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「日本語教師の働き方を考える会」

日本語教師のための情報共有コミュニティ「あいうえお」さんの依頼で、昨日は私の働き方をお話ししました。

ああ言えばよかったかな、こうすれば・・なんて終わった後の一人反省会やばいです。ともあれ終わってホッ。リスナーの皆さん、最後まで聞いてくださって、ありがとうございました。

ここでは話しきれなかったこととか、もうちょっと話したかったことなどを補足します。

最初に日本語教師の経歴を紹介しました。

2019年は、A校とB校で非常勤掛け持ち

2020年は、Waka Language Laboratoryを起業。B校が契約解除。

2021年は、A校を退職して、Waka Language Laboratory専業に。

2019年以前は長すぎてカットしましたが・・東京→大阪→名古屋→東京と夫の転勤に伴い引っ越し。その度に日本語学校に就職してはまた辞め、また就活し、就職し、辞め、を繰り返していました。気づけば勤めた日本語学校は10校以上。せっかく慣れた職場も離れなくてはいけない、長くなっていく履歴書を見て、就職活動の辛さにため息。夫が転勤族じゃなかったらよかったのに!と文句を言っていました。

日本語教育業界には割と頻繁に冬の時代が到来します。リーマンショック、東日本大震災、コロナ、急にある国の出身者だけ留学ビザが出なくなるとか。その度に生徒数が激減して、コマ数も激減。週4→週2とか。この時も日本語学校のせいにして文句を言っていました。

この時は、周りの事情で自分の働き方を変えさせられるのが苦痛でした。

2019年に2校掛け持ちにしたのは、偶然ではなく戦略です。

留学生と、ビジネスマンや家族、わざと生徒の対象が違う日本語学校を選びました。そうすれば日本語業界の浮き沈みの影響を軽減できると思ったから。1校だけは危険。国籍が偏っているのも危険だと思って避けました。それはいい選択だったと思います。

これから日本語学校を非常勤で、と考えている方も参考にしてみてください。

自分のやりたいことをやる

①なんでもやります→中上級だけ

②量産型ザク授業→自分なりの授業

③クラス授業→プライベート授業

それまで何も考えずに言われるまま何でもやっていたけれど、自分がやりたいことを主体に働き方を変えていきました。結果、②でB校を辞め、③でA校を辞め、Waka Language Laboratory専業にしました。

いっときは3つ掛け持ちが、1つだけになったので収入は減りましたがストレスは目に見えてなくなりました。

体重が安定して、吹き出物がなくなり、ぎっくり腰やら帯状疱疹やら半期に一度おそってくる原因不明の体調不良もなくなりました。

精神的にもずいぶん落ち着き、自己肯定感がほぼ0から爆上がりしました。

周りを主体に働き方を変えるのは、周りの評価や様子を常に気にしなればならないということ。自分を主体に働き方を選ぶのは勇気が入ります。それでも自分のやりたいという気持ちを優先していくと、子供のように自分を信じることができるようになります。

子供の頃はみんな自己肯定感100だったはずなんですよね。

お金に振り回されない生き方をする

お金中心→自分軸の働き方

周りの事情で働き方が振り回されることはなくなったけれど、最後に自分を振り回しているのはお金だ!と気づきました。

事業の収入の増減で落ち込んだり喜んだり・・しまいには生徒→お金と考えるようになったり・・こんなはずでは・・と相当悩みました。

本当にありがたいことに、A校や友人から仕事の誘いもありました。

収入が減ってキリキリしている自分としては「これを受ければ収入が増えるし悩みがなくなる」と思ったけれど・・これは本当に自分がやりたい仕事なのか?ここまで仕事を絞ってきて、それでいいのか?と。。。

もがいてもがいて3ヶ月半ぐらい。

その間、できるだけたくさんの人に会って、ボランティアにも参加して、朝活のコミュニティーにも入って、哲学カフェにも行って、自分でも日本語教師のコミュニティーを作って、本を読んで、映画を見て、とにかく何か納得できる答えがないかと探してもがきました。

ミニマム・ライフコスト

朝活のオンラインイベントで、ある本の著者とファシリテーターが話している時に「あぁ、ミニマム・ライフコストですね。僕もそれで会社辞めて今のコミュニティー運営してるんです」と言っているのを聞いて、その場でググりました。

『ミニマム・ライフコストとは、ぼくがつくった概念で「自分や家族が健康的に生活するために必要な最低限のお金」のこと。自分の生活はいくら稼げば成り立つのか。それを把握した状態で生きることが、お金への焦りや、お金を失う恐怖からの解放につながる「自由への近道」なのである。』(『モバイルボヘミアン』本田直之・四角大輔)

私は今まで最高月収を基準に「いくら下がった」と落ち込んでいました。Twitterでいくつレッスンが入ったとか、収入がいくら増えたとか、そんな呟きを見ると、辛いと感じていました。

そこで、自分がこの事業をやるのに最低必要なお金っていくらだ?と考えました。生活費は夫が稼いでくれるので正直、稼ぎは0でもいい。しかし事業をするには経費がかかる。家賃や光熱費や電気代は普通に生活してもかかるから、事業のためだけにかかる経費を計算したところ年30万程度。月に25000円でした。

なんだ!月に25000円なら今まで悩むことなかったじゃん!って思いました。それでお金のもやもやが吹き飛んで「もっとやりたいことだけに貪欲になろう」と突き進む勇気が出ました。

今はここ

もがいていた時期に読んだ本がきっかけで、中・高校生と接してみたい、10代の人がどんなことに悩んでいて、どんな日本語を話したい、知りたいと思っているのか興味が湧き、さらに、高校で国語を教えた経験がある私だからできることがあるんじゃないか!と思い、高校の日本語支援に応募しました。

これだ!と思った時の私の行動力は半端ないです(自分で言うのもなんですが)。

役所に電話し、高校の日本語支援の応募について聞き、ここでは受け付けていないと言われ、じゃあどこなら受け付けているのかと聞き、今年度から外部事業委託になったと言われ、じゃあその事業所に電話すればいいのかと聞き、連絡先も聞き、その事業者に電話し、募集はしていないと言われ、でも履歴書だけでも受け取ってもらえないかと話し、その日のうちに情熱的なカバーレター付き履歴書を送り、後日、高校から要請が来たからやってみるかと仕事依頼が来ました。ここまで12日間。3ヶ月半もやもやしていたのが嘘のよう。

自分を突き動かしてくれたのは

・もがいていた時期にあった人と本とイベント

・お金への焦りから解放されてチャレンジできる精神状態

・自分のやりたいことを最優先するマインド

クラス授業→プライベート授業に仕事を狭めたはずなのに??という疑問もあるけれど、自分がやりたいと思う動機には勝てない。今はどんな生徒がいて、どんな授業ができるのか、クラス授業だけど個人化できるのか、いろいろ考えてワクワクしています。

というわけで、Waka Language Laboratoryと高校の日本語支援、また掛け持ちの働き方になります。

最後まで読んでくださった方に・・・

この「募集していないのに無理やり応募する」という荒技。

初犯ではなく・・実はA校もB校もこれで採用になりました。

学校側もわざわざ募集出すのは手間なんですよね。募集要項を出す→書類選考→面接→採用の手順に人手も時間もかかる。向こうから適当な人材が来てくれて、それにOK出すだけでいいならその方が効率的。

こちらもたくさんの応募者と比べられることもなく、じっくり見てもらえるし、熱意も伝わる。

「これこそは私がやる仕事だ!」と思ったら、募集が出ていなくてもトライしてみてください。


*授業のお悩み、または自分自身のお悩みなど、ご相談ください。





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