん。山も。
メアリー もういい。私一人で行く。
山本B おいおい。
メアリー ついてこないで。
山本B ごめんって。
メアリー 一人にしてよ。
山本B ごめんってー。
メアリー しつこい!
山本B そんな怒らなくてもいいだろー?
メアリー 別に怒ってないし。
山本B あ。
メアリー もー。
山本B おいおい。あれ。
メアリー なによ。
山本B あれ。
メアリー え?
山本B ……。
メアリー うそっ。
山本B ……。
メアリー 首吊り?
山本B たぶん。
メアリー 死んでるの?
山本B ……たぶん。
メアリー ……。
山本B 行こう。
メアリー いいの?
山本B 行こう。
メアリー ほっといていいの?
山本B 行こう!
メアリー う、うん。
山本B ……。
メアリー ……。

山本B退場。入れ替わりで、山本A登場。

山本A イイネ!
メアリー ありがとうございます。
山本A 始めまして。伊藤といいます。素敵なお話ですね。
メアリー ありがとうございます。
山本A 友達申請してもいいでしょうか?
メアリー はい。
山本A 伊藤です。承認よろしくお願いします。
メアリー こちらこそよろしくお願いします。

メアリー、退場。
スマホを観ている山本A。そのまま舞台Bから、舞台Aへ移動する。

舞台B 溶暗。舞台A 明転。
舞台Aに女がやってくる。

女 何見てるの?
山本A ん?

山本A、スマホの画面を消したようだ。

山本A まとめサイト。
女 ほんと?
山本A なんで?
女 ほんとかなー?
山本A 本当、本当。
女 エロサイト?
山本A 違うよ。違う。
女 いいけどね。
山本A いいんだ。
女 風俗はだめ。
山本A だめなんだ。
女 フツーそーでしょ。
山本A はいはい。
女 ちょっと聞いて。
山本A なになに。
女 なんか店長がさー、「私のこと、キャバクラにいそうだね」って。やばくない?
山本A やばいね。それ。
女 けっちゃったよ。
山本A 店長蹴ったの?
女 いや、ゴミ箱、店のゴミ箱けっちゃったよ。
山本A やるねえ。
女 ムカツク。
山本A まあまあ、なんか甘いもの買ってこようか?
女 え?
山本A コンビニかなんかで。
女 いいよ。悪い悪い。
山本A いや、お金おろさないとだし。ついでに。
女 ほんとに?
山本A うん。
女 じゃーねー。プリン。豪華なやつ。フルーツも乗ったやつ。
山本A あるかな?
女 豪華なやつ。これ大事。
山本A はいはい。
女 ありがとっ。
山本A はいはい。

山本A、退場。
女、スマホを触り始める。

女 夜の帳が下りて、私たちは車で横になって、話しをした。いろんなこと。学校のこと、友達のこと、勉強のこと。

舞台A 溶暗。

舞台B 明転。
山本Bと、メアリー。

山本B 大丈夫?
メアリー うん。
山本B 始めて? 死体。
メアリー うん。
山本B そっかー。
メアリー 山本くんは平気なの?
山本B うん。
メアリー すごいね。
山本B うち、親、両方死んだから。そん時。
メアリー そうなんだ。
山本B まあ、いいもんじゃないよね。飲む?
メアリー なに?
山本B 酒。
メアリー お酒。
山本B 飲んだことない?
メアリー 山本くんって、不良?
山本B いやいや、これぐらい。
メアリー そう?
山本B 君って、真面目?
メアリー 違うよ。飲むよ。
山本B あ、こっちは。
メアリー え?
山本B ビール飲めるの?
メアリー 飲めるよ。
山本B やめとけば?
メアリー いい、飲む。うげっ。
山本B はは。
メアリー にっがい。
山本B だからやめとけばって言ったのに。
メアリー だってー。
山本B もうやめとけば?
メアリー うん。そっちちょうだい?
山本B これ?
メアリー うん。
山本B はい。

