見出し画像

ショートショート「あちらもこちらも」

ショートショート「あちらもこちらも」

まさに堕落した生活を送っていた男がいた。
生活リズムは崩れ、自制もできず、本能の赴くまま人生を謳歌、いや何とか生きながらえていた。その日も過剰な酒を摂取し、眠気に襲われながらテレビを眺めていた。

動画配信サイトへの動画投稿で金を得ている男の特集であった。年収は堕落した男の何百倍。その男は淡々と自分の経歴や技術、大量のカメラや編集機器などの持ち物と一緒に作業をする仲間を紹介し、最後に動画投稿への情熱を語り、番組は終了した。

動画配信サイトへ動画を投稿し生計を立てる職業は若者を中心にここ数年、とても人気であった。しかし、生計を立てられる程の収入を得るのはほんの一握り。堕落した男はその一握りの外にいた。

堕落した男は番組が終了し、車のシーエムが映るテレビを見ながら呟いた。

「俺もあんだけ機材があったら同じような動画、撮れるわ」

ガタッと音が鳴り、堕落した男の前に、黒い影のような物体が現れた。人の形のようでもある。確実に浮いている。浮遊している黒い物体が喋り出した。

「それは本当ですか?あなたの望みを叶えましょう。」

浮遊している黒い物体が手のような黒い部分を広げた瞬間、堕落した男の部屋に大量の段ボールが出現した。中に重い物が入っている様子がすぐにわかった。

「人間界の最新のカメラや編集機材をご用意しました。あなたの望みは叶えました。動画、楽しみにしています。」

浮遊した黒い物体は姿を消し、大量の段ボールに囲まれた堕落した男は驚いた口を開いたまま、黒い物体が浮遊していた方向の天井を眺めていた。


1週間経った頃、堕落した男の前に黒い物体が現れた。焦っているようであった。

「なんですか、この状況は。」

大量の段ボールは開封すらされていなかった。堕落した男は言う。

「これだけの編集機材はありがたい。でもこの状況を見てくれ。」

堕落した男の部屋は6畳の1ルーム。大量の段ボールが部屋の隅から天井近くまで狭い部屋を占領していた。

「これでは撮影どころか開封すらできないよ。大きな家にさえ引越しをすれば…作業専用の部屋があったりすると尚更いいね。」

浮遊した黒い物体は左右から出ている触手のような物を伸ばし広げた。周囲は一瞬、光に包まれ、広い部屋に移動していた。黒い物体は言う。

「さぁ、広い部屋に移動しましたよ。あなた方で言うところのとても背の高い塔型の集合住宅です。あちらに作業専用の部屋もありますよ。」

堕落した男は驚きながらも喋り出した。

「わぁ、すごい。それでは他の全ての望みを叶えてくれないか?」

広い部屋の中に次々とモノが現れ始める。
巨大なソファー、もふもふの体毛が愛らしい猫、自分のことを好きでいてくれる女性、一緒にバカな事をやってくれる仲間、そして編集をしてくれる編集担当…

浮遊した黒い物体も流石に疲れた様子を見せ始めたが、堕落した男は感謝を述べるどころか、すぐに女性と巨大なソファーに寝そべり猫を撫でながら、編集担当のメガネの男に上から目線で指示を出していた。

浮遊した黒い物体はその状況を眺めながら「はぁ…」と呟き、少し落胆した雰囲気で姿を消した。

天界に戻った黒い物体は自身の居住空間に戻り一息ついた。人間界で見てきた様子を目の前の白い壁に投影し、触手のような物を伸ばし何やら作業を始めた。壁面に文字が浮かび上がる。



【人間界の男の望みを全て叶えてみた!!】

おしまい

なんと私、結婚いたしました! そこでご相談なんですが・・・ あんまりこういうのは良くないのかもしれませんが・・・ 祝ってください。