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固定残業制の有効性

とりわけ長距離トラックドライバーの運行管理・労務管理上,固定残業制を採用する運送会社は多いと思います。が,これまで,運送会社にとってはとても多難な時代がありました。どんな小さな穴も許さない労働者保護の思想が根底にあり,固定残業制は,実行不可能なのではないかと思えるほどの窮地に立たされました。しかし,やみくもに労働時間を延長させることができるため,固定残業制を採用しないと,残業代が青天井になる恐れもありますので,運送会社としても必死です。

以下に示すのは必ずしも運送会社の判例のみではありませんが,固定残業制が有効と言えるために,どのような要件が必要なのかについて,議論されている判例たちです。

最高裁平成24年3月8日判決(テックジャパン事件)

基本給を月額41万円とした上で月間総労働時間が180時間を超える場合に1時間当たり一定額を別途支払い,140時間未満の場合に1時間当たり一定額を減額する旨の約定のある雇用契約で,定額で残業代が支払われていたといえるか否かが争いになりました。

そして最高裁は以下のように言いました。

上記約定においては,月額41万円の全体が基本給とされており,その一部が他の部分と区別されて労働基準法(平成20年法律第89号による改正前のもの。以下同じ。)37条1項の規定する時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれない
月額41万円の基本給について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものというべきである。
上告人が時間外労働をした場合に,月額41万円の基本給の支払を受けたとしても,その支払によって,月間180時間以内の労働時間中の時間外労働について労働基準法37条1項の規定する割増賃金が支払われたとすることはできない

まさに明確区分性要件をうたったものです。

最高裁平成30年7月19日判決(日本ケミカル事件)

薬剤師と調剤薬局経営会社との間での争いでした。まず最高裁は,定額残業代の支払が法廷の時間外手当の全部または一部とみなすことができる要件を,以下のとおり示しました。

労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは,使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し,もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに,労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される(最高裁昭和44年(行ツ)第26号同47年4月6日第一小法廷判決・民集26巻3号397頁,最高裁平成28年(受)第222号同29年7月7日第二小法廷判決・裁判集民事256号31頁参照)。また,割増賃金の算定方法は,同条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下,これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められているところ,同条は,労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され,労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではなく(前掲最高裁第二小法廷判決参照),使用者は,労働者に対し,雇用契約に基づき,時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払うことにより,同条の割増賃金の全部又は一部を支払うことができる。
 そして,雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは,雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか,具体的事案に応じ,使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容,労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。しかし,労働基準法37条や他の労働関係法令が,当該手当の支払によって割増賃金の全部又は一部を支払ったものといえるために,前記3(1)のとおり原審が判示するような事情が認められることを必須のものとしているとは解されない

最高裁が「前記3(1)のとおり原審が判示するような事情が認められることを必須のものとしているとは解されない」としたのは,この部分です。

3(1) いわゆる定額残業代の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなすことができるのは,定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその事実を労働者が認識して直ちに支払を請求することができる仕組み(発生していない場合にはそのことを労働者が認識することができる仕組み)が備わっており,これらの仕組みが雇用主により誠実に実行されているほか,基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であり,その他法定の時間外手当の不払や長時間労働による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がない場合に限られる。

日本ケミカル事件の原審は平成29年2月1日に判決が言い渡されていますので,そこから1年半の間,この「基本給と定額残業代の金額のバランス」とか「なんたらの温床たる要因がないか」などの要件について,法曹界はザワザワとしていたのです。なのでこの「バランス」とか「温床の不存在」については,要件ではないと最高裁が回答したという意味で,とても重要な判例ということになります。

続いて最高裁は以下のとおり判示しました。

前記事実関係等によれば,本件雇用契約に係る契約書及び採用条件確認書並びに上告人の賃金規程において,月々支払われる所定賃金のうち業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたというのである。また,上告人と被上告人以外の各従業員との間で作成された確認書にも,業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたというのであるから,上告人の賃金体系においては,業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置付けられていたということができる。
さらに,被上告人に支払われた業務手当は,1か月当たりの平均所定労働時間(157.3時間)を基に算定すると,約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するものであり、被上告人の実際の時間外労働等の状況と大きくかい離するものではない。これらによれば,被上告人に支払われた業務手当は,本件雇用契約において,時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていたと認められるから,上記業務手当の支払をもって,被上告人の時間外労働等に対する賃金の支払とみることができる。原審が摘示する上告人による労働時間の管理状況等の事情は,以上の判断を妨げるものではない。

