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ショートショート16.『窓』

私は窓が好きだった。私にとって窓はアートそのものだった。個性的な窓のフレームと繊細なディティール、ガラスを作る際にできたであろうわずかなガラスのくもり、そしてそこから見える景色。窓はそれらが合わさってできたひとつの作品なのだ。私は何時間でも窓を見ていられた。窓には、物語がある。

ある日のこと、私は東京で窓の個展が開かれることを雑誌で知った。その個展はパリの有名なアーティストが来日して開催するものらしい。行ってみたい。私はすぐに東京行の飛行機を予約した。窓をアートとして生み出す人がいるなんて知らなかった。そんな人の感性を観てみたい、聞いてみたい。

個展当日。
会場に入場すると、そこには窓、窓、窓。美術館で絵画が飾られるように、そこには多くの窓が飾られていた。余計な装飾をそぎ落としたシンプルを追求した窓。派手なフレ ームに色のついたガラスの窓。窓の中に小さな窓。
展示されている個性豊かな窓に見入っていると、作者からの挨拶があるとの館内放送が流れた。用意されていた舞台の周りに観客が集まった。司会者の紹介で舞台上にピエールという窓アーティストが姿を現した。いかにもパリのアーティストという感じだ。派手な衣装に個性的なメガネ。あれ、この人…。私は気づいてしまった。しかし言えなかった。人前で目立つことを恐れるあまり、何もできない自分。これが私の弱さ。
通訳を通して、ピエールの話を聴く。
「みなさん、今日はわたしの個展に来てくれてありがとう。わたしは、窓をアートとして作っています。そして、これらひとつひとつの窓にはストーリーがあります。これらの作品で私は人の心を表現しているのです。例えばこの白一色のフレームの窓。実はガラスがありません。フレームだけです。これは、これから何色にでも染まることができ、そしてこの窓は常に開放されていて、自分にない感性をいつでも取り込める準備はできているというメッセージです。さて、我々の心には誰しも窓があります。あなたはその窓を通して世界を見ています。窓を常に開け放っている人もいれば、何年も閉め切ったままの人もいます。窓を開けることが怖いという人が中にはいます。しかし窓を開けなければ外の空気は取り込めません。やがて空気も淀み、息苦しくなってくるでしょう。それでも我々はそんな環境にもやがて順応してしまうのです。ゆくゆくは自分だけの世界に閉じこもってしまう。やっかいなのは、その窓は内側からしか開けられないということです。外側から誰かがこじ開けようとしても鍵がかかっていて開きません。つまりは自分が変わろうと思わない限り、人は変わらないということです。窓の向こう側からどれだけ説得されようが、自分から窓を開けなければその声は聴こえてきません。ではお尋ねします。あなたの窓は今開いていますか? 外の声が聴こえますか? その窓からどのような世界が見えますか? 心の窓を開ければもっと広い世界があなたの中へ入ってくることでしょう。わたしはこのような性格なので、常に心の窓を開放しています。開放しているからこそ、こんなにも多様な世界を表現できるのです。ぜひ他の作品もご覧になってください。皆さんの窓が開いていれば私の声は届くでしょう。今日はどうもありがとう。」
ピエールは舞台裏に消えていった。すばらしい。これらの作品にそんなにも深いメッセージがあったなんて。面白い。やっぱり私は窓が好きだ。彼の言葉は私の開かれた心の窓から入ってきて私に届いた。私は変わる。もっと広い世界を体感したい。

ただ一つだけ心残りがある。私は言いたくても言えなかった。彼に自分の言葉で伝えられなかった。彼の心の窓は確かに全開だった。しかしもう一つ全開だった。彼の心の窓よりももう少しだけ下にある、社会の窓が。


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