山本B、手にしていた缶酎ハイを渡す。

メアリー 山本くんさぁ。
山本B うん。
メアリー いつもなに考えてるの?
山本B オレ?
メアリー うん。屋上で。ぼうっと空見てるでしょ。
山本B うん。
メアリー なに考えてるのかな~? って考えてるの。私。
山本B そっかー。
メアリー うん。
山本B えっと。なんだろ。
メアリー 遠く見てるよね~。
山本B そう?
メアリー うん。かっこつけてるの?
山本B ええ?
メアリー オレ、かっけーってなってるの?
山本B ちっがうちがう。なに考えてたかな?
メアリー なにー?
山本B わかんない。
メアリー また、わかんないかー。
山本B うん。
メアリー ……。
山本B なんだろ。
メアリー ……。
山本B あたま空っぽにして。なんも考えない。
メアリー ……。
山本B ……。

間。

メアリー 山本くん。
山本B はいはい。
メアリー へんなこと言うけど。
山本B 変なこと?
メアリー 死ぬときは私より後にしてね。
山本B ……。
メアリー ……。
山本B いいよ。
メアリー ありがとう。
山本B ほら、もう半分寝てる。
メアリー なんか変な感じ。
山本B 酔っ払った?
メアリー そっかー。酔っ払ってる?
山本B 弱いんだね。
メアリー ふふ。
山本B もう、寝たらいいよ。明日こそ、海へ行こう。
メアリー ほんとー?
山本B 行けるっつうの。

沈黙。
メアリー、眠ってしまったようだ。

舞台A 溶明。
女がスマホをもったまま眠っている。
山本A、その横顔を見つめている。

山本A ぼくは悪いことをしているんだろうか? 罪悪感があることは確かだ。
山本B そうなの?
山本A どうなんだろう? いや、オレ、悪いか? とも思う。
山本B そっかー。
山本A オレ、悪いの?
山本B ぼくに聞いてる?
山本A うん。
山本B しらなーい。
山本A だよねー。
山本B けど、楽しんでない?
山本A かな?
山本B でしょ?
山本A かも。
山本B ほら。
山本A うん。
山本B だから。
山本A だから?
山本B 罪悪感?
山本A なるほど。
山本B 分かってるでしょ?
山本A さすがオレ。
山本B これから、どうなるんだろうね?
山本A しらなーい。
山本B だよねー。

女の手からスマホを離し、横にする。
山本A、女のスマホを見つめる。

山本A そもそも君はボクなのか?
山本B え? なになに?
山本A わかんないや。ま、とりま仕事行ってきま。
山本B ほいほい。

山本A、退場。

舞台Bにメアリーが現れる。

メアリー どうしたの?
山本B なんでもないよー。

女が目を覚ます。

女 あれ? いない……。(スマホで時間を見る)ああ……もうこんな時間か……。

女、スマホを手に触り始める。

女 朝、目が覚めると、横で山本くんは、涙を流しながら私の手を握っていた。私は彼の何も知らない。彼はいつも私の話を黙って、うんうん。と聞いてくれる。

舞台A 溶暗。

メアリー まだ寝てていいよ。
山本B うん。
メアリー ……。
山本B もうちょっと手握ってていい?
メアリー いいよ。
山本B ありがとう。
メアリー 海についたらどうしよっか。
山本B ……。
メアリー もう、海に入ったらつめたいね。スイカ割りってシーズンでもないか。貝殻なんか集めちゃったりして。
山本B ふふ。
メアリー 私、覚えてないんだけどね。子供の頃、海へ行ったんだって、家族で。私、海で溺れちゃって。お母さん、慌てて助けに来てくれたんだけど、お母さんに私がしがみついてね。お母さんも溺れちゃって。で、お父さん。私、その景色だけ覚えてるんだけど。お父さん、ぼうっと私達見てるの。ずっと。助けてくれないんだーって。思ったのずっと後なんだけど。なんで助けてくれなかったのかな?
山本B ……。
メアリー それが私の最初の記憶。海で溺れてるって。最悪でしょ?
山本B うん。
メアリー それで家族バラバラになっちゃった。私のせいだね。
山本B 違うよ。
メアリー そう?
山本B 多分、違うよ。
メアリー ありがとう。
山本B わかんないことは考えちゃダメだよ。
メアリー なるほど。
山本B オレはそう考えることにしてる。
メアリー ごめんね。
山本B なんで謝るの。
メアリー ……。
山本B さ、行こうか。