一・二審と最高裁とで,判断が分かれた原因は,「業務手当が定額残業代として何時間分の時間外労働に対応していたものかが,示されていたのか否か。示されていなかったとして,それをどう評価すべきなのか」についての判断が分かれたからだと言われています。

つまり,最高裁は,

Xに支払われた業務手当は,1か月当たり……約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するものであり,Xの実際の時間外労働等の状況・・・と大きくかい離するものではない
Y社の賃金体系においては,業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置付けられていたということができる

と示し,要するに,「何時間分の時間外労働に対応していたものか,明示はなかったが,推定した時間と実際との乖離がないのでOK」としたのです。

この記載をめぐり,日本ケミカル事件最高裁判決は,時間比例性を要件にしたんだ,との主張が沸き起こりますが,果たして,そうなのだろうか。時間がもともと決まっていればそれに従うし,決められていない(示されていない)場合には,推認する,ということを言ってる気がするんですけどね。

東京地方裁判所平成30年3月16日判決(クルーガーグループ事件)

日本放送協会との業務委託契約に基づく放送受信契約収納取次等の業務を行う被告において,支店長の役職に付いて労働していた原告が,時間外労働をしたとして,未払賃金等を請求した事案です。
平成21年8月1日付給与規程には,営業手当として4万8000円(営業手当は東京月間37時間残業したものとみなす,との規定あり)が定められていました。
ところが平成25年4月1日付給与規程では,営業手当4万8000円がなくなり,みなし残業代として5万円(みなすこととする残業の時間は32.8時間)を支給する規定が追加されました。なお原告の給与には出来高払いの賃金も含まれており,これに対する割増賃金を考慮したとき,みなし残業代(5万円)は,みなし残業時間(32.8時間分)の時間外労働に対する対価を下回っていました。
   (基本給+出来高払賃金)/所定労働時間×1.25×32.8時間>5万円

このような事案で,東京地裁は以下のとおり判示しました。

平成25年4月1日より前に営業手当として4万8000円支給されていたものが同日から廃止となり,みなし残業代として5万円を支給するようになっているから,実質的に同一のものというべきである。
みなし残業代においてみなすこととする時間は32.8時間分とされているが,これは首都圏のものであり,仙台36.5時間,北海道38.6時間と,基本給によりみなすこととする時間を異にしている。したがって,一定の残業が予想されることからみなし残業代を定めたというよりも,5万円という金額からみなすこととする時間を逆算したものと認められる。
明確区分性及び対価性があるとはいえない。

クルーガーグループ事件は,みなし残業代が5万円と定められており,この金額からみなすこととする時間を逆算したにすぎないとして,みなし残業代がそれに対応する労働の対価としての実質を有していない,とされました。
しかし,上記のとおり,本判決の後である平成30年7月19日に出された日本ケミカル事件最高裁判決により,みなし残業代からみなし残業時間を逆算することに問題はないことが確認されています。

大阪地方裁判所令和2年12月17日判決

日本ケミカル事件の言い回しで「時間比例性が必要に違いない」という議論が巻き起こり,ザワザワしたわけですが,地裁レベルとはいえ,こんな判断をしたものがあります。

すなわち,賃金規程の中の職務手当の条項に「時間外労働,休日労働,深夜労働の割増賃金として,予め原則125%賃金29時間相当額を支給する」定められている件で,原告が,「原告に支払われた職務手当は,賃金29時間相当額になっていない」ということを主張しました。基本給29時間分×125%以上の職務手当が払われていたケースです。

時間比例性が必要だ,と主張する弁護士たちは,皆この主張をします。そして大阪地裁はこのように判示しました(読みやすいように少し手直ししてあります)。

上記のとおり,職務手当を割増賃金として支給する旨明確に定められている以上,原告に支払われた職務手当が,賃金29時間相当額になっていないとしても,職務手当が時間外労働等に対する対価として支払われたことが否定されるものではない。

この事件の控訴審判決は見当たりません。

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