パンツ目線の恋


【時は来た】
唯はその日がくるといつも引き出しから私を取りだした。上の引き出しの姉もほぼ同時だ。私たち姉妹が必要とされつのはいつも同じタイミングだ。
唯の胸を姉が、下腹部を私が包み込む。私たち姉妹は普段ほとんど出番がない。少ない出番はデートのときだ。今日はどうやら久々にその日らしい。朝から唯は機嫌よく、嬉しそうに引き出しから私たち取り出し身につけた。しばらく私達だけ身に着けた姿を鏡に映しだし、十分納得したら洋服を選び始める。いつものパターンだ。

【これまでの唯】
これまで唯から私をはぎ取る男の手をなんど払いのけたかっただろう。私はあっと言う間に唯の体から離される。唯からいとも簡単に離れた私は、男の手によってぽいっとホテルの床に投げ出され、そのまま朝を迎える。唯のお気に入りであるはずの私を、男はぞんざいに扱う。そして翌朝、唯はその放られた私を拾って再び履くのだ。
大抵、唯はその後その男と会うことはない。携帯電話をひと時も離さずに、何度も覗き込んではため息をつく。そんな日が何夜も続く。そんな唯を物干しに吊されながら何度も見おろしてきた。そのたびに唯を守ってやれない自分が悔しくて、なかなか私は乾かなかった。
もちろん、毎度脱がされてばかりの私ではない。唯を無事で帰したことだって何度もある。毎度毎度ぽいぽいされては人気ランジェリーの名も廃るというもの。それに数少ない出番だ。少しでも長い時間唯を守ってやりたい。しかし、私が脱がされずに事なきをえるのは、大抵唯が泥酔した日だ。唯は酒癖もよくない。デートが楽しすぎた末、調子にのって飲みすぎて失敗するか、逆にデートが盛り上がらず早々と終了。まっすぐにウチに帰る気にならず馴染みの近所の店で飲んだくれる。唯は一人反省会だとよく言ってるが、まるで反省の色はない。数杯飲んでマスターにくだをまき、カウンターに突っ伏して寝てしまう。
閉店とともに起こされ、ふらついた足取りで帰り、トイレに向かう。そして便座に腰をかけ、私を足首あたりに配置したまましばらく寝てしまう。深夜に気がつき、うっかり私をひきあげずに歩き出し、両足の自由を奪われ深夜に転倒。唯の体にはいつも少なからず青あざがあるのはそのせいだ。しかしどんなに酔っ払っても一日の終わりの洗顔だけは忘れない。そのあたりは私を選らんだ美意識の高さが伺える。その後は大事に姉を外し、ランジェリー用洗濯ネットへ入れ、私はそのまま唯と一緒に床につく。翌朝また、後悔するんだろう。
そんなかっこ悪い唯をたくさん見てきた。唯は本当は良い子だ。世渡りが下手くそで男を見る目がなくて酒が好きすぎるだけ。私をやさしく唯から離し、大事に置いてくれる。そんな素敵な人を見つけて幸せになってほしい…私がお払い箱になる前に。

【唯と私の出会い】
私が唯の家に来たのは2年前だ。下着としてはずいぶん長持ちしている方だと思う。噂で聞いた話だが、ある女優なんかは下着は3ヵ月で更新するという。私はずいぶん重宝されている。というかそもそも出番が少ないのだ。私以外の唯の下着はすべて安いモノですまされている。唯にとって普段の下着はなんでもいいのだ。
2年前の新商品として私はデパートのランジェリーショップの店頭に並んだ。ブラジャーの姉とともにスタイルのいいキレイな行灯のようなトルソーに着せられた。当時私達は注目の一押し商品だった。姉はワキ肉を寄せ集めて谷間を作りだすことに長けており、私は姉とおそろいの可愛らしいレースをあしらい、肌触りとフィット性のよい素材で売り出された。
店の一番目立つポジションにたった初日、唯は最初に私を見つけた。釘付けだった。頬をあからめ、幸せそうにほほえんでいた。何か楽しいこと想像しているようだった。
唯サイズの姉を試着し、Mサイズの私と一緒に買った。店員に私を2枚すすめられたが、私は決して安くなかったので、そこは1枚でとどまった。

