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ショートショート.5『金色の凶器』

俺はもうすぐ死ぬ––––。

悟は介護の仕事の都合で東京へ向かう飛行機に乗っていた。悟はエコノミーの最前列に座り、目の前には客室乗務員の女性が向かい合うように座っていた。隣は空席であり、真ん中の通路を挟んだ反対側には、態度も体もでかい男が何やら客室乗務員ともめていた。

離陸してから1時間たったころそれは突如起こった。ドゴッという鈍い音とともに、大きな衝撃が乗客を襲ったのだ。パニックとなった機内へ、機長から状況が伝えられた。

「バードストライクです!当機のエンジンに鳥の群れが衝突し、エンジンが破損しました!…当機は…まもなく墜落します…」

「なんだと⁈ お前どうにかしろ!」

反対側の男が客室乗務員に向かって叫んでいた。

(無駄だ…。エンジンが止まっているんだ。これは誰のせいでもない。ただこの飛行機に乗った俺たちの運が悪かっただけだ。…あぁ、振り返ってみれば俺の人生は後悔ばかりだ…。)

「助かる方法がひとつだけありますよ。」

誰もいなかったはずの隣から声がした。そこには真っ黒なスーツを着た男がいた。

「私は死神です。信じますか?」

悟は死を受け入れていたからこそ、こんな状況でも冷静でいられた。そして隣にいた男の話を素直に受け入れることができた。

「助かる方法…?」

「自らの手で、生け贄を捧げるのです。つまりあなたの手で誰かを殺すのです。」

(俺が…人を殺す…?そんなことできるわけない…。俺は人の役に立つために生きてきたし、それが自分の生きがいだった。)

「もちろん急に言われても難しいと思いますので、これを差し上げます。」

死神の手には、金色に光る拳銃が握られていた。

「その人の生前の行いによって、様々な凶器を差し上げることになっています。あなたが多くの人のために生きてきたことを評価し、この拳銃を差し上げます。」

(これがあれば…助かる…もっと生きられる…もっと人のために生きていける…。)

気づいたら悟は拳銃を握り、反対側の男に銃口を向けていた。

(これが俺の本性なのか…?いや、あいつは死んでも構わない。他人に迷惑をかけるやつは死ぬべきだ。どうせあいつはこのまま死ぬんだ––––)

機内に銃声が響いた。しかしパニックの機内で気づく者は少なかった。弾丸は男の腹部に命中していた。男は何が起こったかわからず、もがき、騒いでいた。

(当たった…奴はもうじき死ぬ…これで助かる…)

––––ドスッ

悟の胸にナイフが刺さっていた。悟の前にいた客室乗務員が悟の心臓めがけ、ナイフを突き刺していた。

「ごめんなさい…ごめんなさい…。」

泣きながら謝る客室乗務員の手には、金色に光るナイフが握られていた。



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