舞台B 溶暗。

舞台A 明転。
女がスマホをいじっている。
顔に包帯を巻いた山本A、登場。

山本A ただいまー。
女 おかえり。え、どうしたの?
山本A ん?
女 それ、包帯。
山本A ああ。殴られた。
女 誰に?
山本A 知らない人。
女 ええっ。なんで?
山本A いや……、まあ、大丈夫。警察行ったから。
女 怪我は?
山本A 大丈夫。警察の後、病院も行ったから。
女 ほんと。
山本A うん。疲れちゃった。
女 うん。もう寝る?
山本A んん。ちょっと抱きつく。
女 大丈夫?
山本A んー。

沈黙。
山本A、立ち上がる。

山本A ね、君、誰なの?
女 え?
山本A ……。
女 なんの話?
山本A 今日、井手さんに会ったよ。
女 ……。
山本A 結婚して、子供連れてショッピング。なんかブロッコリー大量に買ってた。
女 そうなんだ。
山本A ボクの昔話書いてるのは君?
女 ……。
山本A いいんだけどさ。もうちょっとさ、ボク、あんなバカっぽくないよ。
女 ……。
山本A 君、誰?
女 私は私。
山本A え?
女 じゃだめ?
山本A そっか。なんか疲れちゃった。おやすみ。

山本A、コテンと寝てしまう。
女、その横顔を眺めている。

女、スマホを取り出す。

女 また来ようねって、彼が言った。また? と私は聞き返した。

舞台B 明転。
山本Bと、メアリーが並んでたっている。

山本B また、来ようね。
メアリー また?

女 私は、もう来ないって言うと、彼は、笑って答えなかった。

舞台A 溶暗。

山本B どうしよっか。
メアリー え?
山本B これから。
メアリー もう帰りたい?
山本B そうなの?
メアリー 山本くんが。
山本B オレ?
メアリー うん。
山本B なんで?
メアリー またって。
山本B ……。
メアリー もう、お金ないね。
山本B ……。
メアリー ごめんね。
山本B もう、謝らなくていいから。もう、絶対に。全面的に君が悪くても。謝らなくていいから。
メアリー なんで?
山本B もう、いいでしょ。謝らなくても。
メアリー うん。
山本B さぁー。
メアリー 帰ろっか。
山本B え?
メアリー うん。
山本B そう。
メアリー ちょっとトイレ行ってくるから。先に、車戻ってて。
山本B 分かった。
メアリー うん。
山本B 待ってるから。
メアリー うん。

