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ショートショート1.『幸せ感染症』

今僕が生きている証をここに残すことにする。

2231年。僕は今、祖父と二人で暮らしている。そして今人類は大きな問題に直面している。感染症のパンデミックだ。一見悪いことのようにも聞こえるが、人々は笑顔にあふれていた。ある時期までは。その理由は感染症の症状にある。「幸せ感染症」と呼ばれるこの感染症の症状は、幸せホルモンと呼ばれるセロトニンの分泌を促進し、精神の安定や安心感を与えるというものだった。この感染症が拡大してからは、国同士の紛争はなくなり、人種差別、犯罪、うつ病といった問題もほとんど耳にすることはなかった。そしてこの感染症のもう一つの特徴は、ハグで感染するという点だ。人々は積極的にハグをすることで感染し合い、仲間と幸せを分かち合うかのような、それは素敵な光景だった。

しかし前述したように、現在人類は大きな問題に直面している。セロトニンの過剰分泌により、人々はより強い幸せを求めるようになったのだ。幸せを分かち合うどころか、他人に自分への奉仕を強要するようになった。それは一種の依存状態であり、合併症とも呼べるその症状が拡大するのにはそれほど時間はかからなかった。人々はより強く大きな幸せを求め、再び紛争が起き、犯罪が増え、未曽有の危機を迎えている。

世界保健機関の研究により、問題の原因が判明した。太陽光だ。もともと人間は太陽光を浴びることにより脳内でセロトニンが分泌され、心神の安定をもたらしていた。感染症による作用に加え、人々が太陽光を浴びることによりセロトニンの過剰分泌が起こっていたのだ。世界政府は、陽の出る時間帯の不要不急の外出を控えるよう国民に要求した。町から人の姿は消え、世界中の人々がハグをして笑い合う平和な光景は人類の歴史からすれば一瞬のできごとだった。

ニュースで世界の様子を見ていた祖父から聞いた話がある。幸せ感染症は、200年前からあったそうだ。流行し始めた当初は、「コロナ」と呼ばれ、世界中で多くの死者を出したという。そのウイルスが変異を繰り返し、少し前までは「幸せ感染症」とまで呼ばれるようになり、一時的ではあるが世界に平和をもたらした。そして今では再び多くの死者を出し始めている。

1年後、ワクチンが開発され、世界中の人々が接種を受けた。世界情勢は安定に傾いたものの、後遺症とワクチンの副作用により感情障害が現れ、人々からは笑顔が消え、うつ病も急増した。人を人たらしめる感情・感性にまで影響を及ぼすこの目に見えない脅威に人類が勝てる日は来るのだろうか。
でもまあそんなこと、もうどうでもいいや…。



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