ｼｮｰﾄｼｮｰﾄ13.『台風のメ』

『太平洋で発達した熱帯低気圧が台風１９号となり関東で猛威を振るっています。関東在住の方は外出を控え、身の安全に備えてください。』

テレビのニュースから窓の外に目を移すと、雨が強風により真横に降っていた。今回の台風による被害が尋常でないことは容易に想像できた。Youtuber の安志は、最近動画にするネタがなく、チャンネル登録者数も減少傾向にあり生活に困窮していた。

（行くしかない…。関東の現状を日本中の人に見てもらおう…。）

安志はビデオカメラを手に取り、深呼吸を１回、ビデオのREC を押した。

「みなさんこんにちは、安志チャンネルです。本日は関東で猛威を振るっている台風１９号の中へ飛び込んでみようと思います！それでは行ってきます！」

安志は玄関の扉を開け、台風の中へと飛び込んだ。

「えっ…？」

外は青空が広がっていた。横殴りの雨どころか、穏やかな風は春を感じさせた。唯一台風を感じた部分は、吹き飛ばされた瓦礫や、ペチャンコになったビニールハウスがあったことだった。

「なんで…。こんなんじゃ動画にならねぇよ…。」

『どうもこんにちは、本日は日本の関東地方にお邪魔しています。ご覧ください、見事に吹き飛んだ民家。あっはは、ビニールハウスもペチャンコです。お、ここらの住人であろう青年を見つけましたのでお話を伺ってみようと思います。すみませんお兄さん！』

「はい？」

『お兄さんはこの辺りにお住みで？今回の台風の被害状況はどうですか？』

「あぁ、そうですね…、ニュースでは相当な被害が出ていると言っていました。この辺りは古い建物が多いのでご覧のように屋根が吹き飛んだり、川も氾濫寸前みたいです…。今回の台風はかなりやばいと思います…。」

『ぉお、そうですか！お聞きしたようにかなりの被害が出ているようです！川の氾濫も時間の問題のようですね！』

「…あんた何者ですか？」

『以上、この度は、第１９代目台風のメを襲名しました、カトリーナがお届けしました。もちろんこの名前はアメリカで最多の死者数を出した伝説のハリケーンの名を頂いています。この動画が面白かったと思われた方は是非チャンネル登録と高評価をお願いします。次回は北アメリカの西海岸にお邪魔する予定です。どれくらいの被害が出せるでしょうか、乞うご期待！それではまた！』

そう言うと台風のメは風に消えていった。瞬く間に、横殴りの雨が降り始めた。一瞬の出来事に、安志は言葉が出なかった。びしょ濡れで家に戻った安志は録画したビデオを見返したが、自分の足元しか映っておらず、肝心の台風のメとのやり取りは映っていなかった。台風のメとの会話という最高のネタを逃した安志は自分のYoutuber としての自覚の無さを悔やんだ。

「ふふっ、すげぇな、カトリーナ。」

半月後、安志は北アメリカを襲うハリケーンのニュースを見ていた。そのハリケーンは西海岸のアリゾナ州に上陸し猛威を振るっているようだ。その勢いは凄まじく、アメリカでは「カトリーナの再来」と呼ばれている。

カトリーナだって頑張ってんだ、俺もYoutuber 頑張ろう、安志はそう心に誓った。