山本B、退場。

メアリー ばいばーい。

誰もいない。

舞台A 溶明。
山本A、登場。

山本A いない……。目が覚めると、彼女はいなくなっていた。それでも、彼女の話はまだ続いていた。

舞台A 溶暗。

舞台B 明転。
舞台Bにメアリー登場。
しばらくして、舞台Bに女登場。スマホを触っている。

女 これからどうしようね。
メアリー 一人になっちゃった。
女 一人になっちゃったね。
メアリー 私、誰なんだろうね?
女 誰なんだろう?
メアリー わかんないの?
女 あん時。
メアリー うん。
女 10年前。
メアリー 高校生!
女 うん。
メアリー 青春青春アオハルユース。
女 楽しい物じゃないよね。
メアリー まっくら悩みの17歳。
女 ああしてたらな~って。こうしてたらな~って。
メアリー そんなこっといいなっ、でっきたらいいなっ♪
女 これからどうしよう。
メアリー どうしよう。
女 どうしたい?
メアリー 宇宙でも行っちゃう?
女 えー? 宇宙?
メアリー 愛の逃避行、宇宙編。
女 嘘だよ、嘘嘘。
メアリー 嘘じゃん。もともと。
女 どこまでホントなんだっけ?
メアリー 山本くんっているの? 本当に?
女 いるいる。
メアリー 本当に?
女 多分。
メアリー 多分って。
女 海が見たい。
メアリー 海ね。
女 海へ行こう。
メアリー 海だー。
女 私は一人、海まで行きました。誰もいない海。綺麗でもなく、広いだけの黒い海。そこに私は一人でいました。
メアリー 海だ。海ー。
女 足に冷たい感触。波が砂をさらって、足の裏がこちょばい。
メアリー うひひ。
女 遠くで船の音かな? ボー。
メアリー ボー。
女 寂しい音楽が欲しいな。
メアリー いいね。音楽。
女 音楽がなってました。なんのだろう?
メアリー トランペットの練習してました。遠くで。

BGM
メアリー、音楽に合わせて、うっすらと踊りだす。
やがて波の音が大きくなる。

メアリー このまま流されてどこまで行くんだろうか? ゆらゆらゆれてどこまでも。
女 終り。
メアリー 終り?
女 終わり。ちゃんちゃん。

女、退場。
舞台Bに山本Aが現れる。

山本A 終り?

メアリー、反応しない。

山本A イイネ! どうも、伊藤です。
メアリー どうも。
山本A 山本くんはどうなったんですか?
メアリー 知りません。スカイタワーにでもいるんじゃないですか? 
山本A なんでスカイタワー。
メアリー 山本君が行ってみたいっていってたから。
山本A そうなんだ。
メアリー ご愛読ありがとうございました。
山本A わー、山本くんかわいそ―。
メアリー ……。
山本A わー、ムシられた、ガックシ。
メアリー ……。
山本A 10年前、学校の旧校舎にある図書館の屋上に、給水塔があって、山本くんは、いつもその上に登ってました。友達いなかったから、休み時間居る場所なくて、そこから、みんなのことみてました。楽しそうな。友達で遊んでたり、カップルでいちゃついたり、みんな死んだらいいのにな。って思いながら。
メアリー ……。
山本A そこへ井出さんって女の子がボクに話しかけて、仲良くなって。で、ある日、彼女が先生に怒られて泣いてたんで、学校サボって、彼女と先生の車盗んで、旅に出ました。東京へ向かって。
メアリー ……。
山本A はは。海へついて、ぼうっっと二人で眺めてたら、警察に補導されちゃいました。あ、そういえば、あの車どうなったのかな? バレてたらヤバかったな。それで、めっちゃ怒られて。
メアリー うん。
山本A 謹慎処分あけて、学校行ったら。
メアリー うん。
山本A 彼女は別の男とくっついてて。
メアリー そうなんだ。そん時、もう私、いなかったから。
山本A いなかった?
メアリー 学校辞めたの。
山本A そうなんだ。確かに、謹慎あけで女子が一人学校辞めてた。
メアリー ……。
山本A たまに目があったけど、なんかいじめられてるみたいで。たまにずぶ濡れで廊下あるいてるの見たことあったし。
メアリー ……。
山本A あれ、君?
メアリー いじめられてたの。彼女に。
山本A 彼女?
メアリー あなたと旅に出た、かわいらしい娘。
山本A ああ。
メアリー 私への嫌がらせであんた奪ってたのよ。最悪。
山本A そう。
メアリー ふふふ。全然知らないんだもん。
山本A ……。
メアリー あの後、すっごいバカにした顔であの女、私に写メみせてきたよ。バカだよねって。どこいったか、なにしたか。全部細かく私に言ってきたよ。私、ショックで、喋れなくなって学校いけなくなって、入院したり。
山本A そうなんだ。
メアリー こうだったらよかったのにって。もう、死にたいな~って思いながら、最後に死ぬ話、私の代わりに十年前に私とあなたが死ぬ話、書くつもりだったのに。
山本A そう……。
メアリー あなたが現れて、どんどんわからない方向に話し、すすんじゃったよ。
山本A ……。
メアリー どんどん本当の私はどっちだかわかんなくなっちゃった。
山本A そう。
メアリー 10年前の私は、あの後、海に身を投げて死にました!
山本A 嘘だね。
メアリー 終り!
山本A 山本くんは、待ってました。
メアリー ……。
山本A 待ってるから。海で。
メアリー え?
山本A 山本くんは、海でずっと待ってるから。
メアリー そうなんだ。
山本A だって、先に待っててって。
メアリー 嘘だよん。
山本A 関係ないから。待ってるから。
メアリー イトーさん。
山本A 伊藤はそう思いました。

