ショートショート9.『天使と悪魔』
母ちゃんが亡くなって1年が過ぎた。家族もようやく母ちゃんなしでの生活に慣れてきたころだった。俺は父ちゃんに買い出しを頼まれてスーパーに向かっていた。人通りの少ない細道を歩いていると先の方に何かが落ちているのを見つけた。財布だ。周りを見渡したが人気はなかった。俺は財布を拾い中身を見ると、免許証やポイントカード類、そして現金が10万円程度入っていた。辺りを見回したが、やはり人はいない。こんな時誰もが一瞬考えてしまうことがあるだろう。財布から現金だけ抜き取ってそのまま落としておく、ということを。いや、でもこの財布の持ち主は今頃困っているだろうから、交番に届けるべきか…。どうしよう…。
「中身だけパクって捨てちまえよ。」
びっくりして振り返るとそこには、俺の中の『悪魔』が立っていた。
「お前はバカか。誰も見てねぇんだぞ⁈ バレることはねぇって。そこのコンビニで何でも好きなもん買っちまえよ。」
「お、俺の中の悪魔…そ、そうだよな。バレないよな。問い詰められることになったとしても使い切っちまえば証拠もないしな。」
『たかし!何考えてんの!今すぐ交番に届けなさい!』
びっくりして更に振り返るとそこには、俺の中の『天使のコスプレをした母ちゃん』がいた。
「母ちゃん⁈ 何で⁈ 」
『なんでじゃないわ!あんた今お金盗もうとしたでしょ!』
「し、しねぇよそんなこと。今から交番行こうとしてたんだよ。」
「おいおい、お前らバカじゃねぇのか?そんなもんパクっちまえばいいん『悪魔は黙ってなさい!』
「すみませんでした。」
『たかし、さっき財布の中の免許証を見たけど、その人うちのマンションの管理人さんよ。』
「管理人?母ちゃんは知らないと思うけど、あいつ最近、住民に許可も得ず家賃を値上げしたんだ。住民はみんな怒ってたよ。父ちゃんもすごく困ってた。母ちゃんがいなくなってから、父ちゃんすごく大変そうなんだ。」
『そうだとしても、人のお金は盗んじゃだめ!』
「なんでだよ!このお金で少しでも父ちゃんを楽にしてあげたいんだ!」
『たかし!お父さんはそんなこと望んでないわ!人から盗んだお金でお父さんは喜ばない!』
「でも…。俺悔しいよ…。」
『気持ちは痛いほどわかる。でもあなたには優しい子に育ってほしいの。お父さんもそう思ってるはず。お金は返してあげましょう。』
「…ごめん母ちゃん!」
たかしは財布からお札を抜き出し、それを持ってコンビニに駆け込んだ。
『たかし!』
(ごめん母ちゃん、わがままな子供で…)
たかしは握りしめた現金のすべてを、募金箱に投げ入れた。
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