【初日の出来事】
唯は私達を購入後、トイレにむかいすぐに私達を身に着けた。値札やサイズのタグなどはお店ですべて取ってもらっていた。会社に戻り定時まで浮かれた様子で仕事をこなし、19時には待合場所に立っていた。男と約束しているようだった。男は唯より10分ほど遅れて来た。なんだか軽薄そうな印象だった。唯はすごく喜んでいて、ウサギのようにはしゃいでいた。レストランで食事をし、カラオケにいき、もう一件、そしてだいぶ距離が縮まったタイミングでホテルの誘い。唯はとても上機嫌だった。そのうえガードがゆるゆるだった。男にすすめられるままホテルについていった。
そいつは私がどれほどの人気商品で今をときめくおしゃれな下着かなどはまるで気にもとめない。私をろくに見もせずにすぐさま唯の体からはぎ取った。床に放られたまま夜がすぎた。朝方唯は幸せそうに私を再び着け、帰って行った。
あとで分かったことだが唯が半年ほど前から好意を持っていた男だった。そいつから突然「飲みにい行こう」と誘いがあり一つ返事でOK。男は唯が自分に好意があるのは知っていた。唯は有頂天のまま男の思うツボにはまった。
これが私と唯の出会った日の出来事だ。初日から勝負パンツとして役目を果たすとは思わなかった。もちろんその男はそれっきり唯を誘ってはこない。何度か唯から連絡したりしているようだったがなんだかんだ理由を付けて会ってもらえなかった。しばらく沈んでいたが、唯はそれからもよく出会いの場に出かけていった。そこで気にいった相手に出会うと、なんとかデートに漕ぎ着ける。そこて私の登場となるのだった。
この2年で唯は私を10回ほどしか履いていない。洗濯もちゃんと丁寧に手洗いしてくれる。バカで真っ直ぐですぐにその気になっては傷つく。情に流されやすくて損ばっかりしてるけどすごく優しい唯が私は大好きだ。そしてそれと同じくらい心配している。


【ありがとう、幸せに…】
唯? 今日あう男はどんなヤツ? 鏡を見て幸せそうに微笑む彼女に私に声は届かない。浮ついたまま就業時間が過ぎ、いよいよ今日のデート相手の待つ場所へ向かう。唯は何度も痛い目にあってるというのに、デートの日はいつもこんなふうに浮かれてる。もしかしたら唯は凄く強いのかもしれない。今日は簡単に私から身を離すんじゃないよ。
唯を待っていた男。あれ?こいつは始めて見る顔じゃない。職場の男だ。なんだか緊張している。唯が笑って駆け寄るとホッとしている。唯も楽しそう。勇気をだして唯を誘ったみたいだ。イケメンじゃないし、背も高くないけど、真面目で誠実そう。いや、まだ判断するには早いね。
唯? すぐに気を許してはダメよ。もちろん体も。今までも真面目そうにみえて色欲だけの男もいたでしょう?飲みすぎてはダメよ。今日私をその男に見せるのはなしにしてよね。でも今度こそあなたを大切にしてくれる人だといいね、唯。そろそろ私の引退が近いこと、気付いてる? この人がもしもいい人だったら、私はきっともう会えないと思う。
いつも嬉しそうに私を取り出して、キレイな2本の足を通した唯。どうもありがとう。パンツに生まれて持ち主にこんなに喜んで履いてもらえて本望だよ。きっと幸せな恋をつかんで。そのときは必ず私じゃなくて最先端のおしゃれなパンツを履いていてね。
今度こそね、唯。

#パンツ
#短編小説
#短編過ぎる小説

※とある下着メーカーで募集していたミニミニストーリーに応募したモノです。
結果は落選^^;
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