山本A、退場。

舞台A 溶明。
女がスマホを握って座っている。

メアリー イトーさんの山本くーん。
女 私は、十年間、波の上をゆらりゆらりです。
メアリー ゆらりゆらり。

メアリー、退場。
舞台B 溶暗。

舞台Aに、山本Aがやってきて、舞台Bを眺めている。

女 風が少し潮の匂い。聞こえてくる波のリフレイン。山本くんは私を見て、ニッと笑う。
山本A 遅い遅い。
女 山本くん。
山本A 10年待った。
女 ……。
山本A さて、こっからどうするの?
女 どうしよう。
山本A めでたしめでたし?
女 それはいやだな。
山本A 海へついたよ。
女 海だ―!
山本A さぁ、何する?
女 なにしよう?
山本A スイカ割り、日焼け、泳いじゃう?
女 もう、秋だよ?
山本A そっかー。じゃあ、歩こう。二人で。
女 いいね。
山本A 二人で、ずっと海が終わるまで。
女 海は終わらないよ。
山本A じゃあ、ずっとだ。
女 ふふ。疲れるよ。
山本A じゃあ、どうしよっか?
女 じゃあね……。

舞台Bに山本Bとメアリー登場。

女 中学校の旧校舎の片隅にぽつんとある、古びた図書室の屋上。コンコンコンと硬い階段を登ると、さびたドアがある。ドアごとえいっと左右にふると鍵が外れてしまう。山本くんは私を見て、ニッと笑う。私たちは、いつも黙って、横に並んで、空を眺めてる。まぶしい青空が広がっている。

山本B どこいこっか。
メアリー どこいきたい?
山本B 家に帰りたい。
メアリー 帰るの?
山本B 君と。
メアリー 私と?
山本B 一緒に帰ろう。
メアリー いいの?
山本B いいよ。
メアリー うん。帰ろう。
山本B オッケー。

二組とも、手をつないで去る。
〈了〉

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使用許可について

基本無料・使用許可不要。改訂改編自由。作者名は明記をお願いします。
上演に際しては、観に行きたいので連絡を貰えると嬉しいです。
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita

劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきぼう)

1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
深津篤史(岸田戯曲賞・読売演劇賞受賞)に師事。想流私塾にて、北村想氏に師事し、21期として卒業。
2010年に書きおろした、和歌山の偉人、嶋清一をモチーフとして描いた「白球止まらず、飛んで行く」は、好評を得て、その後2回に渡り再演を繰り返す。また、大阪で公演した「JOB」「ジオラマサイズの断末魔」は大阪演劇人の間でも好評を博した。
2014年劇作家協会主催短編フェスタにて「¥15869」が上演作品に選ばれ、絶賛される。
近年では、県外の東京や地方の劇団とも交流を広げ、和歌山県内にとどまらない活動を行っており、またワークショップも行い、若手の劇団のプロデュースを行うなど、後進の育成にも力を入れている

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